軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

112.光の先にあるものは―――

一瞬、俺は何を言われたのか分からなかった。

先輩……? 今、コイツ先輩って言ったのか?

あり得ない。

だって今の俺はイチノセさんの姿をしているんだぞ。

混乱する。

動揺が心を揺さぶる。

しかしそんな湧き上がる感情は、次の瞬間には抑圧されるように沈静化していった。

精神が安定した状態になる。

(『精神異常耐性』の効果か……)

あの巨大ゴーレムから逃げる際に獲得したスキル。

どうやら動揺したり、混乱したりしても効果を発揮するようだな。助かった。

「……あの……はな、離して下さいっ」

必死に手を振り払う気弱な少女を演じる。

二条はハッとなって、手を離した。

「え? あっ、あれ……? ご、ごめんなさい! 人違いでしたっ!」

ばっと頭を下げて謝罪する。

「すいません。その……ずっと探していた人が居て、人混みでよく見えなかったんだけど、仕草というか、雰囲気というか、匂いというか……そういうのが、探してる人に凄いよく似てたからつい……その本当にごめんなさい」

なんだ、間違えたのか……。

驚かせるなよ……てっきり、変装を見破られたのかと思って冷や冷やしたぞ。

ん? ……ていうか、コイツ今なんかおかしな事言わなかったか?

「なになに、ナッつんどーしたの?」

騒ぎに気付いた六花ちゃんがこちらを向く。

サッと俺は彼女の後ろに隠れ、怯える振りをする。

「あっ……」

二条が反射的に俺に手を伸ばそうとするが、六花ちゃんがそれを制する。

「……アンタ、誰?ウチのナッつんに何か用?」

俺の演技が伝わったのか、六花ちゃんも警戒心も露わに二条を睨みつける。

「ご、ごめんなさい。その子に何かしようとしたわけじゃないの!は、話を聞いて頂戴!」

「話?話ってなにさ?ウチのナッつんを怯えさせるようなヤツの話なんて聞きたくもないんだけど?つーか、マジウザいし、なにアンタ?」

六花ちゃんが怖い。

めっちゃドスの利いた声なんですけど、この子。

ねえ、それ女子高生の出していい殺気じゃないよ。モンスターのそれだよ?

「あ……えっと、その……」

六花ちゃんのあまりの迫力に、二条は思わずその場にへたり込む。

生まれたての山羊より震えてらっしゃる。

ていうか、マズイ。

(ちょ、六花ちゃん、抑えて下さい)

(え?でもこいつ、ナッつんに酷い事しようとしてたんでしょ?殴る。つーか死なす)

(いやいや、何もされてないですって。物騒な事言わないで下さい)

マジで怖い。

六花ちゃんの瞳から光が消えてる。

(これ以上騒ぎを大きくすれば、無駄に注目を浴びます)

ここはフロアの端だし、今はみんな市長に注目してるから大して目立っていないが、これ以上はマズイ。

(あ、そっか。ごめんね、ナッつ―――あ、違った。そーいや、中身おにーさんだったね……すっかり忘れてた)

ちょっとこの子、俺がイチノセさんに化けてる設定忘れてるんですけど。

(そんな大事な事、忘れないで下さいよ)

(いやいや、だっておにーさん、ナッつんの真似すげー上手いんだもん。最初は普通だったんだけど、途中から私でも錯覚しちゃうくらい似てたからつい……)

それはもしかして、『演技』を取得した影響だろうか?

やっぱりこの子、勘が鋭いな。

(あ、思い出した。そーいえば、この人さっき海岸に居た人じゃん。おにーさんの会社の同僚の人でしょ?)

(ええ、そうです。ですが、話した通り、私は正体を明かすつもりはありません。ここは穏便に行きたいんです)

(分かった)

俺はしゃがんで二条に手を差し伸べる。

「その……ご、ごめんなさい。立てますか?」

「え、ええ……ありがとう」

二条は立ち上がって再び俺の顔を見つめる。

さっと目を逸らす俺。

「ひ、人違いだったみたいですし……もういいですよね?いこ、リッちゃん」

「うん」

俺たちは二条から距離をとろうとする。

「ま、待ってっ!あ、その……名前を教えてくれない?私は二条かもめって言うんだけど……」

知ってる。

「い、一之瀬奈津です……」

「……相坂六花でーす」

控えめに自己紹介する俺と、むすっとした感じに名乗る六花ちゃん。

「一之瀬さんに、相坂さんか……。さっきはごめんなさい。本当に驚かせるつもりなんてなかったの……」

いや、十分驚いたよ。

というか、もう話しかけないでほしい。

俺、さっさとこの場を離れたいんだけど。

だが、二条の奴はどうにも俺たちと話をしたいみたいで、こちらを見ている。

なんだよ、面倒くせぇ。

「あの……つかぬ事を聞くんだけど、二人はクドウ カズトさんという男性に心当たりはない?」

俺ですけど?

だが、俺も六花ちゃんも知らないふりをする。

「実を言えば、一之瀬さんの雰囲気……っていうのかしら?そういうのが、凄くその人に似てて、それで思わず声をかけちゃったの……」

「おねーさんの知り合い?」

「ええ、会社の同僚……すごくお世話になった人なの」

「へぇー、そうなんだ」

ちらりと俺を見る六花ちゃん。

別に大した間柄じゃねーよ。

世話した覚えはないし、普通に先輩後輩の間柄だ。

「これがその人の写真。ここに来る途中に見かけたりしなかった?」

そう言って彼女が取り出したのは、社員旅行の時の集合写真だ。

その中の一番端に写っている俺を指差す。

(おにーさん、凄いムスッとした表情だね)

(嫌々参加しましたからね)

好きに行動できないわ、夜遅くまで飲みたくもない酒に付き合わされるわ、何日もモモに会えないわで、マジ最悪な旅行だった。

「……その、すいませんが、見覚えないです」

「えーっと、私も無いかなー。ごめんねー」

「そう、ですか……」

二条は露骨にがっくりと肩を落とす。

「じゃあもしどこかで会ったら、伝えて貰いませんか?『二条かもめは市役所に居ます。ずっと貴方を待ってます』って」

「……伝えておきます」

そう答えると、二条は凄く嬉しそうな表情を浮かべた。

……なんだよ、その顔は。

(この人、おにーさんの事好きなんじゃない?)

(……あり得ませんよ、そんな事)

ぽつりと六花ちゃんが耳打ちしてくるが、そんなことあり得ない。

だって仕事上の、それも上辺だけの碌に付き合いも無いような男の事を好きになるわけないだろ。

好かれる要素も無いし、好かれようと努力した覚えもない。

だってどうでもいいから。

(そんな事より見て下さい。市長の演説も終わったようです)

(あ、ホントだ)

見れば上杉市長の演説も終わったようだ。

壇上を降りて、そのままフロアを去ってゆく。

(さてどうするか……)

一旦イチノセさんと合流するか、それともこのままもう少し情報を集めるか……。

さっきの市長の違和感も気になる。

もう少し情報を集めてから、イチノセさんたちの所へ向かうか。

演説を終えた上杉市長は執務室に戻っていた。

椅子に座り、ため息をつく。

「さて、これからどうするか……」

胸ポケットから煙草を取り出し火をつける。

長い間吸っていなかったが、今はどうにもこの味が恋しくなっていた。

煙を吸い、窓の外を眺める。

(……素晴らしい)

夜の暗闇。

その中で、ただ一箇所、この場所、この市役所だけが明るく輝いている。

(やはり電気を復活させたのは正解だった……)

それはまるで一筋の光明。

絶望に囚われた人々を照らす希望の光の様ではないか。

事実、電気が点くようになった時の皆の反応は劇的だった。

表情が明るくなり、笑顔が戻った。

それにこの光を見て、さらに多くの人達がこの市役所を目指すだろう。

無論、リスクもある。

この光は、人だけでなくモンスターも引き寄せるかもしれない。

その程度の事、考えなくともわかる。

だが、それでもだ。

この光を絶やすわけにはいかない。

ようやく手に入れた希望なのだ。

(……絶対に失ってはいけない)

だが、だからこそ、彼は悩んでいた。

彼が抱える『ソレ』を、果たして皆に話していいのか、と。

不意に、ドアがノックされた。

「入れ」

そういうと、ドアが開かれノックした人物が入ってくる。

藤田だった。

「どうも、お疲れ様です」

「うむ」

藤田は適当に備え付けのソファーに腰かける。

「タバコ止めたんじゃなかったんですか?」

「たまには吸いたい時もある」

そう言って、まだ半分以上残っている煙草を灰皿に押し付ける。

勿体ないと藤田は思う。

「世界は変わって良かった事と言えば、こうしてどこでも煙草を吸える様になった事だろうな」

「市長が言っていいセリフじゃないですよ、それ……」

「お前以外に聴いとるもんはおらん。それに、聴いたところで今更だ」

「そうですね」

「それで、なんだ?そんな世間話をしに来たわけじゃないのだろ?」

「ええ、まあ……」

ぼりぼりと藤田は頬を掻きながら、本題を切り出す。

「先ほどの演説なんですけど、どうして次の『条件』を言わなかったのですか?」

上杉市長の表情が変わった。

目を瞑り、大きく息を吐く。

(やはりその件か……)

その沈黙をどうとらえたのか、藤田は続ける。

「まさか忘れてた、なんて言葉で誤魔化すつもりはないですよね?」

「……お前は本当に勘が良いな。そして遠慮がない」

カズトが先程の演説の時に、市長に感じていた違和感。

それを感じ取った者が他にも居たということだ。

ただ藤田の場合は、スキルではなく単純に彼の洞察力が優れていたからこそ。

なにより、公私ともに藤田は上杉市長と長い付き合いだ。

多少の違和感や隠し事などすぐに見破れる。

「教えて下さいよ、市長。次のレベルアップのための条件。一体、どんな内容だったんですか?」

「……」

しばし瞑想し、そして上杉市長は引き出しから紙とペンを取り出す。

さらさらと文字を走らせ、それを藤田へ渡した。

「―――それが今回提示された条件だ」

渡された紙を藤田はじっと見つめ、

「なるほど……合点がいきました。これは……確かにアナタが躊躇するのも理解出来る」

頷き、天井を見上げた。

そしてクソッ垂れと呟く。

上杉市長の持つスキル『町づくり』。

このスキルは、その効果もさることながら、レベルアップの方法に関しても他のスキルとは異なるのだ。

通常のスキルであれば、SPを使うか、何度も何度もそのスキルを使い熟練度を高めることでそのレベルを上げる事が出来る。

だが、『町づくり』に関しては、それが存在しない。

代わりに、レベルアップの為の『条件』が提示されるのだ。

それをクリアすることで、スキルのレベルを上げる事が出来る。

例えばLV2に上がるための条件は、モンスターの魔石10個と住民10名の確保だった。

LV3に上がる時は、モンスターの魔石100個と住民50名の確保だった。

魔石の確保やモンスターの討伐は、彼自身が動かなくても仲間が動いて、彼に魔石を渡せばそれで条件は達成される。

今回も似たような条件が出てくるのだろうと思っていたのだが、その条件は彼の想像をはるかに超えていた。

(この世界は……どこまで悪意に満ちているのだ……)

光の先に在ったもの。

それは本当に希望だったのか?

深い深い溜息をつき、上杉市長は己のステータスプレートを見る。

そこには、こう記されていた。

『エリアの拡張条件』

・住民100名の確保

達成率 76/100

・モンスターの魔石の入手(種類は問わず)100個

達成率 8/100

・『 女王蟻(クイーン・アント) 個体名アルパ』の討伐

・『ガーディアン・ゴーレム 個体名ティタン』の討伐

以上の条件を72時間以内に行う。

残り時間 70:29:12