軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

管理人室

同じ頃。

寮の管理人室。

扉がノックされ、開く。

マイアがいつもの安楽椅子で編み物をしながら、ちらりとそちらを見る。

「ああ、帰ってたのかい」

「ええ」

笑顔で入ってきたのは、白髪に長い白髭の老人。

学院長のヨーログだった。

「ご苦労だね。学院長ともあろうものが、あちこち飛び回ってさ」

「久しぶりに星が動いたので」

ヨーログは答える。

マイアの向かいの椅子に断りもなく腰を下ろすと、ヨーログはマイアに頭を下げた。

「それよりも、今回は無理なお願いをしてしまって。だいぶ強引になされたとか」

ふん、とマイアは鼻を鳴らす。

「あんたの頼みがそもそも無茶苦茶なんだから、ある程度強引になるのは仕方ないだろ」

「しかし、考えましたな。聞いたときは私も驚きましたぞ。急病のカッシスの代わりを彼らに頼むとは」

「まあ小太りのモーゲンの方はついでだけどね。あたしだってこんなことやりたかないけど、他にやりようがないだろう。あのアルマークの坊やは不満そうだったよ。ま、あたしが強引なのはいつものことだから不思議には思われなかったろう。学生に嫌われるのなんざもう慣れっこだしね」

「それでカッシスの仕事の穴埋めですか。だいぶ何日も他のことをやらせたようですが」

「あんたが絶対にしくじれないって言うからだろう。万に一つもあの子達が疑問に思っちゃいけないと思って慎重を期したのさ。いきなり地下室に行け、じゃ怪しむだろう」

「……すみません、気を使わせましたな」

ヨーログが頭を下げる。

「で、カッシスの病気は」

「カッシスが病気なもんかい。ノルクの街の宿でのんびり休暇を楽しんでるよ。まあそれも今日までだけどね」

「いろいろとご面倒おかけしましたな」

ヨーログは再び頭を下げるが、その顔は楽しそうだ。

マイアはそれを見て顔をしかめる。

「それにしても、そんなに急がなきゃならないのかい。あの子はまだこっちに来て半年も経ってない。魔法の一つも使えないんだろ」

「ええ。……事態はこの老いぼれが予想していたよりも早く進んでおるようです」

ヨーログは頷いた。その顔に暗い影がさす。

「平和な今のうちに、あれを正当な持ち主に渡さねばなりません。あれが今のような状態のままでは、いつ、どんな方法で敵に奪われてしまうやもしれませんから」

「面倒な魔法がかかってるもんだ」

マイアは呆れた声を出した。

「その価値を知る者や、それを手に入れることを目的とする者には、決して手に入れることができない。ふざけた魔法さ。つまりは、あれが何なのか全く知らずに、偶然持って帰って来なきゃならない」

「ええ」

ヨーログが頷き、マイアは顔をしかめて首を振る。

「敵から隠すためとはいえ、やり過ぎじゃないのかい。おかげで、あんたにしろあたしにしろ、あれの価値を知ってる人間は誰もあそこから移動させることすらできなかった」

「誠におっしゃるとおりですな」

ヨーログは苦笑した。

「ですが、正式な所有者を得れば、我々の手で触れることも可能になる。今日、彼が正式な所有者と認められ、あれを持ち帰ってくるのであれば……」

ヨーログは身を乗り出してマイアを見る。

「それを、運命と呼ぶ気にはなりませんか」

マイアは苦々しい顔で首を振る。

「運命なんてのはあたしの専門外だ。星ばっかり見てるあんたに任せるよ。それに、確かあれにはもう一つ護りの魔法がかかっていただろう」

「ええ、かかっておりますな。持ち主にふさわしいかどうか、闇と戦う力があるのかどうか、その勇気を試すのだそうです」

ヨーログは頷く。

「ですが、彼ならばやり遂げるでしょう」

「試験でも試練でも……」

マイアは編み物の手を休めずに言った。

「与える方はいつも気楽なもんさ。やる方はいつだって命懸けだよ」

「そうですな。おっしゃる通りです」

ヨーログが苦笑して頷く。

「あのアルマーク坊やもあんたが見つけた子だったね」

「ええ、星の動きに導かれて」

「今年の三年生にはそういう子が三人もいる。入学前には二人はもうダメだと思ったけど、なんだかんだで揃うもんだね」

「ええ。きっとこれも偶然ではないのでしょうな。大きな力が働いて」

「また、運命かい。聞きたくないね」

マイアは首を振る。

「いずれにしても、大事に育てておやりよ。あんな高貴な子はめったにいない」

「ん? マイアさんにはお伝えしたと思いましたがな。あの子は北の傭兵の」

「そんな卑近なことを言ってるんじゃないよ。あたしが今まで何人の学生を見てきたと思ってるんだい。最初寮に来たとき、すぐに分かったよ。ジードの似合わないマントなんか羽織っちゃいたけどね。あんな高貴な子は初めて見た」

「ああ、そういう意味でしたか」

ヨーログは笑顔になった。

「さすがはマイアさん。学生のことが全部頭に入ってらっしゃるのに、知らない振りをするのは疲れませんかな? その優しさをもう少し表に出せば、学生からの人気ももう少し」

「これがあたしのやり方だよ。文句があるならいつでも首にしてくれて構わないよ。管理人なんてのはうるさがられるくらいでちょうどいいんだ」

「……まあ、学生の方もそんなにバカではありません」

ヨーログは立ち上がった。

「あなたの表面しか見ない子ばかりではない。だからこそ、強引な命令とはいえ、モーゲンはすぐに引き受けたのでしょう。あの子はあなたの優しさを理解している。とても強くて優しい子だ」

「そんなことは言われなくたって分かってるよ。アルマークみたいな子にはね、ああいうモーゲンみたいなのが必要なのさ」

「これは……私ごときが口出しすることではありませんでしたな」

ヨーログはそのまま、管理人室の扉を開ける。

「大丈夫、アルマークはきっとやり遂げますぞ」

「あたしが心配してるのはそんなことじゃない。その先のことだよ」

「肝に銘じましょう」

扉が閉まり、マイアは深いため息をついた。

看板と木材の詰まった木箱をマイアに見せると、マイアはじろりとアルマークを見た。

それから、中の看板や木材を一つ一つ取り出して確認していく。

その中の一つ、何の変哲もない木の棒を箱から取り出したとき、マイアの表情が険しくなった。

「これは看板の木材じゃないね」

「え?」

アルマークとモーゲンは顔を見合わせた。

地下室の床に木材を落とした時に、どれが本来の木材か分からなくなり、適当にその辺の棒も木箱に詰め込んでしまった。

もしかしたら、それかもしれない。

「この棒は木材じゃない。あんたが持っていきな」

マイアが突き出す手が、微かに震えていた。

アルマークはその棒を受け取った。

まるで初めて握ったわけではないかのような感覚。

その棒はひどくアルマークの手に馴染んだ。

「ちょうど杖くらいの長さだ。杖にしちゃ不恰好だけど」

モーゲンが言う。

「アルマーク、部屋での練習用の杖にしたら?」

「ああ、そうだね。休暇明けには魔法も教えてもらえるみたいだし」

アルマークは頷いた。

「じゃ、マイアさん。この棒もらって帰ります」

「ああ。その辺に捨てるんじゃないよ」

マイアは頷く。

帰ろうとする二人を、マイアは呼び止めた。

「ああ、あんたたち」

振り向く二人に、告げる。

「カッシスが元気になったから、明日からは来なくていいよ」

二人は顔を見合わせる。

それから、はい、と返事をして出て行こうとする。

「今日までご苦労さん」

その言葉に二人は驚いた顔でもう一度振り向いた。

「なんだい」

「いえ、何でもないです」

二人は管理人室を出た。

「……マイアさんが、ご苦労さん、だって」

「言わせてやったな」

「うん」

アルマークとモーゲンは、顔を見合わせて笑った。

そのアルマークの手には、不恰好な木の棒がしっかりと握られていた。