軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

疑問

三人でピクニックに行った二日後、アルマークとモーゲンは冬の屋敷を辞することにした。

もともと大した荷物もない二人だ。旅支度にも、手間取らなかった。

ウェンディたちは、アルマーク達の発つさらに二日後、ここを出てガルエントルに向かうのだという。

出発の日の朝、アルマークたちはお世話になった使用人たちに挨拶にまわった。

皆、あんな事件があったことで、それを一緒にくぐり抜けた二人の少年に連帯感や親近感のようなものを抱いてくれていたようで、別れを惜しんでくれた。

特に、モーゲンは使用人たちの間でマスコット的人気を獲得しており、行く先々で、あと一日、あと二日、と滞在の延長を提案されたほどだ。

モーゲンとミレットさんが涙ぐみながら抱き合っている姿などは、その外見と相まって、実の肉親同士の別れにしか見えなかった。

二人は最後にウォードのもとを訪ねた。

実直なこの老執事は、いつものように穏やかに二人を迎えてくれた。

「また、いつでもお越しください。今回はこのような事態となってしまいましたが、その時こそ、我々一同、本気のおもてなしをお見せいたしますから」

感謝の言葉を伝える二人に、ウォードはそう言って笑った。

しかし別れの前に、アルマークは一つ、ウォードに確かめておきたいことがあった。

聞くべきかどうか迷ったが、アルマークの脳裏からどうしても離れなかったことだ。

それがもしも自分の思い過ごしであれば、それでよかった。

「ウォードさん、一つ教えてほしいことがあるんです」

「はい、何でございましょう」

ウォードが穏やかに応じる。

「あの日のことなんです」

アルマークが言うと、ウォードの顔にも少し暗い翳が差した。

「襲撃の日のことでございますか」

「はい」

アルマークは頷く。

「どうぞ、お話しください」

ウォードに促され、アルマークは口を開く。

「あの日、僕たち三人は応接間にいました」

「そうでございましたな」

ウォードが頷く。

「外から襲撃の音がして、僕が事情を説明したとき、ウェンディが言ったんです」

アルマークは、彼女のその言葉を鮮明に覚えている。

「『もう誰も、殺させたりしない』って」

それを聞いて、モーゲンは、ああ、言ってたね、と頷く。

「その時は他にやらなければならないことがたくさんあって、深く考える余裕もありませんでしたが……後から思ったんです」

アルマークの言葉を、ウォードは黙って聞いている。

「まだあの時は、誰も傭兵に殺されていなかった。なのに、ウェンディは、もう誰も、って言ったんです」

アルマークは、ウォードの顔を見上げた。

真っ直ぐにウォードの目を見て、自分で疑問をぶつけておきながら、アルマークは苦しそうな表情をしていた。

「……昔、ウェンディは誰か大事な人を殺されているんですか」

一瞬の間。

それから、ウォードはアルマークの目を見返し、いいえ、と言って首を振った。

「誰も殺されてなど」

しかしウォードは言葉の途中でアルマークから目をそらした。

深いため息をついてもう一度首を振る。

「お二人には隠すことはできませんな。それにしても、あの危急の際に、よくぞそこまでのことを……」

ウォードは、アルマークを真っ直ぐに見た。

「……全幅の信頼を置くお二方だからこそ、お話しいたしましょう。仰る通り、お嬢様はかつて姉妹のように仲の良かった召使いを亡くしております」

「ティリアという名の、お嬢様の遊び相手として連れてこられた娘でした。お嬢様より五つ年長でございました」

ウォードに連れられ、二人は屋敷の物置として使われている、人気のない一室にいた。

ウォードは伏し目がちに、だが淡々と話し始めた。

「もちろん身分の差もございますし、ティリア自身もそれは理解しておりましたが、ウェンディお嬢様は、まるで実の姉のようにティリアを慕っておりました。知らない者が見れば、二人は実の姉妹のように見えたことでございましょう」

「それが、どうして」

「毒、でございます」

ウォードは、努めて淡々と語っているようだった。

「お嬢様が6歳になられた頃のことでございます。詳しいことは、言っても詮ないことですので省かせていただきますが、本来お嬢様が飲むはずだった飲み物を、誤ってティリアが飲んでしまったのです。そこに、毒が入っていました。……ティリアは亡くなったとき11歳でございました」

「毒殺……」

モーゲンが呆然と呟き、アルマークは苦いものを噛んだかのように顔をしかめた。

「お嬢様の悲しみようは、それはもう……。原因不明の高熱を出して、何日も寝込んでしまわれました。屋敷ではその間、毎日のように奇妙なことが起き続けました」

「奇妙なこと」

「はい。大勢の人の声が無人の部屋から聞こえたり、家具の配置がいつの間にか変わっていたり。今にして思えば、あれもお嬢様の魔法のようなものだったのかもしれません」

ウォードの言葉に、アルマークは襲撃の夜のウェンディの魔力の暴走を思い出していた。

姉と慕う少女の死によって、その時もあの夜と同じような状態になってしまったのだろうか。

「……犯人は分かったんですか」

「すぐに判明いたしました。わたくしも実際に目にした訳ではございませんが、庭師として屋敷に入り込んでいた男だったそうです……その正体は、北から来た傭兵でございました」

北の傭兵。

アルマークの心を再び刃物で抉るような痛みが襲う。

それも、北の傭兵なのか。

北の傭兵に、ウェンディは大事な人を奪われ続けてきたのか。

「男は逃げ切れず、追い詰められて自ら命を絶ちました。結局、お嬢様の命を狙った理由も分からず仕舞いでございました」

ウェンディの命が狙われる理由が分からない。

……今回と同じだ。

奇妙な符合に、アルマークの胸に不吉な予感が去来する。

「熱が下がり、目を覚まされてからも、お嬢様はひどく塞ぎこんでおられました。部屋から一歩も出ずに、毎日泣いておられるかぼんやりとしておられるか……。そして、エルモンド様や奥様はじめ、屋敷の誰に対しても心を閉ざしておしまいになりました」

「……ウェンディに、そんなことが」

アルマークは呟いた。

自分は、この話を聞くべきだったんだろうか。

自分で尋ねておきながら、耳を塞ぎたくなる。

ウォードは、そんなアルマークの反応にも感情を見せず、淡々と続ける。

「何日も、何ヵ月も……そのような状態が続きました。誰も手の施しようがございませんでした。お嬢様が元気を取り戻されたのは、あの方が訪ねていらっしゃってからです」

「あの方……」

モーゲンが繰り返す。

ウォードは頷いた。

「はい。ノルク魔法学院の学院長、ヨーログ様でございます」