軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

執事

アルマークは、既に長剣こそ鞘に納めてはいたものの、ギザルテの死体を前にして、誤魔化すつもりもなかった。

「……はい。正確には、北の傭兵の息子です。今はもう傭兵ではありません」

アルマークはそう言って頷いた。

ウォード以外の使用人たちは、庭に倒れている警備の人たちの救護をしたり、散らばった扉の破片を片付けたりと慌ただしく動いている。

使用人の一人がウォードに近付いて耳打ちし、アルマークとの会話は一旦途切れた。

その時アルマークは、モーゲンが真っ青な顔で自分を気遣わしそうに見ているのに気付いた。

「モーゲン……君も気付いてたのかい」

「……うん。部屋で待ってるときに聞こえちゃったんだ、敵の傭兵と君の会話が。君のお父さんの話をしていたね」

「うん。彼らは僕の父さんを知ってるみたいだった。戦って負けたようなことを言っていた」

素直に頷く。

ウォードが使用人に何事か指示を出してから、アルマークに向き直る。

「ウォードさん、隠すつもりはなかったんです。僕は……」

アルマークが弁明しようとすると、ウォードは首を振ってそれを制した。

「わたくしも最初から、薄々気付いてはおりました。あなたは魔法学院の他のご学友たちと、持っている雰囲気がまるで違っていらっしゃる。そして、今夜の落ち着いた態度……」

確信致しました、とウォードは言った。

「北の傭兵というものに、わたくしも今日まで直接会ったことはございませんでした。戦を生業とし、時に勇猛果敢、時に残虐非道。人の命を金で量り、心ある人々からは蛇蠍の如く忌み嫌われているという、そんな通りいっぺんの噂しか存じませんでした」

ウォードの言葉を、アルマークは黙って聞く。

「今日この屋敷にやって来た輩どもは、まさにそのような連中でございました。今、使用人に聞いたところですと、警備の人間は、命を落とした者13名、重傷の者4名。無傷の1名と軽傷の2名は役目を放棄して逃げて助かった者たちです。……責められはしませんが」

……やはり、警備の人たちはダメだったのか。

アルマークは目を閉じた。

僕にもっと力があれば。

僕が今日の襲撃を予期してもっとうまく立ち回っていれば。

まだ出来たことはいくらでもあったはずだ。

平和な国に生まれた人たちが、落とさなくてもいい命を落としてしまった。

「あなたが彼らの死に責任を感じる必要はございません」

ウォードの声は穏やかだった。

「彼らは彼らの任務を立派に全うしたのですから」

ウォードの言うとおりだった。

彼らの必死の抵抗がなければ、ウェンディを避難させる暇すらなかっただろう。

よしんばウェンディは守りきれたとしても、ウォードをはじめとする使用人たちに多くの死者が出たに違いない。

「そう……ですね」

アルマークは頷く。

だが、遣りきれない思いが残る。

傭兵の死は、覚悟した死だ。

いつ戦場で死ぬか分からない彼らは、意識するしないに関わらず、常にその覚悟を持っている。

それは今日の襲撃犯であるギザルテやデランたちにしても同じだったはずだ。

だが、命を落とした屋敷の警備員たちの中で、今日死ぬかもしれないと思っていた人はいただろうか。

それを考えると、アルマークの心に苦いものが残る。

人の死には慣れているはずなのに。

自分でもあんなに人を斬ってきたのに。

そんなアルマークの気持ちを知ってか知らずか、ウォードは言葉を続ける。

「傭兵というものの恐ろしさはしみじみと感じました。たったの8人で、我々の警備の20人を排除するのに一人の負傷者も出さなかった。まさに戦の権化のような存在ですな。正直、わたくしは恐ろしゅうございました」

そして、アルマークを見る。

「そんな獣のような連中をほぼ一人で全員倒してしまわれたアルマーク殿。あなたのその凄まじい力も、同じようにわたくしには恐ろしゅうございます」

アルマークは固まった。

言われて当然のことだった。

それは分かるのだが、ウェンディに忠実なこの老執事にそれを言われると、アルマークは、心が鷲掴みにされるような感覚を覚えた。

今までウェンディと着実に築いてきた、と自分では思っている信頼関係が、根底から覆されてしまうような。

それはアルマークが今まで感じたことのない恐怖だった。

「あ……」

何か言おうとしたが、うまく言葉にならない。

アルマークの脳裏に、ウェンディの笑顔が、浮かんで消えた。

「僕は信じてる!」

突然、モーゲンの叫び声がした。

驚いてアルマークが振り返ると、さっきまで真っ青な顔をしていたモーゲンが、顔を真っ赤にして、見たこともない必死な表情をしてアルマークを見ていた。

「傭兵だとか、その息子だとか、僕には関係ない。アルマークは僕を信じてくれた。僕もアルマークを信じる」

モーゲンの声は上ずっていた。

「アルマーク、君が傭兵だろうとなかろうと僕は君を信じる!」

モーゲンは目に涙をいっぱいに溜めながらそう叫んだ。

「ありがとう、モーゲン。僕は……」

そこまで言って、アルマークはまた言葉に詰まった。

それ以上何を言えばいいのか分からなかった。

「……アルマーク殿、モーゲン殿。誤解なさらないでいただきたい」

穏やかなウォードの声がした。

アルマークが振り向くと、ウォードは、声と同じく穏やかな表情をしていた。

「今申し上げたのはあくまでわたくし個人の感情です。偽らざる気持ちではありますが、わたくし個人の感情など、バーハーブ家の執事としてのわたくしにとってはどうでもいいこと」

ウォードは背筋をぴんと伸ばしていた。

「わたくしの執事としての仕事に、わたくし個人の感情が入り込む余地はございません」

それは、長年この家に仕えてきた、執事としての矜持。

「わたくしには、傭兵という存在の是非を論じる資格はございません。わたくしにとって重要なことは、アルマーク殿がお嬢様のお命を救ってくださったということ」

それ以上に重要なことなど何もありません、とウォードは言いきった。

「モーゲン殿はよいことを仰られた。アルマーク殿、あなたが傭兵であろうとなかろうと、そんなことは関係ございません。あなたは自らの命をかけて、お嬢様を救ってくださった。その一点だけで十分なのです、わたくしには。それだけでわたくしはあなたに全幅の信頼を置くことができるのです」

ウォードはアルマークとモーゲンに向かって、深々と頭を下げた。

「アルマーク殿、モーゲン殿。誠にありがとうございました。あなた方の勇気と献身。そのお陰でお嬢様は救われました。遠くガルエントルにいる我が主エルモンドに代わり、お礼申し上げます」