軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【閑話】クレープ屋に行こう9

暗がりを、小さな光が点々と続いている。

アルマークはそれを追った。

風のように走りながら、ごく無意識のうちに、周囲の建物や路地の位置関係と特徴を脳裏に焼き付けていく。

ノルクの街には何度も来ているが、まだ全ての路地に通じているわけではない。

だから、どこをどう曲がればどこに通じている、という体感がない。

闇雲に走ったのでは、たちまち自分の現在地を見失ってしまう。

自分の居る場所を見失うこと。

それは、北の傭兵にとって最も避けるべき失敗の一つだった。

北の戦場は、過酷だ。

己の命を奪わんとするのは、何も目の前の敵ばかりではない。

敵を打ち破り、血気にかられ、勢いに乗じて深追いした挙句、見知らぬ土地で一人ぽつんと途方に暮れる。

そんな状態に陥った傭兵が生還できるほど、北の戦場は甘い場所ではなかった。

だから、状況が変わればいつでもすぐに撤退できるように、たとえ追跡中であろうとも、目についた特徴的なものを頭に叩き込んでいく。

常に退路を確保しておくことは、傭兵にとっては恥でも何でもない。

生き延びるための、必須技能の一つだ。

勇気も侠気も、命があってこそだ。

父レイズが繰り返し語って聞かせてくれた、傭兵は生きるためにこそ戦うという言葉。

その教えはアルマークに、しっかりと根付いていた。

ウォリスの付けた目印の光は、行儀よく道だけに伸びてはいなかった。

時には塀に、時には屋根に、自由奔放に点々と付いているその痕跡に、アルマークは自分が追っているのが人ではなく猫か何かなのかと疑問を抱く。

ウォリスは、いったい僕に何を追わせているんだ。

影の正体を見つけたら、君の好きにすればいい。

いつもの不遜な笑みを浮かべながら、ウォリスは確かにそう言った。

それはどんな意味を内包しているのか。

ウォリスの意図は、分からない。尋ねても教えてくれるような人間ではない。

そして、アルマークは考えても分からないことには拘泥しない少年だった。

理屈よりも、感性と直感を信じる。

身体を動かしていれば、答えは自ずと転がり込んでくる。

だから、まずは足を動かす。

彼自身を北の果てからこの南の島まで運び届けた、この足を。

不意にアルマークは、足を止めた。

影の正体に追いついたからではない。

自分が先ほどまでよりも、格段に光を追いやすくなっていることに気付いたからだ。

そこに、ここに、光がくっきりと見える。

それは、周囲がいつの間にか暗くなっていることの証だった。

おかしい。

夏は南の海の向こうへ去ったとはいえ、この季節にこんなに早く日の沈むことなどあり得ない。

しかし、薄暗い路地にはいつしかアルマーク自身の影はなかった。

周囲の暗がりと一緒になって、見えなくなってしまったのだ。

おかしい。

アルマークはもう一度、思った。

周囲を見回す。

裏路地とはいえ、人の気配がなさすぎる。

ノルクの街は、そう大きな街ではない。どこにいようが、一本や二本、通りを挟めば、多くの人の往来する大通りに必ず出るはずなのに。

誰もいない。

最後に人とすれ違ったのは、いつだ。

アルマークの眼前で、ウォリスの付けた光はまるで血痕のように路地にぽつぽつと続いている。

それはいまや、彼を罠に誘い込む妖しい魔物の眼のようにも見えた。

……戻るか?

アルマークは背後を振り返る。

いつの間にか、背後は深い地の底のような暗闇だった。

……そうか。そういうことか。

アルマークは直感でその不可解な現象を理解した。

影を追うということは、影に近づくということ。

それは、僕が向こうの領域に踏み込むということでもあるのか。

しばらく背後の闇を睨んだ後で、アルマークは前に向き直る。

退路は断たれた。

悩んだら、前だ。

アルマークは光を追って、再び走り出した。

どれくらい走っただろうか。

ほとんど視界を闇に覆われ、アルマークはそれでも光だけを頼りに足を動かし続けた。

ほとんど見えない足元の石畳は、不気味な変化を遂げ、時に剥き出しの地面、時にどろどろとした泥地の感触をアルマークに伝えてきた。

島特有の海風交じりの風は、いつしか妙に埃っぽい乾いた風へと変じていた。

そこに、微かな腐臭が混じる。

時折、耳元で風が思いがけない方向から唸りを上げ、アルマークの平衡感覚を狂わせようとする。

不意に靴が沈んだ。いつの間にか、ぶよぶよとした奇妙な植物の上を走らされている。

風が唸り、渦を巻き、アルマークは上下左右の感覚を失いかけた。

恐怖に打ち負けて目を閉じていたら、そのまま影に飲み込まれていたかもしれない。

それでも、アルマークは光から決して目を離さなかった。

前進しているのか後退しているのか、走っているのか這っているのか、それすらも判然としない闇の中で、アルマークは愚直に足を動かし、それだけを追い続けた。

気付くと、アルマークの前に誰かが立っていた。

光は、そこで途切れていた。

それは、ノルク魔法学院の生徒だった。

その証拠に、学院の生徒のローブをまとっている。

だが、背を向けて立っているその人物が誰なのか、アルマークには全く心当たりはなかった。

髪は、フードにすっぽりと覆われてしまっていて、見えない。

無言のまま、やや猫背気味に立つ生徒。

妙に不吉な予感があった。

「君は、誰だ」

アルマークはそう呼びかけた。

「ああ、やっと追いついてきたのか」

生徒は振り向きもせずに、そう言った。

その声に聞き覚えがあった。

だが、誰の声だったかとっさに思い出せない。

「このまま一人で行ってしまってもよかったんだが」

生徒は、肩をひくつかせるようにして笑う。

「せっかく来てくれたなら、一緒に行こうか」

そこまで聞いて、アルマークはようやく思い出す。

そうか。この声は。

背筋にざわりと悪寒が走る。

どうりで、とっさに出てこなかったわけだ。

その可能性はないと、理性が勝手に排除してしまっていたからだ。

「いいだろう?」

生徒が振り返る。

邪悪な、笑み。

それは、アルマーク自身の顔だった。