軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

(閑話)トルクとレイラ 前編

「ち」

茂みをかき分けて顔を出したトルクは、思わず舌打ちをした。

「あら」

そこにいたのは長い黒髪の少女。

レイラだった。

森の茂みの中にぽっかりと開けたその不思議な空間は、おそらくは過去の卒業生の誰かが秘密の特訓場所か何かのつもりで作ったのだろう。それが後輩たちによって密かに使われ続けて、今日まで残っているのだ。

この学院には、そんな場所が無数にある。

先に見つけたのは、おそらくはトルクだ。

休日に一人でじっくりと特訓ができる場所を探していた彼は、偶然ここを発見した。

必死の努力を誰かに見られるのが嫌な彼らしい選択だった。

いつもつるんでいるデグやガレインにも教えたことのない、ここはいわば彼一人の場所だった。

レイラの普段の特訓場所は庭園だった。

いつも何かに追われるように訓練に励んでいる彼女は、トルクと違って人の目など気にしない。

レイラにしてみれば、特訓のためだけにわざわざこんな森の奥まで来る時間の方が惜しかった。だから、彼女は寮からさっさと行くことのできる庭園の隅を選んだのだ。

もちろんその場所柄、他の生徒がやってくることもあったし、庭師や衛士たちが来ることもあった。

生徒たちであればレイラが冷たい目で一睨みすれば皆逃げていったが、さすがに剪定に来た庭師を追い払うわけにはいかなかった。

そんな日にやむを得ず森をうろついていた時に、レイラも偶然この場所を見付けたのだ。

卒業試験を間近に控えた休日。

朝早くから森に入ったトルクは、せっかくの特訓場所で思わぬ先客に出会ってしまったことにうんざりした。

「ここは俺が見つけた場所だぜ」

トルクが言うと、レイラは目を細めた。

「ジェビーみたいなことを言うのね」

一学年上の嫌味な先輩の名前を出されて、トルクは低く唸った。

トルクにとって、今は中等部にいるジェビーとは、いつでもどこでも自分の縄張りを主張する野良犬のような男だった。

「あんなやつと一緒にするな」

トルクの言葉に、レイラはくすりと笑う。

「あなたも魔法の訓練に来たの?」

その笑顔に、トルクは顔をしかめた。

レイラってのは、こんな風に笑う女じゃなかった。

トルクは思った。

去年までだったら。

もしも去年までのレイラとこういう状況になったとしたら、レイラは無言でどこかに行ってしまうか、人を見下す冷たい目で一言二言厭味ったらしい言葉を吐いて追い払おうとするかどちらかだった。

いずれにせよ、その相手ときちんと言葉をかわそうなどとは考えない類いの人間だった。

それが分かっているので、トルクもまともに相手にしなかった。

余裕のねえ女だぜ、と思っていた。

それが武術大会の後くらいからだんだんと様子がおかしくなった。

魔術祭の時なんて。

そのときのことを思い出すとトルクは鳥肌が立つ。

アルマークの野郎が来てからだ。

頭の中に勝手に再現されそうになったレイラの美しい笑顔を強引にかき消して、トルクはそう結論付けた。

来たばかりで何も分かりません、みたいな面してきょろきょろしてたあの野郎が、いつの間にかどいつもこいつも手懐けちまった。

氷みたいな女だった、このレイラまで。

ああ、気持ちわりい。

トルクは身を翻す。

「なら、使えよ」

「待って、ちょうどよかったわ。ねえ、トルク。あなたに聞きたかったことがあるのよ」

「あ?」

さっさと茂みの中に戻っていこうとしていたトルクは、振り返る。

「何だよ」

「あなた、獣追いの術が得意だったわよね」

「それがどうかしたか」

「魔力に指向性を持たせるとき、あなたはどういうイメージをしているかしら」

「何?」

「今、いろいろな人のやり方を取り入れてみているところなの。あなたの意見も聞いてみたいわ」

トルクはぽかんとレイラを見た。

レイラが柔らかくなったことは知っていた。

けれど、それは人への返答を多少円滑にするようになったという意味でのことだ。

その強烈なまでのプライドの高さは変わらなかった。孤高を気取るその性格も。

試験の成績はどうあれ、本当の魔法の実力ならば自分が最も優れているのだと思っているということも知っていた。

それは、自分とレイラがよく似た人間だからだと、トルクは思っている。

性格も境遇も、二人はどこか似ていた。

そして、不遇に甘んじることなく、現状を受け入れるのではなく、いつか必ず見返してやるのだという強い意志が二人にはあった。

ただ、それを克服するためのやり方が違うだけだ。

レイラは馬鹿正直に、誰の力も借りず、真っ正面から突破すると決めているようだった。

トルクは違う。

誰かに舐められるのは我慢ならないが、そうでないのであれば、才能のある人間のやり方をじっくりと観察する。そして、そいつと自分との今の差を測り、足りないものを知る。

どちらのやり方が賢いのかは、この学院を卒業するころには明らかになっているはずだった。

だが。

「あなたの魔力、この森のずいぶんと深いところまで届かせることができるでしょう。多分、私よりも」

レイラが。

あのレイラが、自分の足りない部分を認めている。

アルマークの野郎。

何てことをしてくれやがった。

トルクの沈黙を、レイラは不満と受け止めたようだった。

今まで孤高を保っていた分、人間関係の機微については、レイラはまだ少し疎かった。

「あなただけが教えるのでは不満なのね。それなら、私もあなたの聞きたいことを教えるわ」

「違う」

トルクは慌てて首を振った。

「誰がそんなけちくせえこと考えるかよ」

「あら、そう」

レイラは拍子抜けした顔をした。

そんな無防備な顔も、この三年近く、トルクは一度も見たことがなかった。

だめだ。さっさと済ませて寮に戻ろう。

「魔力の指向性なんてもんはよ」

仕方なくトルクが話し出した時だった。

「あ」

「むっ」

二人は同時に顔を上げた。

森の中に、甲高い誰かの叫び声が響いたのだ。

まだ幼い声だった。

少女の声に聞こえたが、下級生の男子なら、まだ声は高い。

「一年生みたいな声だったわね」

そう言いながら、レイラはもうトルクの脇をすり抜けて茂みの中に踏み込んでいた。

トルクは舌打ちする。

どいつもこいつも、人の前ばかり歩こうとしやがる。

「そっちじゃねえ。多分向こうだ」

トルクは乱暴に言うと、そちらに向かって歩き出した。