軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

再会

くっ、と鋭く息を吐く音が背後から聞こえた。

ウェンディ。

アルマークの心は揺れた。

アルマークはライヌルの挙動から目を離さない。

ウェンディの放つ規格外の光の矢の連打によって闇の衣を剥ぎ取られたライヌルは、いまやぼろぼろのローブに包まれた痩せた身体を露わにしていた。

灰色のローブが爆発の衝撃ではだける。ライヌルの身体は、痩せぎすのイルミスよりもなお瘦せ細っているように見えた。

ウェンディの攻撃は容赦がなかった。

ライヌルの右手に残った最後の闇が弾け飛び、闇の魔術師は無防備な身体を晒した。

勝った。

アルマークは勝利を確信した。

そのままの速度で、テンポで、無尽蔵の魔力に裏打ちされた強力な光の矢をライヌルの身体の中心に叩き込めば、それでこの戦いは終わったはずだった。

だが、光の矢は途切れた。

己の手で人を殺めることへの躊躇。

もはやライヌルは人からかけ離れた存在と成り果てていたが、それでもまだその人としての体は残っていた。

それがウェンディを躊躇わせた。

ウェンディの躊躇はごく一瞬だった。

だが、その一瞬にライヌルが何かを叫んだ。

意味は分からない。この世のいかなる文字にも当てはまることのない言葉。

ただ、それが禍々しい何かであることだけはアルマークにも分かった。

次の瞬間には、闇が再びライヌルを覆っていた。

先ほどよりも、さらに濃く、厚く。

奇怪な獣のような形状の巨大な闇の中心に、ライヌルの顔だけが見えた。

「勝つのは無限の魔力か。それとも、たったひとりの私か」

ライヌルは叫んだ。

「私だ。たった一人の、このライヌルだ」

空の星が消える。月が消える。

全てが闇で覆い尽くされていく。

ライヌルは、己自身を闇そのものにしようとしている。

だが、ウェンディは怯まなかった。

ライヌルに与えた隙はその一瞬だけだった。

アルマークの背後で、さらにウェンディの魔力が膨れ上がる。

ウェンディがもう一段加速するんだ。

アルマークは悟る。

今までの攻撃だけでも、ほとんど人知を超えていたというのに。

ウェンディは、なお加速しようとしている。

闇を切り裂くように、光の玉が炸裂する。

ウェンディの放つ光が闇を巻き込んで爆発するたびに、ライヌルを覆う闇は凪の海のようにゆらゆらと揺れた。

一つの爆発と次の爆発との間には、もはやほとんど間がなかった。

ウェンディは絶え間なく光球を撃ち出し続け、それでも、その魔力は尽きることがない。

空までも覆い尽くさんばかりだった闇が、削り取られるように後退していく。

こんなことができるのか。

アルマークの背筋を冷たいものが流れた。

“門”を開くというのは、これほどのことなのか。

光球の威力に慄いただけではない。

ウェンディは。

アルマークは振り向くことを恐れた。

これだけのことをして、ウェンディの身体は大丈夫なのか。

ライヌルがまた何か叫んだ。

退きかけた闇が再び勢力を盛り返す。

だが、それを容赦のない光球の雨が削り取っていく。

光球の雨。

もはや、そうとしか形容のできない攻撃だった。

数えることもできないほどの無数の光球を叩きつけられ、闇が消し飛んでいく。

ライヌルの身体が露わになっていく。

「これが“門”の少女の力か」

ライヌルが言った。

「なるほど、確かに世界を滅ぼすだけの力が、その背後に渦巻いているのが分かるぞ」

ライヌルの両目からは、黒い涙が流れていた。

己の人生の全ての負の感情を克明に思い出し、その怒りを闇の力へと変換してきたからだ。

「だが、世界を滅ぼす力をもってしても、この一人のライヌルを倒すことはできん」

ウェンディに“暗き淵の君”の無限の魔力があるのであれば。

ライヌルにも無限の負の感情があった。

闇を生み出す人の暗い感情には、限界などない。

たった一つの情景。たった一つの言葉。

たった一つの過去でいい。

それを繰り返し反芻し、憎しみを煮詰めることで、闇は増幅する。新たな経験など要らない。汚辱に塗れた過去さえあれば、何度でも闇を生み出すことができる。

それをライヌルは、過去のあらゆる時間の全ての感情で、並行して行っていた。

「かああっ」

ライヌルが絶叫した。

その身体から闇が湧き上がる。

先ほどよりも濃く、深く。

無限対無限。

であれば、あとは勝負を決するのは、術者本人の強さ。

闇にその身まで浸し切った魔術師と、魔法に触れてまだ三年の少女との、身体と心との勝負だ。

背後から小さな吐息を感じ、耐えきれなくなったアルマークは振り向いた。

自分の放つ光球の光に照らされたウェンディの顔は真っ青だった。

その細い顎から、ぽたぽたと汗が滴り落ちていた。

「前を」

ウェンディが囁くように言った。

「前を見ていて、アルマーク」

その切実な声に、アルマークの胸は詰まる。

「私の心配は、しないで。絶対に」

どうすればいい。

やるせない気持ちのまま前に向き直ったアルマークは、ウェンディの撃ち漏らした闇が火の粉のように漂ってくるのを見て、魔力を込めたマルスの杖を振り下ろした。

闇は霧散したが、アルマークの心は晴れなかった。

僕は、どうすればいい。

この世の終わりのような戦いの中に、アルマークが突っ込んでいって為せることなど何もなかった。

さきほどのエルデインやデリュガンのように、一瞬で蒸発して消えるだけだ。

耳をつんざくような轟音のさなかにあって、傭兵譲りの冷静な思考回路はまだ残っていた。

だからこそ、アルマークはこの戦いに手を出せずにいた。

この水準まで高まった魔術師同士の戦いで、僕に手を出せることなんてない。

強がることさえもできない。それは冷酷な現実だった。

そして、気付いてもいた。

徐々に、均衡が崩れ始めている。

闇が少しずつ、迫っている。

ウェンディの光球を放つ速度は変わっていないというのに。

ライヌルはそれ以上の速さで闇を生み出しているのだ。

恐るべき闇の魔術師。

ここへ来て、ライヌルが欲しくて欲しくて仕方なかったものが、そのために闇に手を染めまでした、それが、開花していた。

才能。

ライヌルには、闇を生み出す才能が確かにあった。

神の力を宿す“門”の少女を、真正面から圧するほどに。

ライヌル。あなたって人は。

アルマークは思った。

本当に、たった一人で世界を覆すつもりなのか。

何もかも、自分自身さえも失った果てに。

僕は。

アルマークはマルスの杖を握りしめたまま、身動きもできずにいた。

僕は、ウェンディの前にでくのぼうみたいに突っ立って、火の粉程度の闇を払うことしかできないのか。

無力。

ウェンディを守ると。ともに戦うと。

そう誓っていたのに。

僕は、この戦いに何一つ手出しすることができない。

また闇がじわりとその地歩を増やした。

ライヌルが笑う。黒い涙を流しながら。

身をよじるたびに、闇が震える。

さながら、絶望と狂気の舞い。

その時だった。

ぱきん、と乾いた音がした。

光と闇のぶつかり合う轟音が響く中で、アルマークの耳はその異質な音を捉えた。

ぴし、ぴし、という何かがひび割れるような音。

アルマークの目の前で、空間にひびが入り始めていた。

ライヌルの作った異空間が破られようとしている。

それができる人を、アルマークは知っていた。

「……イルミス先生」

周囲はすでに闇に包まれ、倒れているイルミスの姿は見えない。

けれど、アルマークは微かに感じた。

イルミスの魔力を。

ぱりん、という、空間の割れる音。

アルマークは見た。

自分の視界を遮るように立ちはだかった、その大きな背中を。

見間違えるはずもない。

憧れ続け、追いつきたくて、追いつけなくて、それでもずっと見つめてきた背中。

漆黒の鎧。

翻る、黒き狼の旗。

「父さん!!」

レイズは振り向いた。

口元に、優しい笑みが浮かぶ。

太い腕を伸ばして、父はアルマークの頭をくしゃりと撫でてくれた。

気がした。

その幻は一瞬だった。

アルマークの前に現れたのは、剣だった。

自分の半身。

命を預けると決めた相棒。

何があっても折れることのない、アルマークの魂の象徴。

父から譲り受けた長剣が、まるで北の冷気をまとうように白く煙を上げ、目の前に浮かんでいた。