軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

無限

アルマークの持つマルスの杖が、ウェンディの胸元に触れる。

その瞬間、杖の中に込めたはずの魔力が一瞬で蒸発したかのように消えてなくなったのが分かった。

それと引き替えに、マルスの杖が激しく輝く。

風もないのに、ウェンディの髪が大きく揺れた。

開いた。

目に見えるものはないが、その確信はあった。

アルマークは、もう後戻りできないところに来たことを悟る。

“門”は、開いた。

ウェンディとアルマークが、初めて自分たちの意思で開いたのだ。

ウェンディの身体の中で、凄まじい魔力が膨れ上がる。

この感じは。

アルマークは思う。

魔術祭でのライヌルの襲撃以来だ。

だが、あの時と同じではない。

ウェンディの中でうねりを上げているのは、あの時よりも遥かに強大な魔力だった。

その理由は、アルマークには予想がついた。

おそらく、自分たちの意思で“門”を開いたから。

無理やりにこじ開けられたときや、無意識に開いてしまったときとは違うのだ。

「お前ら、まさか」

ライヌルの声がしたが、アルマークは気にしなかった。

「ウェンディ」

アルマークは背後の少女に呼びかける。

「大丈夫か、いけるかい」

「うん」

ウェンディは短く答えた。

「やってみるわ」

ウェンディの意志がまだしっかりと保たれていることに、アルマークはひとまず安堵する。

ミレトスの冬の屋敷で“銀髑髏”ギザルテの襲撃を受けたときは、その巨大な魔力にウェンディの理性は圧迫され、冷静な判断ができなくなってしまっていた。

だが、今は違う。

あのとき以上の魔力をその身に流し込まれながら。

それでもウェンディは自我を保っている。

それはウェンディ自身の成長の賜物だった。

ウェンディは準備してきたんだ。

アルマークは、それを思い知る。

あの日から、ずっと。

誰にも知られることなく、自分の運命を嘆くこともなく、たったひとりで。

だから、今こうして僕と話すことすらできる。

ウェンディが、アルマークの肩越しにライヌルに向けて右手をかざした。

“門”が開いたらきっと、私は細かいことが何も分からなくなってしまうから。

ここに来る途中、ウェンディはアルマークにそう言った。

先に決めておきましょう。何の魔法を使うのか。

何を使うか。二人の答えは一致した。

ウェンディは決めた通りの魔法を行使した。

その身体の中の魔力が一気に凝縮される。

だが凝縮されたそばから、ウェンディには次々に新たな魔力が流れ込んでくる。

留まることを知らない奔流。それが、“門”を開くということだった。

その勢いのまま、ウェンディは右手から魔力の光を撃ち出した。

光の矢。

魔力を光の弾丸にして撃ちだす、ごく単純な魔法。

だが、闇の魔術師と相対するには最も効果的だと二人は思ったのだ。

膨大な魔力で作られた一発目の矢は、前方のライヌルを大きくそれて夜空へと消えた。

「ああ」

ウェンディは焦れったそうに声を上げる。

「難しいな。いつものイメージじゃだめだ」

「光の矢だと」

ライヌルが叫ぶ。

「舐めるなよ、その程度の魔法で勝とうというのか」

その声に呼応するかのように、ライヌルの脇に控える二体の魔獣が動いた。

させるか。

とっさにウェンディを守ろうとマルスの杖を構えたアルマークの背後で、ウェンディが叫んだ。

「どいて、アルマーク。あなたを巻き込んじゃう」

急激に高まった魔力に、背筋がぞくりとした。アルマークは素早く身を屈めた。

次の瞬間、ウェンディの手から撃ち出されたのは、通常の光の矢の数倍はあろうかという巨大な光球だった。それが五つ。

アルマークたちの方へと突進を始めていたエルデインとデリュガンは光球をまともに受け、ぐじゅっという音とともに消滅した。

闇の魔獣を、たった一撃で。

アルマークはその威力に目を見張る。

残りの三つの光球はライヌルを襲った。

「ははは」

ライヌルが笑いながら両腕を広げる。

講堂の舞台の幕を思わせる黒い闇が、ライヌルの前に現れた。

闇は光球を包み込むように覆いかぶさっていく。

くぐもった爆発音。

三つの光球は全て、闇に押さえこまれた。

「どうかね」

ライヌルが得意げな顔を上げたときには、もう次の光球が迫っていた。

「ぬっ」

腕で光球を払いのける。

凄まじい爆発が起きて、闇が泥のように飛び散った。

「分からないの、ライヌル」

もうウェンディの手には次の光球があった。

「“門”を開いたというのは、こういうことよ」

無限に近い魔力。

それを得るということは、永久に魔法を放ち続けることができるということ。

「あなたに休む暇なんてないのよ」

「やってみせろ」

ライヌルは吼えた。

「その程度の光で私の闇が払えると、本気で信じているのならばな」

「信じているわ」

ウェンディが光球を放つ。

ライヌルがそれを振り払う。

その時にはもう、次の光球が放たれている。

ライヌルが振り払うたびに爆発が起き、闇が散った。

ウェンディは容赦しなかった。

闇に包まれたライヌルの身体に、次々に光球を撃ち込んでいく。

巻き起こる凄まじい爆風に、アルマークは目を開けているのもやっとだった。

だが、それでも見えた。

ライヌルの闇が、ウェンディの立て続けに放つ光球で徐々に剥ぎ取られていくのが。

闇が剥がれ落ちたところに見えるのは、ぼろぼろの灰色のローブに包まれたみすぼらしい肉体だった。

「もう少しだ、ウェンディ」

アルマークは叫んだ。

「ライヌルの闇が消える」

ウェンディは返事をしなかった。

歯を食いしばって、光球を撃ち続ける。

少しでも気を抜けば、その膨大な魔力に意識を持っていかれそうになる。意識に集中すれば、今度は魔力が暴走しそうになる。

意識を保ったままでこれだけの魔力を制御し続けることは、ウェンディであってもほとんど不可能に近い難事だった。

それでもウェンディの放つ光球は、正確にライヌルを捉え続けた。

圧倒的な魔力の奔流の前に、ライヌルを覆う巨大な獣のようだった闇が消し飛んでいく。

そうか。これが。

その凄まじい攻撃に晒されながら、ライヌルは思った。

これが、運命か。

自分の目の前で、圧倒的な魔力に裏打ちされた魔法を叩き込んでくる少女。

それを守るように、決してこちらの動きから目をそらさない少年。

助け合い、支え合う二人。

ライヌルにはないものを体現しているかのような、その姿。

そうか。こいつらだったのか。

ライヌルの目には二人が、まるで形をとった運命のように見えた。

ウェンディの光球が、最後に残ったライヌルの右手の闇を打ち払う。

その爆発によろけながら、ライヌルは叫んだ。

もはやこの世の言葉ではない、何かを。

負けるものか。

ライヌルは念じた。

剥き出しになった右手の中指で、蛇をかたどった金色の指輪が鈍く光る。

こんなものに、この私が負けてなるものか。

アルマークとウェンディがこちらを見ている。

闇が消え、灰色のローブに包まれたライヌルの身体はすっかり露わになっていた。

ウェンディが、とどめとばかりに光球を放つ。

だが、そこに一瞬の躊躇があった。

生身の人間に向けて、間違いなく殺せる威力の魔法を放つことへの躊躇。

殺し合いに長けたアルマークであれば、決して見せない隙だった。

運命よ。

ライヌルは呼びかけた。その耳に、たくさんの人々の声が聞こえた。

怨嗟。嫉妬。呪詛。失望。憤激。

皆、苦しみを露わに絶叫していた。

だが、それは全てライヌル一人の声だった。

全て、過去に自分の発した声でしかなかった。

そうだ。私は一人だ。

一人だからこそ、運命などに負けるわけにはいかないのだ。

過去のあらゆる時間のライヌルが、負の感情を共鳴させ、増幅させていた。

無数のライヌルの声が、新たな闇を呼び起こした。

一瞬にして、ライヌルの身体を闇が覆い直していた。

奇怪な獣のような形状の、さっきよりもさらに濃く深い闇が。

ウェンディの光球は、それに吸い込まれるようにして消えた。

「勝つのは無限の魔力か。それとも、たったひとりの私か」

ライヌルは叫んだ。

「たったひとりの私だ」