軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ずるり、とどす黒い何かが動いた。

「夜が来た」

それは、ライヌルの声で言った。

「さあ、決着を付けようじゃないか。不出来な淵の君の欠片どもよ」

むせかえるほどの瘴気。

ライヌルは、もはや人の形をしていなかった。

あまりに黒い闇。

夜の闇をなお圧する、邪悪な漆黒の何か。

かつて人であった名残のように、足と手のようなものがわずかに垣間見えた。

それが、闇の魔術師の成れの果てだった。

「……アルマーク」

アルマークの手を握るウェンディの手に力が入った。

「お願い。私が怯みそうになったら、背中を押してね」

ウェンディはそう囁いた。

その声に、震える吐息が混じっていた。

「大丈夫」

アルマークはウェンディの手を握り返す。

「大丈夫だよ、ウェンディ。僕を信じて」

戦乱の地に生れ落ち、戦場で育ってきた少年の声は、震えてはいなかった。

ここが戦場だと認識したその時から。

父から受け継いだ無頼の傭兵の魂は、彼の目を、心を、恐怖や緊張で曇らせることはない。

命を懸けた戦いに臨むとき、アルマークはいつでも冷静だった。

闇そのものと化したライヌルの向こうに、倒れたイルミスの姿が見えた。

その隣に横たわっているのは。

「イルミス先生だ。それにあれは」

「フィタだわ。どうして、こんなところにいるの」

ウェンディが息を吞む。

何の関係もない、二年生の少女。

それだけでアルマークは、ライヌルがどうやってイルミスに勝ったのかを理解した。

やはり、汚い手段を使っていたんだな。

だがアルマークは、それに怒りを覚えなかった。

生き残ることに、ライヌルの方が周到で貪欲だった。命を懸ける戦いとは、そういうものだ。

ただ、心の中には深い納得があった。

やっぱりイルミス先生は、ライヌルよりも優れた魔術師だったんだ。

そう信じてはいたが、それが証明されたとアルマークは思った。

勝負に勝つか負けるか。そんなことで優劣を決めるのは、戦うことを生業とする剣士や傭兵の話だ。

魔術師の優劣とは、決してそんなところにはないはずだ。

イルミス先生は魔術師として、正々堂々とライヌルに対峙し、そしてライヌルの卑劣に敗れた。

だからこそ、とアルマークは思った。

だからこそ、イルミス先生は優れた魔術師なんだ。僕の知る誰よりも。

「ウェンディ」

アルマークは囁いた。

「イルミス先生なら、きっと大丈夫だ。僕らは僕らのやるべきことをやろう」

遠目にも、イルミスはすでに死んでいるように見えた。

だがアルマークはそう言った。

ウェンディも深くは尋ねなかった。

「うん」

魔術師は、ありのままを見る。

イルミスの教え。

ありのままを見るならば、今自分たちがやるべきことが自ずと見えてくる。

僕らは、ライヌルを倒す。

それ以外のことを考える余裕なんて、今の僕らにはない。

「ライヌル」

アルマークが一言、鋭く叫んだ。

ウェンディの手を離し、一歩前に進み出る。

その手に握ったマルスの杖を高々と掲げると、杖の先端に強い光が輝いた。

灯の術。

通常であれば炎の形をとるはずのその魔法は、伝説に近い魔法具によって凝縮させられた魔力のせいで、もはや輝く一個の光となって周囲を照らした。

夜の闇が払いのけられ、周囲の状況がくっきりと照らし出される。

倒れたままもはや動かないイルミスも、胸を微かに上下させているフィタも。

そして、強烈な光を向けられているにもかかわらず、一切の光を遮断したどす黒い闇のままでそこにいるライヌルも。

「強い光だ」

ライヌルは言った。

喋ると、闇が波のようにゆらゆらと揺れた。

「ずいぶんと、その杖を使いこなすようになった」

芝居がかった台詞がお得意のライヌルには似合わない、どこかたどたどしい言い方だった。

「光が、お前の身体を刺しているんだ。痛いだろう、ライヌル」

アルマークは言った。

「闇そのものになってしまったお前には」

「闇、か」

ライヌルがずるりと身じろぎした。

アルマークはその挙動に集中する。

アルマークの後ろには、ぴたりとウェンディが寄り添っていた。

まだだ。“門”を開けるのは、まだ早い。

「止まない雨はない」

低い声で、ライヌルが言った。

「明けない夜はない。いつか必ず、朝が来る」

ライヌルが喋るたび、闇は波のように揺れた。かと思うと、不意にその中に魔獣デリュガンの爪や牙のようなものが現れて、また消えた。

「私は昔から、そういう言葉が大嫌いでね」

ライヌルの声に含み笑いが混じる。闇の中に見え隠れする長大な角は、魔獣エルデインのものによく似ていた。

「私なら、こう言う」

闇がずるり、と膨れ上がった。

「どんなに晴れていようとも、いつか必ず日は翳り、雨が降る。空に輝く太陽も、いずれ必ず沈むときが来る」

闇の中から、ぼうっとライヌルの顔が浮かび上がる。だが、それは醜く膨れて、まるで死後に腐乱したもののようにすら見えた。

「今はそうして光を手にしている君たちも、いずれ必ず闇に堕ちるときが来る、と」

ライヌルが、にいっ、と笑った。

次の瞬間、地面を三本の闇が走った。

地を裂きながら迫るそれに、アルマークはマルスの杖を振るった。

爆発的な光。

闇と光がぶつかり合い、消滅する。

「ほう」

ライヌルは感心したような声を漏らした。

「さすがは、鍵の護り手」

ライヌルが両腕だったものを広げる。その下に、闇の翼のようなものが垂れ下がる。

そこから、ごそりと二体の魔獣が生まれた。

馬ほどの大きさを誇る、闇の魔獣デリュガン。

そして、遥か見上げるほどの角を持つ魔獣エルデイン。

「闇の魔物」

アルマークの背後でウェンディが息を吞んだ。

まさか、ライヌルが闇の眷属すら生み出すとは。

さすがにそれはアルマークにも予想外だった。

だが、怯んでいる暇などない。

「ウェンディ」

アルマークは囁く。

「僕がついてる」

「うん」

アルマークはマルスの杖を構えた。

ウェンディが灯の術の代わりに、空に鬼火を飛ばす。

「一人で魔獣二体とやり合うつもりかね」

ライヌルは言った。

「その杖を持っただけで、イルミスにでもなったつもりか」

その声に、おぞましいほどの憎しみがこもっていた。

アルマークは答えなかった。

杖の先端に、魔力を凝縮していく。

ライヌルが、はっ、と笑う。

それを合図に、二体の魔獣がゆっくりと動いた。

どちらもすさまじい突進を武器とする魔獣だ。速度も、威力も計り知れない。とても二体同時に食い止めることはできない。

やるなら、今しかない。

「ウェンディ」

アルマークはライヌルたちから目を逸らすことなく、言った。

「いくよ」

「うん」

ウェンディの返事に、躊躇はなかった。

「お願い」

本当に君は勇敢だ。ウェンディ。

アルマークは、魔力を凝縮したマルスの杖をそっと背後のウェンディの胸元に近づける。

「何を」

ライヌルが言いかけたとき、ウェンディの髪の毛が大きく揺れた。

「お前ら、まさか」

胸元に触れたマルスの杖が、激しい輝きを放つ。

それと同時に、ウェンディの身体の中で凄まじい魔力が膨れ上がった。