軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

暗い道

階段は、どう見ても急造の雑な作りにしか見えなかったが、ウェンディを抱きかかえたアルマークが上がっていっても、びくともしなかった。

やはり魔法で作られただけのことはある。見た目と実際の性能に大きな違いがある。

魔術師もそうだ。

魔術師の怖いところは、そういうところだ。

アルマークはそう思った。

アルマークは戦場で生まれ、戦場で育った人間だ。

だから、たとえば十人の傭兵がずらりと並べば、その中で誰が一番強いのかは一目で見分けられる。

どうして、という理由を言葉にはできないが、その判断を間違えることはほとんどない。

見上げるような巨漢ならば、誰だって強いと分かるだろう。

だが、アルマークはその傭兵がひょろりと痩せていようが、子供のように小柄だろうが、すでに老境に差し掛かっていようが、その強さを見極めることができた。

厳しい環境で生き残っていくために磨かれた感覚。

北で戦乱が始まって既に四十有余年。平和を知らず、激しい戦乱の中で生まれ、戦いの中で育ってきた北の人間には、そんな能力が多かれ少なかれ備わっていた。

うち続く戦乱が、人の秘められた能力の一端を解放しているのかもしれなかった。そしてやがてその能力が集まって、この戦乱を終わらせることになるのだろうか。

だが、魔術師相手にはその直感が通用しない。

魔術師としての訓練を受けているアルマークにも、相手の魔力の多寡くらいは分かる。

最初は、それこそが魔術師の強弱を決めるものなのだと思っていた。

しかし、それは違った。

もちろん魔力の多寡が重要な要素の一つであることは間違いない。

だが魔術師の強さはどうもそれだけではない、ということが、魔術祭の初日に現れたライヌルとイルミスとの戦いで分かった。

魔力の大きさが傭兵たちで言うところの単純な腕力のようなものと考えれば、魔力のコントロールや魔術の豊富さ、精密さは剣や槍を操る技術や判断力などのようなものなのだろうか。

いずれにせよ、アルマークにはまだその部分を正確に判断できる能力はなかった。

だから、僕にはあの人が強いのか弱いのか分からない。

アルマークは闇の魔術師ライヌルの顔を思い出す。

ライヌルの魔力の大きさは圧倒的だった。

未熟な自分など及ぶべくもない。

魔術の精密さもその種類も、自分とは想像できないほどの差があるのだろう。

そして、おそらく卑劣な手段を使ったのだろうが、たとえそうだとしてもイルミスを倒すほどの力を持った魔術師。

そんな男と、魔術を学び始めてやっと一年になろうかという子供が単身で向かい合って勝てるはずがない。

普通に考えれば、そうだ。

だけど。

アルマークは思った。

僕は、あの人が強いと思わない。

魔術師の評価軸とは全く異なる、アルマークの生来の評価軸、北の戦士の直感はそう告げていた。

こいつはそんなに強くはねえぞ、アルマーク、と。

油断しているわけではない。

ライヌルの恐ろしさはよく知っている。

だけど、負ける気もしない。

それは、君と一緒だからかもしれないな。

アルマークは自分が抱きかかえるウェンディの顔を見た。

その目は虚ろに、階段の先の虚空を見つめている。

何も喋らず、ただアルマークに抱えられるがままに、こうしてともに階段を上っているウェンディ。

ライヌルが言ったように、その魂はあの男の持つ小壜に閉じ込められてしまったのかもしれない。

でも、確かに感じる。

今、自分の抱きかかえているこのウェンディの身体は、ライヌルの言ったような、ただの“門”に過ぎない抜け殻ではないと。

やはりうまく言葉にすることはできないけれど、アルマークはそう感じていた。

長い旅を終えて、初めて学院の教室に足を踏み入れた時。

僕の顔を見て、真っ先に微笑みかけてくれたのは君だった。

今なら分かる。

あの時、僕の長い南への旅はやっと終わったんだ。

君が僕に微笑んでくれた、あの時に。

恩。

アルマークは、またその言葉を思い出す。

ウェンディのことを考えるとき、必ず思い出す言葉。

今ではアルマークも、その言葉が自分と彼女との関係を表すには不十分過ぎると気付いてもいた。

それでも、やはりその言葉を思わずにいられない。

僕は今日まで、君からたくさんの恩を受けてきた。

これからそれを返しきれるかどうかは分からないけれど。

君に恩を返すためには、君が君でいてくれなきゃいけないんだ。

僕は取り戻すよ。

君の尊厳を。

そして、君と一緒にあの人を倒す。

気付くと、眼下の仲間たちは巨木の枝に遮られてとっくに見えなくなっていた。

幾重にも重なる枝葉のせいで、足元ははっきりと見えないほどに暗い。

けれどアルマークは灯をつけなかった。

暗い道は、暗いなりに。明るい道は、明るいなりに。

まるで歌うように、いつもそんな風に口にしていたのは、黒狼騎兵団の歴戦の十人組長デラクだ。

いい時も悪い時もある。いちいち気にしてたら、人生がどれだけ長くたって何もできねえでしょう。

うん、そうだね、デラク。僕もそう思うよ。

僕は、闇の恐ろしさは知っている。でも、ただの暗がりを闇と一緒くたに恐れることはしない。

南に来てからは、明るい道を歩くことが多かったから少し忘れかけていたけれど。

暗い道は、暗いなりに。

僕も、そうやって歩いてきたんだった。

「さあ、もう少しだよ」

アルマークは誰に言うともなく言った。

階段を上る足に力を込める。

ぐるぐると幹の周りをずいぶんと上った頃、ついに終わりが見えた。

「着いたな」

額の汗を一拭いして、アルマークは階段を上り切った。

そこは、広々とした庭園だった。

こんこんと水の湧き出す泉。計算された植え込みの配置と、きれいに刈られた芝生。

魔法具で作り出されたものとは思えないほどに現実感のある、よく手入れされた庭園。

枝葉のトンネルを抜けたことで、明るい日差しがアルマークに降り注いでいた。

とはいえ、太陽はすでに傾きかけている。

これから夜が来る。

それも、ライヌルの計画通りなのかもしれなかった。

「来たぞ、ライヌル」

アルマークは叫んだ。

「僕とウェンディだけだ」

「ようこそ、アルマーク君」

その声は、頭上から降ってきた。

見上げると、奇怪な姿の彫像の上に、ライヌルが頬杖をついて座っていた。

「君なら約束を馬鹿正直に守ってくれると思っていたよ。本当に一人で来たんだね」

そう言って、気だるげに微笑む。

「まあ、だからこそ鍵の護り手に選ばれたのかもしれないね。君のその凶暴なまでの愚直さが」

「ウェンディの魂を返せ」

アルマークは言った。

「くだらないお喋りは無しだ」

その声に少しも怯えた様子がないことに、ライヌルは微かに苛立った表情を見せる。

「いいだろう」

ライヌルは灰色のローブを翻して、ふわりと地面に降り立った。

「こんな入り口で立ち話もつまらない。ウェンディお嬢様の魂はこっちだよ」

ライヌルはそう言いざま、アルマークに背を向けて庭園の中心部に向かって歩き出す。

「さあ来たまえ、アルマーク君」

それに答えず、アルマークはウェンディをそっと地面に立たせた。

「歩けるね、ウェンディ」

アルマークの言葉にウェンディは何の反応もしなかった。だが、アルマークがその手を握って歩き出すと、ウェンディはそれに従うように静かに歩き出した。

「ふん」

それを見たライヌルは嫌な顔をする。

「身体だけになっても、仲のよろしいことだ」