軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

龍の道

「……河。いや、湖か」

呆然とした表情で、バイヤーが言う。

「……そうね。流れがない。湖みたいね」

静かな声でキュリメが答えた。

黄色い靄の向こうに、対岸が霞んで見える。

第二チェックポイントを過ぎて、道を進んできた三人を出迎えたのは、大きな湖だった。

道はそのまま真っ直ぐに湖の中に入っていき、はるか対岸にまた続いていた。

左右は見渡す限りどこまでも水が続き、果てが見えない。

「今度は、ここを抜けろっていうことか」

バイヤーはうんざりしたように言った。

「なんだよ、せっかく炎の手なんてすごい魔法を無制限に使えるのに。湖を渡れっていうんじゃ、使いようがないじゃないか」

「魔法の使い道っていうより、そもそもどうやって向こうまで渡るか、よ」

セラハは水際まで歩み寄ると、湖の水を透かし見る。

「結構深そうだけど、河と違って流れもないから」

セラハは、後ろからついてきたバイヤーを振り向いて、湖の中にいくつか浮かぶ小島を指差した。

「ほら、途中で休めそうな島もあるし、泳いで渡れないこともないみたい」

「泳ぐのか、うーん」

セラハの隣に並んで立ち、水面を見たバイヤーは、難しい顔をする。

「僕はあんまり得意じゃないんだよなあ」

「わ、私は全然だめ。絶対に泳げない」

水際まで近寄ろうともしないキュリメは、すでに顔を真っ青にしていた。

「足のつかないところなんて、とても。ごめんなさい」

「キュリメは、そうよね」

クラン島でもキュリメは海には入らなかった。

それを知るセラハは困った顔で頷く。

「それじゃあ、何か船とか筏の代わりになりそうなものを探そうよ」

セラハは周囲を見まわした。湖の周辺には、わずかながらも植物の緑が見える。

「今度はローブを帆の代わりにすれば、私の風の術で進めることもできると思うの」

「なるほど」

バイヤーが頷く。

「さすがだな、セラハは。よし、探してみよう」

三人は湖に沿って少し歩いた。

バイヤーが、水辺に生えるつる草や大きな葉のある草を手にとってしげしげと眺める。

「この辺の草をうまく編めば船にできそうだけど……それじゃあさすがに時間が足りないよね」

「そうだね。草船は厳しそうね」

セラハが同意した。

「もうちょっと探せば、茂みがあるかもしれないわ。木の枝を探しましょう」

「時間がかかるな」

バイヤーはため息をついた。

「やっぱり泳ぐのが一番手っ取り早いのかな」

そう言って嫌そうな顔で湖を見たときだった。

水の底で、何かが動くのが見えた。

「あっ、何かいる」

バイヤーの指差す方を見たセラハは小さく悲鳴を上げる。

「やだ、魔物」

「こっちに来るぞ」

その言葉通り、黒い鱗の醜い生き物が岸辺の三人に向かって水の中から迫ってきていた。

耳障りな声を上げて、それが水中から姿を現す。

ぬめぬめとした鱗に、不揃いのぎざぎざの牙。魚のような姿なのに、二本の筋張った足で直立していた。

「二人とも、離れて」

バイヤーが叫ぶ。

奇声を上げて飛びかかってきた魔物に、バイヤーが右手を突き出した。

「ええいっ」

炎の手。

放たれた火球は、魔物に当たると激しく燃え上がった。

「あちっ」

使ったバイヤー自身までが思わず顔を背けるほどの熱量が、一瞬で解放されたのだ。

魔物は炎の中で黒い煤のようになって、たちまちに消えた。

「……おお」

自分の放った魔法の威力にバイヤーは目を丸くする。

「これは、すごいぞ」

辺りには、魔物の燃えた嫌なにおいが漂っていた。

「これこれ、こういうのだよ。これを求めてたんだ」

「バイヤー」

嬉しそうに右手を掲げるバイヤーを、セラハが手招きする。

「気を付けて、水の中にまだいるわ」

「えっ」

バイヤーは慌てて湖面を見た。

澄んだ水の中で、同じような魔物の影がちらちらと動いた。

「本当だ。一つや二つじゃないぞ」

「いったん、水際から離れましょう」

セラハの言葉に、三人は湖からやや離れたところまで戻った。

「光球は……まだ来ないな」

振り返ってバイヤーが確認する。

「ここまで、だいぶ急いだもんな」

「そうね。今のうちに、何かいい方法を考えましょう」

セラハが腕を組んだ。

「湖にあんな魔物がいる以上、泳いでいくのは難しいわね」

「僕の炎の手なら、倒せるけど」

バイヤーが誇らしげに、自分の右手を掲げる。

「見ていただろ? 一発だった」

「うん。見てた。すごかったね」

セラハは微笑んだ。

「でも、さっきは魔物がちょうど水から出てきたところだったじゃない。もしも水の中にいる相手に撃ったら、どうなんだろう」

「そうか」

バイヤーは難しい顔をする。

「火の玉だから、水の中は厳しいかな。でも、さっきの鬼火みたいにじゃんじゃん連射をすれば、やれなくもないと思う」

「そうね。それも可能性の一つに」

「ねえ、二人とも」

セラハとバイヤーの会話に、キュリメが遠慮がちに口を挟んだ。

「私、とりあえず自分の魔法の効果を試してみるね」

「ああ、そうね」

セラハは、はっとしたように頷く。

「龍道の術、だっけ。なんだかすごい魔法だってリラも言っていたわよね」

「うん」

キュリメは複雑な表情を見せた。

「でも、すごい魔法だったとしても、ここで役に立つかどうかは分からないし」

「そういえばあいつ、僕にかけてみれば、みたいなこと言ってたな」

バイヤーもリラの言葉を思い出したようで、にやりと笑う。

「僕にかけてみるかい、キュリメ」

そう言って、両腕を広げる。

「ありがとう」

キュリメは微かに口元を緩めた。

「でも、効果の分からない魔法を、いきなり人には向けられないわ」

「うん、そうね」

セラハも頷く。

「まずは効果の確認だね」

「ええ。とりあえず、湖に向けて使ってみるわ」

キュリメは杖を掲げて、湖に近付いた。

それから、後ろで見守る二人を振り返る。

「念のため、離れていてくれる?」

「分かったわ」

背後の二人が離れたのを確認してから、キュリメは杖を湖に向けた。

魔法を発動しようとする。

「……あっ」

キュリメは思わず声を漏らした。

「ちょっと待って、これ」

どこからか、ものすごい力が押し寄せてくる感覚。

だが、うろたえた声を出したときには、もう魔法が発動していた。

轟音。

巨大な渦のような衝撃波が一直線に杖から湖に放たれ、この世の終わりのような地響きがした。

それと同時に、上空から大量の水。

「きゃあああっ」

キュリメの悲鳴。

「キュリメ!」

「大丈夫か!」

雨で前が見えない。

それは雨ではなかった。魔法の衝撃によって空高く巻き上げられた湖の水だった。

セラハとバイヤーは、土砂降りのように降り注ぐ水に視界を遮られ、腕で顔を覆いながら、キュリメのもとに駆け付ける。

走る二人の足元で大きな水しぶきがいくつも上がった。

「キュリメ! 大丈夫、怪我は、な……い……」

セラハが口にしかけた言葉を止め、呆然と前を見た。

「な、ななな」

バイヤーも絶句する。

「なんだ、これは」

一瞬で辺り一帯を水浸しにした人工の雨が終わり、視界が晴れた。

キュリメは湖の前に尻もちをついていた。

呆然と、目の前の変わり果てた景色を見ている。

「これが……龍の道なの」

セラハは呟いた。

湖が、真っ二つに切断されていた。

その真ん中に、いまだにばちばちと音を立てる筒状の磁場によって、一本の道が貫通していた。

それはまるで、巨大な龍が力任せに通り過ぎていった後のような光景だった。

「これ、僕らが通れるのかな」

バイヤーが恐々と湖に近付いていく。

「気を付けてね、バイヤー」

その後ろでセラハが叫ぶ。

「なんだか、ばちばち言ってるわよ」

「ああ、なるほど」

セラハの心配も構わず、バイヤーは道の入り口に立ち、感心した声を上げた。

「これなら通れるぞ。この磁場のせいで、水が入ってこないんだ」

「きっと、龍の通る道なんだね」

ほっとしたようにセラハも言った。

「龍道の術って、それを作る魔法なんだ」

「じゃあ、今のうちに通ったほうがいいな」

バイヤーが真面目な顔をした。

「あんまり何度も使うような魔法じゃないぞ、これは」

「そうね」

頷いたセラハは、まだへたり込んでいたキュリメの手を取って助け起こす。

「キュリメ、しっかり」

「も、もう何が何だか」

キュリメはよろよろと立ち上がる。

「また腰が抜けちゃった」

「効果がいつまで続くか分からないわ。急ぎましょう」

セラハとバイヤーに支えられるようにして、キュリメも走り出す。

三人は湖の真ん中を穿つようにしてできた一本道を、並んで走った。

湖の中の魔物たちも、魔法の威力に恐れをなしたのか、全く姿を見せなかった。

「すごいな、さっきの障害ではあんなに苦労したのに。今度は一発で解決じゃないか」

バイヤーが嬉しそうに言う。

「僕の炎の手があんまり使えなかったのは残念だけど」

「私の風の術なんて、一回も使ってないわ」

セラハが笑った。

「でもそんなこと、どうでもいい。キュリメ、すごいわ」

「私がすごいんじゃなくて、この魔法がすごいだけだよ」

キュリメの言葉に、セラハは首を振る。

「カードを引いたのはあなただもの。もっと胸を張っていいのよ」

「そうだよ、キュリメ。君のおかげだ」

そう言った後で、バイヤーはふと思い出したように舌打ちした。

「そういえばリラのやつ、試しに僕にかけてみれば、なんて言ってたな」

その言葉の意味に気付いたバイヤーが、顔を赤くして杖を振り回す。

「よく考えたら腹が立ってきたぞ。あいつ、何てこと言うんだ。キュリメが本当に僕にかけてたら、僕の身体なんか粉々に吹っ飛んでたじゃないか!」

三人が湖を渡り終えると、龍の道は役目を終えたように徐々に小さくなり、消えた。

「これで時間を稼げたわ。行きましょう」

勇んで道を進む三人の目の前に、最後の旗が見えてきた。