軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ひらめき

「でも」

「まずキュリメを飛ばすわ」

ためらう二人に一切構わず、セラハは言った。

「バイヤー、鬼火の術を出して」

「でもセラハ、君が」

「アイディアは向こうでも出せる」

セラハはきっぱりと言い切った。

「考えて、バイヤー。頼りにしてるわ」

その強い瞳に、バイヤーは息を呑む。

「待って、せめて石化の術を」

飛びつくようにして、キュリメがバイヤーのローブの上に屈みこみ、もう一度石化の術をかけた。

セラハはそちらを見もしなかった。

鋭い目で、自分が仲間を飛ばす先の道を見据えていた。

「バイヤー、鬼火の術を!」

「分かった」

バイヤーが頷いて、覚悟を決めたように鬼火を出す。

セラハはそれに一瞬だけ目をやった。

「高さだけは間違えないでね」

「ああ、分かってる」

「キュリメ、行くわよ」

「う、うん」

キュリメが両腕で杖を抱くようにして自分のローブをぎゅっと掴む。

バイヤーの出した鬼火に、魚が食いついた。

「今だ!」

バイヤーが叫ぶ。

セラハが一瞬の躊躇もなく杖を振るう。

飛び出したキュリメの身体は、下へと落ちていく巨大魚の横をかすめて、そのまま先の道の上へとたどり着いた。

「やった!」

バイヤーが喜んだのも束の間、キュリメは勢いがつきすぎて、そのまま道の上をごろごろと転がり、危うく反対の端から落ちそうになってようやく止まった。

「キュリメ、大丈夫!?」

セラハの呼びかけに、キュリメが上体を起こして両手を振る。

「だ、大丈夫」

「ごめんなさい、強すぎたわ。止まれてよかった。怪我はない?」

「ないわ。でも、結構時間に余裕があった。もう少し遅くても大丈夫みたい」

「そうね。ありがとう」

セラハは道の向こうに手を振ると、バイヤーに向き直った。

「さあ、バイヤー。行くわよ」

有無を言わせぬ強い目に、バイヤーは頷く。

「分かった」

それから、自分のための鬼火を出す。

さっきと同じ高さに。

とにかくそれだけを考える。

跳び出してきた魚が鬼火に食いついたのが見えたと思ったら、バイヤーの視界は一気に前方に流れていた。

強い風。ぞっとする浮遊感。耳鳴り。

虹色の鱗がちらりと見えたと思った次の瞬間には、もう地面が目の前にあった。

「ぐわっ」

肩から道に突っ込み、二回転してバイヤーは止まった。

「バイヤー、大丈夫!?」

セラハの声がする。

「うん、大丈夫だ」

杖の先で顎を打った。

口の中で血の味がしたが、そんなことは今はどうでもよかった。バイヤーがセラハに答えるのと、どん、という大きな音がするのは同時だった。

顔を上げると、セラハの背後でまた道が一つ崩れていくのが見えた。

「私も行くわ」

背後の爆発を振り返りもせずにセラハが言った。

「バイヤー、鬼火を」

セラハの強い口調。

揺るぎない瞳。

なんてことだ。

バイヤーは驚嘆する。

彼女が魔術祭で演じた魔女どころの騒ぎじゃないぞ。

バイヤーは土壇場でのセラハの、秘められた強さに舌を巻いていた。

セラハが、こんなに勇敢だったなんて。

恐ろしい光球がもう間近に迫ってるのに、振り返ろうともしないじゃないか。

僕らを飛ばしてくれるのには余裕だったあのタイミングでも、セラハ自身が来れるかどうかは五分五分だ。

いや、おそらく五分もない。

もし間に合わなければ、セラハはあの魚に丸呑みにされてしまう。

セラハはそこに今、自分の命を懸けようとしている。

それなのに僕は鬼火をひとつ、上げることくらいしかできないのか。

……ひとつ?

自分の思考に、疑問のひびが入る。

その瞬間、バイヤーのひらめきの扉が開いた。

脳裏に、先ほどかわしたリラとの会話が蘇る。

「そのカードがあれば、自分の魔力を使わずに魔法が使えるわ。だから、じゃんじゃん使っちゃってね」

「鬼火の術をどうじゃんじゃん使うんだよ」

「使い方は、その人次第よ。まあ、ばかなバイヤーじゃ思い付かないかもしれないけど」

ああ、くそ。あの不愉快なリラの言う通りじゃないか。

本当に僕はばかだった。

こんな単純なことにも思い当たらないなんて。

「セラハ!」

バイヤーは叫んだ。

「まだ飛ばないでくれ!」

そう言いながら、鬼火を宙に浮かせる。

「準備をする! もう少しだけ待ってくれ!」

その言葉にセラハが頷く。

ありがとう、セラハ。君はなんて勇敢なんだ。

バイヤーは集中する。

イメージだ。

バイヤーの握る杖から二つ目の鬼火が飛び出すと、背後のキュリメが目を見張った。

「鬼火を、二つも?」

違うよ、キュリメ。

コントロールに全神経を集中するために、キュリメを振り向くこともできなかった。

バイヤーは心の中で呟く。

二つぽっちじゃないさ。

バイヤーの杖から、鬼火が生まれる。

生まれ続ける。

今、僕らに魔力の制限はないんだ。

だから要は、これを制御できればいいってことだろ。

杖から輝く鬼火が生まれ続ける。

十。二十。三十。それ以上に。

もはやそれは、鬼火の群れだった。

「い、いくつ出すつもりなの。バイヤー」

キュリメが呆然と呟く。

イメージだ。

バイヤーは自分に言い聞かせる。

大事なのはイメージ。

魔力を消費しない以上、確固たるイメージさえあれば、魔法はいかようにでも使うことができる。

僕らが学院で学んでいるのだって、つまりはそういうことだ。

イメージを崩しちゃだめだ。

信じろ。

自分を。自分の頭の中に浮かんだ絵を。

鬼火の群れが、セラハのいる道とバイヤーたちのいる道の間の空を覆うように広がっていく。

だが、巨大魚はなぜか姿を現さない。

当たったんだ、僕の意図が。

「さあおいで、セラハ!」

バイヤーは叫んだ。

「今なら、奴は姿を現さない」

その顎から、ぽたりと汗が垂れた。

いつの間にかバイヤーの全身が雨にでも打たれたように汗でびっしょりになっていることにキュリメは気付いた。

頷いたセラハが、固めたローブで空中へと飛び出す。

それと同時に、また背後で爆発音。

ローブの上にしゃがむセラハの髪が揺れた。

だが、セラハを乗せたローブはまっすぐにバイヤーたちの方に向かって飛んできた。

「そうだ、いいよ」

バイヤーは言った。

「鬼火の形が崩れる前に。さあ」

その言葉で、キュリメも遅ればせながら気付いた。

バイヤーの鬼火の群れが形作っているもの。

それは、魚の最も恐れる天敵だった。

「……鳥、なの?」

上空を雄大に舞っているのは、水中の獲物を狙って翼を広げる一羽の鳥だった。

鬼火で作られた輝く翼の下を、こわばった表情のセラハを乗せたローブが飛んでくる。

今までにない速さだった。

キュリメの石化の術で固めたバイヤーのローブが、突き刺さるように道に落ちる。セラハが転がり出すように飛び降りてきた。

「セラハ!」

とっさに両腕を上げてバイヤーはセラハを抱きとめた。

目いっぱいに涙をためたセラハが、そのままの勢いでバイヤーに抱き着く。

やせっぽちのバイヤーは彼女を受け止めきれずに後ろに転がって背中を打った。

「ぐわっ」

「二人とも、大丈夫!?」

駆け寄ってきたキュリメに、セラハが泣き笑いの顔を上げる。

「キュリメ。怖かったよう」

「セラハ。あなたって、本当に」

その表情にキュリメも言葉を失い、泣き声を上げてセラハに抱き着いた。