軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

目隠し

「それじゃあ、私は隠れることにするわね」

紫の魔女ウーベは隠れる場所を探すかのように周囲を見まわし、それから二人を見た。

「私が隠れている間、あなたたちには目隠しをしていてもらわないとね」

「あなたの方を見なければいいんでしょ」

レイラがそう答えて、傍らの木の幹に手をつく。

「ここに顔を伏せているわ」

「だめよ」

ウーベは首を振る。

「それじゃあ、こっそりこっちを覗くかもしれないじゃない。それにあなたたちだって魔術師なんだから、魔法を使うかもしれない」

「そんなこと、しないわ」

レイラは呆れた声を出す。

「リルティ。あなたもしないでしょう」

「うん」

リルティも真剣な顔で頷く。

「しません」

「そうねえ。私だってあなたたちのことを信用してあげたいけれど」

ウーベはそう言って、もったいぶったように微笑む。

「でも、万が一隠れるところを見られてしまったら、それでこのゲームはおしまいだから」

「だから」

レイラが硬い声を出す。

「見ないって言っているでしょう。私たちを信用しないなら、このゲーム自体が成り立たないわ」

「あなたの言うことも分かるわよ、もちろん。きっとあなたたちが、二人ともとってもいい子だっていうこともね」

ウーベはそう言うと、唇に指を当てて、でもねえ、と腰をくねらせる。

「私の気持ちにもなってみなさいな。何十年も何百年も、石のままでじっとしていなきゃならないのよ。たまにこの姿になれたときでも、ほら、赤とか黄色とかの思慮の足りない子ばかりが前に出てしまって大騒ぎするものだから、私にはろくに出番が回ってこないのよ。大きな仕事になると今度は、金とか銀とか、そんな派手な色ばかり。……紫って、色の中でも地味なイメージがあるのかしらねえ」

「知らないわ」

レイラはすげなく首を振る。

「あなたの仲間内のことを、私たちに訊かれたってわかるわけがない。さっきあなたも自分で言っていたように、私たちは大事な仲間を助けるために急いでいるの。こんなことでごちゃごちゃと言い合いをしている時間も惜しいわ」

「ええ、分かっているわ。あなたたちの事情については、もちろん」

ウーベは笑顔で頷く。

「でも、私だってせっかくの出番だもの。ずるをされて負けたくはないのよ。分かるでしょ」

「……レイラ」

リルティが遠慮がちにレイラのローブの袖を引っ張った。

「話だけでも、聞いてみる…?」

レイラは答えの代わりに荒いため息をついた。

「紫のウーベ。言いたいことがはっきりしないわ。あなたは結局、何を求めているの」

「そう、聞いてくれるのね」

ウーベは艶やかに笑う。

「いったん、あなたたちの周囲に結界を張るわ」

「……結界?」

「ええ」

ウーベは頷く。

「周りを見ることのできなくなる結界。魔法も通さないし、それに周りの音も聞こえなくなるわ。ほら、森の中で隠れようとしたら、どうしても音が出てしまうものだから」

「音、か」

レイラは小さな声でリルティに囁く。

「なるほどね。かくれんぼって、隠れるときの音を頼りに探すこともできるのね」

「うん」

リルティは自分が鬼になったときのことを思い返しながら、頷く。

「待ってる間、鬼は目隠しをしている分、耳に神経を集中するの。そうすると、みんなが散っていった大体の方向とか、何かに登る音とか、手がかりになる音がいくつも聞こえるわ」

「あなたの耳なら、間違いないわね」

不意にレイラに褒められて、リルティは思わず彼女の顔を見る。

レイラは厳しい表情のまま、ウーベに続きを促した。

「続けて、ウーベ。それで?」

「ええ」

ウーベは艶やかに頷く。

「あなた達が結界の中にいる間に、私はさっき決めた範囲内のどこかに隠れる。隠れ終わったら、結界を解くわ。そこから、かくれんぼのスタートよ。さっき言ったように、制限時間内に私を見付けられれば、あなたたちの勝ち。見付けられなければ、私の勝ち」

ウーベの説明に、レイラはリルティを振り返る。

「隠れるときの音も聞こえなくなるというのは、かなり不利になるということね」

「うん」

リルティは小さく頷いた。

「目隠しは仕方ないけど、耳は……」

「ウーベ。音だけでも聞かせてもらえないのかしら」

レイラは紫の魔女に言う。

「かくれんぼって、隠れるときの音も大事な手掛かりになるでしょう」

「音、ねえ……」

ウーベは右手の人差し指を唇に当てて少し考える仕草をした後で、にいっと笑った。

「仕方ないわね。いいわ。音だけは聞かせてあげる」

その答えに、レイラはリルティを見る。リルティも頷く。

「それなら、こちらもいいわ」

レイラは答えた。

「私たちの周囲に結界を張りなさい」

「ありがとう」

微笑むウーベに、レイラは続けて尋ねた。

「制限時間はどうやって決めるの」

「ああ、そういえば言っていなかったわね」

ウーベは右手を肩の高さまで上げると、一振りする。

魔力が膨れ上がり、散った。

リルティが息を呑む。レイラも目を見張った。

鬱蒼とした茂みの一角が、毒々しい紫色の花畑に一変していた。

「ジャクレンノヒトヒラ」

ウーベは大きな花弁を持つその花の名を告げた。

「この花は寿命がすごく短いの。時間とともに端っこから一本ずつ枯れていくわ。ここにある花が全て枯れてしまったら、制限時間終了よ」

「ジャクレンノヒトヒラ。聞いたことがあるわ」

レイラはその花を鋭い目で見つめた。

「実際に目にするのは初めてだけど。強い薬効とは裏腹に、簡単に枯れてしまう性質のせいでもうずいぶん昔に採り尽くされたと」

「人間の命は儚いものだから、自分が生きている間のことしか考えられないのよね」

ウーベは静かに言った。

「だから、あなたたちのご先祖たちが子孫のことを考えずに採り尽くしてしまったのね。仕方ないわ。人間ってそうやって世界の形を変えていく生き物だから」

そう言うと、左手を二人に向けてかざす。

「さあ、始めるわよ」

その手に紫色の濁った光が渦巻いた。と見えた時には、もう二人は闇の中にいた。

何も見えない。

レイラは自分の左手を顔の前にかざしてみる。

そこに確かに手があるはずなのに、闇に包まれてそれすらも見えない。

光を完全に遮断した、真の暗闇だ。

さすがは魔女。やることが徹底している。

「レイラ」

リルティの切羽詰まった声がレイラの耳に届いた。

「そこに、いるの?」

「ええ。いるわ」

努めて冷静にレイラは答える。

「リルティ、あなたもいるわね。大丈夫。冷静に、音を聞き逃さないようにしましょう」

「う、うん」

「あなたの耳に期待しているわ」

ここまで何も見えなければ、かえって耳に集中できるというものだ。

レイラは周囲の物音に耳を澄ませた。

鬱蒼とした森を時折揺らす風。葉擦れの音。

それを破るように、ウーベの足音がした。

がさがさと茂みを踏み分けていく音がする。

なるほど。あっちに行ったのね。

さすがに私たちのすぐ近くに隠れはしないだろう。

立ち去った方向は分かった。

そこから別の方向に回り込むつもりかもしれないが、ここまで鬱蒼とした茂みだ。踏み入れば必ず痕跡が残る。

それに。

レイラは気付いていた。

紫の魔女は、独特の花のような匂いをまとっていた。その正体が何なのか訝っていたが、先ほど彼女の出した花畑。

ジャクレンノヒトヒラ。

あの花の匂いと似ている。

獣追いの術で彼女の匂いを追跡すれば、隠れ場所を突き止めることは容易いだろう。

さすがに魔女も、そう簡単に尻尾を掴ませるとも思えないが……

不意に葉擦れの音が消えた。

異変を感じたレイラは、耳を澄ませた。

葉擦れの代わりに彼女の耳に聞こえてきたのは、ざわざわという人の声。

え?

レイラは闇の中で目を見張った。

人の声ですって?

「勝手に、そんなところへ入るなどと」

突然自分の耳元で聞こえた低い男の声に、レイラの全身は総毛立った。

「許さんぞ。勝手な真似を」

「でも、もう許可は得たわ」

硬く、冷たい声。

なに、これ。

その声の主を、レイラは知っていた。

あれは私の声。

四年前の、父と私の会話。

なぜ、今そんなものが。

「お待たせ」

どこからか、ウーベの声がした。

「もういいわよ。さあ、私を探して」

心から愉しそうな声だった。

それと同時に、闇が晴れる。

目の前に広がった景色に、レイラは息を呑んだ。

教室。

そこは、ノルク魔法学院初等部の教室だった。

見慣れたいつもの教室に、ローブをまとったクラスメイト達が座っている。

……どういうこと。

いつの間にかレイラは、教室の一番後ろに一人で立っていた。

隣りにいたはずのリルティの姿はない。

「おい、早く座れよ」

近くの席にいた男子生徒がそう言って、レイラを睨んだ。

「それとも、自分の席も分からないのか」

ゼツキフ。

3年3組の生徒であるはずの彼の顔に、違和感があった。

今よりも、だいぶ幼い。

教室にいる生徒たちの顔をぐるりと見まわして、レイラは悟った。

このメンバー。まさか。

「ねえ、ここって何年何組?」

「はあ?」

レイラの問いに、ゼツキフはばかにしたように目を剥いた。

「1年1組に決まってるだろうが」

やっぱり。

「レイラ」

視線の先で、その少女が手を振っていた。

「どうしたの。あなたの席、ここだよ」

ウェンディ。

レイラは思わずそちらへ一歩踏み出し、その歩幅に違和感を覚える。

え?

ローブが長い。

右手に持つ杖が、床につかえて不快な音を出した。

杖も長い。

いや、違う。

ローブや杖が長くなったんじゃなくて、これは。

レイラは、杖を持った小さな手を見た。

私も、一年生になっている。