軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

(閑話)談話室にて 後編

「ああ、くそ」

フィッケが天井を仰いで声を上げた。

「またアインの勝ちかよ」

「どうして強いんだろうな、ただ賽子を振るだけのこんなゲームまで」

不思議そうにムルカが賽子を摘まみ上げて、しげしげと眺める。

「頭を使うわけでもないのに」

「きっと賽子の方でもクラス委員に遠慮してるのさ」

ルタがそう言ってムルカの賽子をひょいっと奪うと、上に放り投げた。

「いい加減なことを言うものじゃない」

アインはろくに見もしないで腕だけを伸ばして、落ちてきた賽子を空中で掴むと、そのままフィッケに投げ渡す。

「僕はアルマークと勝負する。最下位の君がこの遊戯盤を片付けておけよ」

「ちぇっ」

不満そうに口を尖らせて、それでもフィッケがごそごそと遊戯盤と駒をしまい始めた。

「あーあ。勝てる日もあるんだけどな。今日はついてねえや」

フィッケのぼやきに構わず、アインが棚から別の遊戯盤を持ってきた。

それを見て、ウェンディが、あっ、と声を上げる。

「王の渡河ね。それをアルマークとアインでやるの?」

「ああ」

アインはウェンディを見てちらりと微笑むと、遊戯盤をテーブルに広げる。

「アルマークの応援はウェンディ、君に任せる。助言は無しにしてもらいたいがな」

「私もこのゲームは好きだけど、助言できるほどうまくはないわ」

ウェンディはそう言って、アルマークの傍らに立って遊戯盤を覗き込む。

「アルマークはやったことあるの?」

「北にもよく似たゲームがあるからね」

アルマークは答えると、慣れた手つきで駒の一つを手に取る。

「ゲームの名前は違ったけど」

「王の渡河じゃないの?」

「うん」

アルマークは、遊戯盤の中央に鮮やかな青一色で描かれた河を見て目を細める。

「北では、クワッドラドって呼ばれてた」

そう言うと、アインが顔を上げて反応した。

「北の大河の名だな」

「さすがアイン。よく知ってるね」

アルマークは微笑む。

「僕はそこで、龍を見たことがあるよ」

「そうか。クワッドラドには龍が棲むか」

アインは頷いて、木の箱からコマを全て出す。

「南では王の渡河、中原ではラゴス王の親征などと呼ばれているが、まあルールはどれもほとんど変わらない。ガライ王国では、ガライ建国王がセーキ河を越えて敵軍を撃滅したときの故事に由来するなどと言われているが、諸説あって定かではないな」

「私もその話、聞いたことがあるわ」

ウェンディが口を挟む。

「この真ん中の青いのがセーキ河で、赤の駒がガライ建国王の軍勢、黒の駒が同盟国軍だって」

そう言って、立派な鎧をまとった勇ましい戦士の形に彫られた赤い駒を指差す。

「ほら、これがガライ建国王のシーク一世」

「そうなると王の傍らに控えるこの騎兵のコマは、さしずめザイデル公国の初代公王、返り血のダインといったところか。色もぴったりだな」

アインがそう言って、騎兵の形に彫られた赤い駒を摘まむ。

「北では、いろいろと違ったけど」

アルマークはそう言いながら、アインやウェンディが見ている赤い駒ではなく、黒い駒に目を向けた。

黒い駒には、赤の国王のような派手な駒はない。どれも無個性と言っていい兵士の形をしている。

その一つ一つを、アルマークは不思議な懐かしさとともに見つめた。

「君も分かっていると思うが、簡単に説明すると」

アインが遊戯盤の上に手際よく駒を並べながら言う。

「僕と君それぞれが、河を挟んで対峙する赤の国王軍と黒の同盟国軍のいずれかを担当する。黒の同盟国軍は、数は多いがどの駒も動ける範囲が狭い。赤の国王軍には色々な動きができる強力な駒があるが、数が少ない」

「うん」

頷いて、アルマークも黒の駒を並べ始める。

「そうだったね」

「国王が河を渡ってこの位置まで達すれば」

アインはそう言って遊戯盤の黒側の陣地の奥を指差す。

「赤の勝ちだ。逆に、国王を討ち取るか国王の渡河が不可能になれば、黒の勝ちだ」

「うん」

アルマークは返事する。

「分かった」

「大体は皆、赤の国王軍をやりたがるんだ。動きが派手で、たくさんの敵をなぎ倒せるからな」

そう言ってアインは、黒の駒を並べ終えたアルマークを見た。

「だが君は、黒の方をやりたいようだな」

「そうだね」

アルマークは頷く。

「僕は黒でいいよ」

「えっ、アルマーク。黒やるのかよ」

遊戯盤を片付けて戻ってきたフィッケが、黒の駒の前に座るアルマークを見て顔をしかめて手を振った。

「やめとけやめとけ。お前が赤にしとけって。赤をやるときのアインの強さ、尋常じゃねえんだぜ」

「君が弱すぎるだけだろう」

アインがそう答えるが、遅れて戻ってきたルタもフィッケに同意する。

「確かにフィッケもすごく弱いけど、アインの国王軍は本当に強いよ。このゲームが嫌いになるくらいに」

「そうそう」

援軍を得て、フィッケが嬉しそうに頷く。自分が弱すぎると言われたことは聞こえていないようだ。

「この前なんか、王がもう河を渡れるくせになかなか渡らねえんだよ。俺の同盟軍をほとんど全滅させてからやっと渡りやがったんだぜ」

「たまにはそういう趣向もいいだろう。君は少し黙っていろ」

アインはうるさそうに手を振って、それからアルマークを見た。

「どうする、アルマーク。別に僕が黒をやってもいいが」

「いや」

アルマークは笑顔で首を振る。

「僕は黒でいいよ」

「そうか」

アインは興味深そうにアルマークの表情を見てから、頷く。

「分かった。じゃあ始めよう」

「アルマーク、頑張ってね」

ウェンディにそう応援され、アルマークは、うん、ありがとう、と頷いて表情を引き締める。

「アイン、頑張れよ」

フィッケが言った。

「向こうには女子が付いてるからな。1組のクラス委員様は俺たちが応援してやるよ」

「要らないな、実に要らない」

アインは顔をしかめて答える。

「そういう時は気を利かせて女子を呼んでくるものだ」

「女子だってさ」

ルタが微笑んで、フィッケとムルカの顔を見た。

「せえの」

ルタの掛け声に、フィッケとムルカが声を合わせる。

「アイン、頑張れー」

三人の甲高い裏声に、アインがさらに顔をしかめ、ウェンディがくすくすと笑った。

アインの赤き国王軍が鋭く切り込んでくる。

対岸を固める同盟国軍は、早くも旗色が悪い。

史実でのセーキ河の戦いも、同盟国軍の兵数は国王軍よりもはるかに多かったが、結局は寄せ集めの烏合の衆だった。

互いに顔色をうかがい合い、足を引っ張り合いしているうちに勝機を逃し、シーク一世の乾坤の一撃で打ち砕かれた。

アイン操る国王軍の先鋒がたちまち対岸に足場を固めるのを見て、ウェンディの顔が曇る。

「ああ、もう河を渡られちゃった」

「どうした、アルマーク。実際の戦いとは少し勝手が違うかな」

アインはそう言って、ひときわ長い槍を持つ赤の駒を手に取る。

「まるで戦いのときの君のように、戦況をいっぺんに変える駒が赤にはある。この騎士はさしずめ王の忠臣、剛勇無双のエグモといったところかな」

アインがその駒を河の中ほどに進める。

アルマークはそれを見て難しい顔をした。

「あーあ。だから最初に赤を選んどけって言ったのに」

フィッケが嘆息する。

「赤にしとけば、最初だけは気分よく戦えるんだからさ」

「どっちにしても、結局最後は負けるんだけどね」

ルタが言い、フィッケは肩をすくめる。

「そうなんだよ。何でか知らないけど、いつの間にか逆転されてるんだよな」

そんな会話を聞きながら、アルマークが黒の戦士を動かす。

隊列を組んでじりじりと後退するように、黒は押し込まれていた。

「さあ、王が動くぞ」

綺羅星のような戦士たちが露払いを済ませ、ようやく赤の国王が河に足を踏み入れる。

「もう来たわ」

アルマークの傍らに立つウェンディが目を見張った。

「速い」

「やっぱりアインは強いね」

アルマークはそう言って、ウェンディを見上げる。

「全部の駒の動きがちゃんと計算されてる」

「アルマークも頑張って」

ウェンディは握りこぶしを作った。

「まだ負けたわけじゃないよ」

「うん」

アルマークは頷いて遊戯盤に目を戻す。

「頑張るよ」

だがウェンディの応援も空しく、アインの国王軍は緻密な動きで対岸の戦士たちを排除していく。

すっかり橋頭保が築かれ、ついに赤の国王が対岸に渡った。

「さて、あと2マスも前進すれば僕の勝ちだが」

アインの言葉に、アルマークは頷く。

「そうだね。僕も全力を尽くそう」

「今からか?」

アインが眉をひそめる。

「うん。今からさ」

アルマークの黒の戦士が動き始める。

北ではこのゲームは、クワッドラド、または単に、大河、と呼ばれていた。

きらびやかな赤の軍勢は、ガライ建国王の軍などではない。

メノーバー海峡を越えて押し寄せた中原の豊かな軍勢だ。

迎え撃つ無個性な黒の軍勢は、言うまでもない。

貧しい北の国々の雇った、名もなき戦士たち。

傭兵だ。

馬には乗っていないけれど。

アルマークは懐かしい黒い鎧の戦士を動かす。

僕は、こういう戦いのときにはどうすれば勝てるのかを知っている。

父さんが教えてくれたから。

押し込まれていた黒衣の戦士たちが、犠牲もものともせずに前進を始める。

「む」

アインが目を見張る。

それは、一見無謀な突撃のようにも見えた。

だが、戦士たちの動きは一つの強固な意志で繋がっていた。

「しまった」

アインが呟く。

「君を見くびったか」

赤の重装兵が黒の戦士を弾き飛ばす。赤の騎士が長い槍で黒の戦士を突き倒す。

だが、黒の戦士たちは彼らには見向きもしなかった。

黒衣の傭兵が脇目も振らず、殺到するのは。

戦場で、俺たちの首なんざ何の価値もねえ。

レイズの言葉が蘇る。

覚えとけ、アルマーク。戦に勝つために必要なのは、敵の大将首ひとつだ。

傭兵が何人死のうが関係ねえ。大将の首を獲ったほうの勝ちなんだ。

敵の王を十分に引き付けての、黒の戦士たちの突撃。

既に河を渡り切っていた赤の国王は、退こうにも退けなかった。

本来この局面になる頃には、盤上の互いの駒がもっと少なくなっているはずだった。

だが、不器用に守りを固め続けた黒の軍のせいで、両軍ともにまだ多くの駒が取り除かれずに残っていた。

仲間の駒までが、国王の退路を塞いだ。

アルマークが静かに黒の戦士を前進させる。

一人斃れても、次の一人が。それが斃れても、また次の一人が。

犠牲をものともしない突貫に、数で劣る赤の軍勢はついに抗し得なかった。

アインが天を仰ぎ、ウェンディの歓声が上がった。

「うそだろ」

フィッケの叫び声は談話室中に響き渡った。

「アインが負けるの、初めて見たぜ」

それから三度、色を変えてアインとアルマークは対戦したが、アルマークが勝てたのは最初の一回だけだった。あとはアインの洗練された動きに苦も無く捻られた。

だが、何度勝ってもアインの渋い顔は変わらなかった。

それはアインにも分かっているからだ。

最初の一戦での敗戦。もしこれがゲームでなかったならば。

「もう王様が河を渡るの飽きた。次はこれをやろうぜ」

フィッケがそう言いながら、可愛い動物の絵柄がいっぱいに描かれた遊戯盤を持ってきた。

「せっかくウェンディもいるんだしよ。みんなでできるやつにしようぜ」

「私も入っていいの?」

「ああ」

アインは気を取り直したように頷く。

「もちろんだ」

「嬉しい」

ウェンディが笑顔でアルマークの隣に腰を下ろす。

ルタとムルカもテーブルを囲み、フィッケの持ってきた新しいゲームの準備を始めたので、アルマークは“王の渡河”の遊戯盤をたたんで立ち上がった。

戦いを終えた黒い戦士たち一人ひとりを木の箱に丁寧にしまい、棚に戻す。

「アルマーク、早く早く」

ウェンディが手招きしている。

「今行くよ」

アルマークは笑顔でそちらに駆け寄った。