軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

銀のフィラック

まるで初夏のような気候の中を、緑に包まれて歩いていたはずだった。

だが道のあるところを境に、緑は徐々にその色を失い、寒々しい冬の空気が戻ってきた。

そしてその寒さは今や、南の冬の域を超えようとしていた。

それでもウォリスの表情は変わらなかった。

口から規則的に白い息を吐きながら、歩調を変えずに道を進む。

足を踏み出すたびに靴の下で小気味よい音を立てていた霜柱の感触が、不意になくなった。

地面はすでに、硬く冷たい氷で覆われていた。

吐く息が、煙のようにくっきりと白い。

それでも変わらず歩を進めるウォリスの目の前に、大きな宮殿のような建造物がそびえ立っていた。

寒々しい景色の中で、まるでそこだけが浮き上がるような、一種異様な建造物。

それを見て、ウォリスは目を細めた。

「氷、か」

そう呟く。

建造物の壁という壁、柱という柱が、弱々しい太陽の光を受けてきらきらと光っていた。

彼の言葉通り、建造物はその全てが氷に覆われていた。

だが足をもう一歩踏み出すその僅かな間に、ウォリスは気付く。

これは、氷に覆われているわけではない。

その鋭敏な目は見るべきものをはっきりと捉えていた。

この宮殿は、氷そのものでできている。

氷だけで作られた宮殿なのだ。

ウォリスの歩く道は、まっすぐにその宮殿の入り口に向かって伸びていた。

やれやれ。わざわざこんなものまで準備するとは。

「用意のいいことだ」

皮肉な呟きを漏らしたウォリスの進路を遮るように、何もない空間から不意に人影が現れた。

それは、銀色の長衣をまとった青年だった。

やや浅黒い肌に、銀色の髪、銀色の瞳。

そのコントラストが人に高貴な印象を与える、ウォリスに引けを取らない美青年だった。

金髪の美少年であるウォリスが彼と向かい合うと、二人はまるでこの世のものではない一対の宝石の精のようにも見えた。

ウォリスは突如現れたその青年を前にしても、気にする様子もなくまた一歩踏み出す。

「一人か」

拍子抜けしたように、銀髪の青年は言った。

「子どもを何人か相手するようにと言われたのだがな」

それで、ようやくウォリスは足を止めた。

「当てが外れたのなら、石に戻るがいい」

ウォリスはそっけなく言った。

「こちらはそれで一向に構わん」

「ふむ」

銀髪の青年は、ウォリスの整った顔を興味深そうに見つめる。

「お前は私が石の魔術師だと分かっているのだな」

「他に誰がいる」

ウォリスは呆れたように言った。

「その外貌で分からない方がどうかしているだろう」

「それもそうか」

青年は屈託のない笑顔を見せた。

「それでは、私の恐ろしさも知っているというわけかな」

青年の顔に、ちら、と殺気が覗く。

と、その身体にいきなり巨大な魔力が渦巻いた。

それと呼応するように、凄まじい冷気が青年の身体を包んでいく。

その周りで、ぱきぱき、という弾けるような音が響いた。空気の中の水分が急速に凍って砕けているのだ。

「お前が一人で相手しようとしているのが、どれだけ恐ろしい魔術師なのかも知っていると、そういうことなのかな」

自分を包む冷気を弄ぶように肩を揺らして、青年はウォリスを見た。

ウォリスは眉をひそめる。

青年の作り出した冷気の余波で自分の金髪に白い氷の粒が付くと、顔をしかめて杖を前に突き出した。

そこに、見えない壁ができた。

己の作り出した冷気がその壁にぐっと押し戻されるのを感じた青年は、意外そうに瞬きをする。

「防いだのか」

「まさか、畏れろとでも言うのか」

ウォリスは言った。

「この程度の冷気を」

「ほう」

青年はますます興味深そうにウォリスを見る。

「なるほどな」

ややあってそう言うと、納得したように頷いた。

「何がなるほどだ」

ウォリスが言うと、青年はにこりと笑った。

「どうやら、一人で来ただけのことはありそうだ」

ウォリスが無言で肩をすくめると、青年は一度大きく手を叩いた。

ぱん、という乾いた音。

それで、青年の身体を包んでいた冷気は消えた。

青年は笑顔のままで両腕を広げ、ゆっくりと一歩下がる。

芝居がかった動作だった。

「名乗ろう。私の名は、銀のフィラック」

青年は言った。

「私とまみえる幸運を喜ぶがいい。私は九つの兄弟石の中でも、金のグウィントに次ぐ力を持つ魔術師なのだから」

そう言うと、青年はウォリスに向かって右手を差し出す。

「さあ、お前も名乗るがいい。幼き挑戦者よ」

ウォリスはそれには答えなかった。無言で杖を突き出す。

地面の氷が裂けた。

そこから突き出した土の槍が、青年の腹を深々と貫く。

「がはっ」

目を見開いたフィラックが、信じられないものを見るようにウォリスを見た。

「貴様、なんということを」

フィラックは呻いた。

「これほどの魔法を、いきなり」

「名乗る名などない」

ウォリスは言った。冷たい表情だった。

「なに」

口から血を滴らせて、フィラックがウォリスを睨む。

「名乗れぬだと」

「そうだ。僕の名は、そんなに安くはない」

ウォリスは言い放った。

「姿も見せぬ者相手であれば、なおさらだ」

その言葉を聞くと、フィラックは真っ赤な口を、にい、と吊り上げた。

「見抜いていたのか」

「影が薄い」

ウォリスはつまらなそうに言って、フィラックの足元にできた影を指差す。

だがそれはごく普通の影に見えた。

薄くなどない。黒々とした影だった。

「僕の目を欺きたいのであれば、もう少し精度を高めろ」

影の濃さの違い。

ノルク魔法学院の初等部三年生の生徒たちの中で、それと本物の影との違いに気付く者は他にはいないだろう。だが、ウォリスの目はその些細な違いを捉えていた。

「面白い」

フィラックは笑った。

その顔が不意に、色を失う。顔だけではない。まとっていた銀の長衣も含めて、フィラックの全身が一瞬で全ての色を失った。

フィラックだったものは、氷の人形と化していた。

ぱりん、と鋭い音を立てて、土の槍に貫かれた氷人形は砕け散った。

ウォリスが小さく杖を振ると、土の槍は崩れて元の地面に戻った。

「見事」

どこからか、フィラックの声が聞こえた。

「言うだけのことはある」

楽しそうに、その声は言った。

「お前に私への挑戦の権利を与えよう」

「挑戦、か」

ウォリスの顔にごく一瞬、暗い笑顔が浮かぶ。

「入るがいい、氷の宮殿に」

フィラックの声は言った。

「だが、名乗ってもらわねばこちらもお前を呼ぶのに困るな、幼き挑戦者よ」

その声が軽い笑いを含む。

「私はお前を何と呼べばいい」

「ウォリス」

ウォリスは短く答えた。

「そう呼べ」