軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

光の道

「勇ましいことは大いに結構」

イディムは口元を歪めて笑った。

「だがよく聞けば、所詮は変革を恐れる臆病者のたわごと」

そう言って、トルクの血塗れの顔を指差す。

「自分のままで勝負する、とな」

その肩が嘲笑で揺れた。

「口で言うのは容易い。自分のままで。自分らしく。自分だけの力で。実に耳触りの良い言葉だ」

顔は確かに笑っていた。だが、その黒い目がトルクを射抜くように見る。

「しかしそんなものは、変わらずに済ますための言い訳に過ぎぬ。自分が現状に妥協し、留まるための都合のいい正論。そんなものに」

その手に黒い力が凝縮していく。

「闇を打ち破る力など、ありはせぬ」

「試してみろ」

トルクは杖を突き出した。

「お前の闇に、俺を打ち破る力があるのかどうかをよ」

「我が闇が、汝を」

イディムは声を上げて笑った。

「身の程知らずもここまで来ると、滑稽を通り越していっそ清々しいわ」

そう言いざま、右手を突き出す。

「見どころがあると思ったが、我の見誤りであった。実に遺憾」

闇が弾けた。

ガレインを切り裂いたのと同じ、長い三本のかぎ爪がトルクを襲う。

トルクは杖を水平に振り抜いた。

それと同時に出現した輝く網が、かぎ爪を絡めとる。

闇を放つ時、イディムは無防備だ。

このかぎ爪を押さえて、その隙にイディム本体を叩く。

トルクが続けて杖を振るおうとした時だった。

「それは叶わぬぞ、トルク」

イディムが嗤った。

「ほれ」

かぎ爪が光の網を易々と切り裂いていく。

「汝だけの力で作れるものなど、その程度。自覚もしていたであろうに」

網はたちまち無力と化した。かぎ爪がそのまま容赦なく、トルクを切り裂いた。

全身から血を噴き上げて、トルクは倒れた。

「残念だ」

イディムは、倒れた三人をぐるりと見回した。

暗黒の草原に倒れる、血まみれの三人。それはこの世の光景には見えなかった。

「色を変えることは、できなかったな」

イディムがぽつりと言う。

「後はこのアンチュウマソウの群生が汝らの生命の燃えかすを残らず吸ってくれよう。せめて苦しまずに逝け」

低い声で慰めるようにそう言って、イディムが身を翻そうとしたときだった。

低い唸り声とともに、トルクが身を起こした。

「待てや、くそが」

トルクは吐き捨てる。

「まだ終わってねえよ」

両膝に手をついて、よろよろとトルクが立ち上がるのを、イディムは薄笑いとともに眺めた。

「その頑丈さは、確かに驚嘆に値する」

イディムは言った。

「それだけに、口惜しい。汝に闇を受け入れるだけの度量さえあれば未来は開けたものを」

「言ったろうが」

トルクは真っ赤な唾を吐いた。

「俺ん中に入るのは俺だけで十分だ」

「残念だ」

イディムはもう一度言った。

「意地を張って、頑丈さに物を言わせて立ち上がったところで、もはや抵抗する魔力も残ってはいまい」

イディムはそれも見抜いていた。

確かにその言葉通り、トルクは先ほどの火炎の術と光の網にほとんどの魔力を注ぎ込んでいた。

彼の身体の中には、もう 燠(おき) のような小さな魔力しか残ってはいなかった。

「それがどうした」

それでもトルクは傲岸な態度を崩さなかった。

「そんなもん、関係ねえ」

イディムが呆れたように鼻を鳴らす。

「喋れるうちは負けていない、ということか。それならば、仕方ない。命まで奪うしかあるまい」

「やってみろ」

トルクが血まみれの顔に凄絶な笑みを浮かべた。

「こっちは最初から命懸けだ」

トルクは倒れたままの二人を振り返る。

「デグ。ガレイン。いつまで寝っ転がってんだ。やるぞ」

「むだだ」

イディムは首を振る。

「呼びかけたとて、無意味。その二人は汝ほどに頑丈な身体も心も持ってはおらぬ」

「うるせえ。この二人を舐めんな」

トルクは獣のような表情で、真っ赤な口を開いた。

「デグ! ガレイン!」

どこにそんな力が残っていたのか。

それは草原全体を揺らすほどの叫びだった。

「起きろ!」

口から血を飛ばしながら、トルクは叫んだ。

「やるぞ! 俺を手伝え!」

「だから、むだだと」

そう言いかけたイディムが目を見張った。

「うがあっ」

「がああっ」

言葉にならない叫び声を上げながら、デグとガレインが跳ね起きたからだ。

「ばかな」

二人は杖も使わなかった。

まるで子どものケンカのように、叫びながらイディムに身体ごとむしゃぶりついていった。

予想外の行動に、イディムの反応がわずかに遅れた。

デグがその右腕を、ガレインが左腕をがっしりと捕まえる。

イディムが闇を操るのに使うのは、その両手だった。二人もそれを目にしていた。

だから無意識のうちに二人がイディムの両腕を押さえたのは、魔術師として訓練されてきた本能のなせる業だった。

「いいぞ、デグ、ガレイン」

トルクが杖を突き出す。

「そのまま押さえとけ」

「愚か者どもが」

イディムの身体の中でどす黒い力が膨れ上がった。

「そんな戯れ事で何を変えるつもりだ」

黒い霧を伴った衝撃波。

デグとガレインが見えない力に吹き飛ばされた。

「何も変わらぬぞ。そんな無邪気な敢闘精神などでは」

そう叫んだイディムが右手を突き出そうとする。

だが二人の蛮勇は、トルクがイディムに一撃を与える時間を作った。

「うるせえっつってんだよ!」

トルクは最後の魔力を振り絞った。

光の矢でこいつの身体を貫く。

そんなことが今の自分にできるわけはないことは分かっていた。

だが、虚勢こそがトルクを支える背骨だった。

そして、その意地がトルクに天啓を運んできた。

トルク。君は。

脳裏に蘇る冷静な声。

それはイルミスの声だった。

魔術実践の授業の後、帰ろうとするトルクを呼び止めて、イルミスは言った。

「トルク。君は、自分の激情をしっかりとコントロールするべきだな」

意味が掴めず、無表情に自分を見返したトルクに、イルミスは言葉を継いだ。

「魔法を使うとき、君のその激情は集中の妨げになる。他の生徒よりも魔法の芯がブレるのは、そのせいだ」

それでトルクにもこの教師の言いたいことが分かった。

トルクの激しい性格は、魔力を一点に集中させるような魔法に向いていなかった。

だが、そんなことはわざわざ言われなくても、自分でも痛いほど感じていたことだ。それに、コントロールしろと言われて、はい分かりました、とコントロールできるなら、苦労はなかった。

「だが制御することさえできれば、君のその強い感情の波は大きな武器にもなる」

イルミスの言葉に、トルクは、それではどうすればいいんですか、と尋ねた。

イルミスは冷静に答える。

「コントロールの方法は、自分で探すべきだろうな」

肩透かしを食らったトルクは、そうですか、とそっけなく答えて魔術実践場を出ていこうとした。

「だが、そうだな。一つ助言するとすれば」

トルクの背中に、イルミスが言った。

「君は確か楽器の演奏ができたな」

「はい」

振り向いてぶっきらぼうに答えると、イルミスは頷く。

「最も弱く優しい音に、最も強い激情を込めてみなさい」

イルミスは穏やかに微笑んだ。

「そうすれば、君の魔法の段階が一つ上がる」

自分の身体にぎりぎり残った、最後の魔力。

これじゃあどうあがいても、ちっぽけな力しか出せねえ。

イルミスの助言の意味を考えて、これまでトルクは何度も試行錯誤してきた。だが、今日に至るまでその試みが成功したことはなかった。

分かってねえんだよ、イルミス先生は。

そう思ったこともあった。

あれは才能のあるやつに対する教え方だ。俺みたいな人間にあんな教え方をされたって、理解できねえんだ、と。

だが、今なら。

トルクは本能的に悟っていた。

もうどれだけ全力を振り絞ったところで、最小限の力しか出せねえ。

最小限の力。

それはつまり先生の言っていた、最も弱く、優しい音だ。

そこに、俺の全力を込める。

この瞬間を作ってくれた、デグとガレインにこれ以上、情けねえところを見せられるか。

トルクの突き出した杖がイディムに触れた。

貫く。

全霊を振り絞った、必要最小限の魔力で。

「むだだ」

イディムが嗤う。

「消える寸前の炎でなど」

違う。

これは、光だ。

光の矢だ。

トルクは残った魔力を全て解放した。

強烈な意志をそのままぶつけるかのように、イディムの身体に魔力を撃ち込む。

放ったのは、光の矢のはずだった。

だがぎりぎりの魔力で作られたそれは、もはや矢の形を成していなかった。

トルクの激情によって極限まで圧縮されたそれは、一筋の光だった。

光は、イディムの身体を貫いた。

「ぬうっ?」

イディムが目を見開いてよろめく。

全身の魔力を使い果たしたトルクが膝をついた。

「今の一撃、今までの汝とはまるで違うな」

イディムは認めた。

「だが、この程度で我は倒れぬぞ」

その鼻先に、トルクが指を突き出した。

力を失っているはずなのに、その表情からは不敵な笑みが消えなかった。

「お前の後ろ」

トルクは言った。

「見てみろよ」

「なに」

振り向いたイディムが、息を呑む。

「これは」

イディムの背後のアンチュウマソウの暗黒の草原に、まっすぐに一筋の白い線が描かれていた。

「線」

そう言いかけて、イディムは首を振る。

「いや、これは光か」

それはトルクの光が通り過ぎた跡だった。

その軌道上にあったアンチュウマソウは全て色を失い、紫どころか真っ白に変色していた。

「光の道、か」

漆黒の草原を、白い一本の線が真っ二つに分断していた。

「……なるほど」

イディムはしばらくその光景を眺めた後、そう言って頷くと、空を見上げた。

太陽はまだ高くにあった。

「刻限までに、汝らはアンチュウマソウの色を変えた。はっきりと」

イディムはトルクを振り返った。

「我の負けだ」

そう認めたイディムの身体が、トルクの光に貫かれた胸から徐々に崩れ始めていく。

「意地を通したな。その 我(が) の強さもまた、闇を操るにはうってつけなのだが」

イディムは微笑んだ。

「闇を毛嫌いすることはない。それも力の一つであると認めれば、汝の新しい世界も広がろうものを」

「しつけえな。要らねえよ」

トルクは首を振る。

「新しい世界が見たきゃ、自分の足でそこまで歩く」

「ふん」

イディムは笑った。

「なんとも要領の悪いことだ」

その身体は薄れ、消えかけていた。

「だが、見てみたいものだな。汝のような者が、吞まれることなく闇を自在に操るさまを」

顔をしかめるトルクに、イディムは言った。

「いつか闇を使う日が来たならば思い出せ」

トルクを見る黒い瞳が微かに煌めく。

「闇が人を狂わせるのではない。人が闇に狂うのだ」

「だから、しつけえって言ってんだろ」

トルクの言葉に、イディムはもう答えなかった。音もなく、静かに笑う。

イディムが消えた後、そこには鈍く黒い光を放つ宝玉だけが残った。

それと同時に、見渡す限りのアンチュウマソウの草原の色が、黒から紫へと変わっていく。

イディムの消滅と同時に、その闇の力も消えたのだ。

だが、トルクの貫いた光でできた白い線は、消えることがなかった。

目の前の草原を真っ直ぐに貫く、白い道。

それはまるで、トルクがこれから歩む未来を指し示しているかのようだった。

ほら、やっぱり。

不意にトルクの脳裏にアルマークの声が聞こえた。

トルク。やっぱり君は光じゃないか。

うるせえな、黙ってろ。

トルクは舌打ちして、その幻聴を振り払った。