軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

コルエン

「コルエン」

懐かしいしゃがれ声が脳裏をよぎる。

「忘れるな。お前は、 焔(ほのお) だ」

「魔法を使ってもよいのだぞ」

アスルは、コルエンに言った。

「先ほどのポロイスのように」

だが、さして期待していないような口ぶりでもあった。

コルエンを見くびってのことではない。

そもそも、魔力を練り、魔法を使いながらそれと同時に剣を振るうのは、非常に高度な技術だ。

冬の休暇のクラン島。アルマークはギザルテと対峙した極限の状況下で、今の自分にはそれはできないと認めた。

魔法を諦め、剣に全神経を集中しなければ、ギザルテに斬られると判断したのだ。

先程のアスルとの戦いでポロイスは、それを実行した。

それは彼の魔術の確固とした基礎力を示すものでもあったし、逆に彼がアルマークほど剣に精通していないことの証でもあった。

魔術と剣の連携攻撃、といえば聞こえはいいが、それに挑んだポロイスの剣の攻撃は単調なものにならざるを得なかったし、魔法の精度も低かった。

ギザルテにはとても通用しなかったであろう水準の攻撃を、クラン島でのアルマークは選ばなかった。

だが、ポロイスはアスルと自分との剣技の力量の差、そして受けに回ったアスルの態度を見て、そこに活路と勝機を求めた。

それは決して間違いではなかった。彼はアスルをあと一歩のところまで追いつめたのだから。だが勝利は、彼の目前でするりとその手を逃れた。

コルエンは、ポロイスよりもはるかに剣に対する意識は高かったが、それはアルマーク同様、剣と魔法の両立を妨げることも意味していた。

アスルとの攻防の中で、ポロイスのように次々と魔法は繰り出せない。

使えても、せいぜい一つがやっとだろう。

ただ、少なくとも今のところコルエンには魔法を使うつもりがあるようには見えなかった。

だらりと下げた両腕。コルエンは棒立ちに近い姿勢でアスルの周りをぶらぶらと歩く。

無防備な、隙だらけの体勢。

その動きを目で追うアスルが微かに眉をひそめる。

どこからでも、打ちこめる。

先ほどまでの堅実な構えが嘘のような変貌。

コルエンのだらりと下げた右腕の先で、彼の剣先だけが別の生き物のように小刻みに揺れていた。

「良いのだな」

アスルは言った。

「勝負を決するぞ」

コルエンは答えない。

だがその目が、ぎらぎらとした光を宿してアスルを見つめていた。

「ふむ」

アスルが一気に踏み込んだ。

振り下ろした剣を、コルエンが身をよじってかわす。

その瞬間に、常人にはとても無理な体勢からコルエンの突きが放たれた。

「む」

その突きの鋭い伸びに、アスルがとっさに身をかわす。コルエンはそのまま大きく飛びずさると、また棒立ちの姿勢に戻る。

向き直ったアスルに対し、今度はコルエンが前に出た。何の前触れもない、爬虫類のような動き。

だが、踏み込みが浅い。

ずいぶんと遠い間合いから、剣を突き出す。

届きそうもないその攻撃を、アスルは前に出て打ち落とそうとした。

だが、しなやかなコルエンの肩がぐん、と入ると、その突きは信じられないほどに伸びた。

「むうっ」

見誤りかけて反応の遅れたアスルの鎧をコルエンの剣がかすめ、耳障りな音を立てる。

すれ違うように振られたアスルの剣を身を屈めてよけると、コルエンはまたふわりと距離を取った。

「動きが軽くなった」

アスルは言った。

「それが汝の本当の動きか」

答えないコルエンの目が、獣の光を宿している。

ゆらり、とその身体が傾いた。と見えたときにはコルエンは踏み込んでいた。

剣が空を裂く。

「ふむ」

アスルはそれを受け流して反撃に転じるが、その時にはもうコルエンはその射程外に出ていた。

「速い」

アスルは素直に称賛した。

「見違えるようだ」

コルエン。

その名を付けてくれたのは、今は亡き彼の祖父だった。

中原の大国フォレッタの西、ウェリオ王国に彼の実家サリュガル家の領地はある。

険しいジェバの山々を挟んで接するのは、ブロキア。

南や中原の人々とは一線を画す独自の文化習俗を持つ、ブロキアの民が暮らす土地だ。

コルエンの祖父の祖父、つまり高祖父に当たる人にはブロキアの血が入っていたのだという。

一般的なフォレッタの人々よりも手足が長くすらりとしたその体型は、残念ながら彼の子孫には遺伝しなかった。だからコルエンの祖父は、生まれたばかりの孫が己の祖父から受け継がれたブロキアの特徴を持っていることを喜んだ。

そして、その名を付けたのだ。

コルエン。

古ブロキア語で、それは焔を意味するのだという。

たちまちに自分の背丈を追い抜かさんとするほど大きくなったコルエンに、祖父はよく言ったものだ。

「焔は、古のブロキアでは戦士の象徴だった」

だからだろうか。コルエンはいつからか、平和な国で育った人間にはそぐわない渇望を抱くようになっていた。

強い人間と戦いたい。

普段は明るくおおらかなコルエンだが、時折襲ってくるその感情は、彼の心を刃のように苛んだ。

ウェリオ王国は、小さな国であるがゆえに貴族と平民の垣根が低く、親しく交わる気風がある。

コルエンも貴族ではあるがまるで気取らずに森や川へ繰り出して、同年代の少年たちと遊びやケンカに興じた。

だが身体が大きく才能に溢れる彼は、すぐに同年代どころか年上の少年たちからも一目置かれる存在になった。

何をしても、誰よりもできた。

そこに、渇望を満足させてくれる環境はなかった。

強い相手と戦いたい。

そう願って、一人こっそりと森の中を歩きまわったこともある。

しかし結局、一匹の魔物にも出遭わなかった。

そんなコルエンの心を見抜いていたかのように、ある日、祖父は言った。

「お前の高祖父に当たる我が祖父ルイン様に流れていたのは、ブロキアの勇敢な戦士の血だという」

そう言って、コルエンを優しい目で見る。

「お前にはその血が濃く流れているのだろうな。だから、強き相手を求める」

「どうすればいいんですか」

コルエンは祖父に尋ねた。

「どうすれば、俺の血は満足するのでしょうか」

「コルエン。忘れるな」

祖父は厳しい目でコルエンを見上げる。

「お前は焔だ。ブロキアの戦士は焔のように激しく燃え、あとには白い灰だけを残す」

そこまで言うと、祖父は微笑んだ。寂しそうな、どこか羨ましそうな笑顔。

「そんな戦いは、一生に一度で十分だろう」

不規則に突き出された剣が、またアスルの鎧をかすめる。戦いの主導権は、今やコルエンが握っていた。

アスルの剣がまた空を切る。

独特なコルエンの動きを捉えきれないのだ。

徐々にコルエンのペースが上がってくる。

かろうじてコルエンの剣を弾いたアスルが、不意に笑顔を見せた。

「よいぞ」

そう言ってコルエンを見る。

「面白き勝負ぞ」

「ああ」

コルエンが初めて表情を緩めた。

「楽しいな」