軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

出自

春の陽気に紛れるように、風の中には少しずつ夏の熱気が交じるようになっていた。

空気の微かな変化を感じながら学院の道を歩いていたイルミスは、前から歩いてくるローブの青年を見て足を止めた。

「ライヌル」

イルミスの呼びかけに、ライヌルは右手を挙げた。

「やあ、イルミス」

「久しぶりだな」

イルミスは歩み寄ってくる友人の顔を見る。

「また少しやつれたか」

「人の顔を見るたびに、痩せただのやつれただの」

ライヌルは苦笑交じりの顔で、大げさに両手を広げた。

「君は私の母親か」

「それはすまなかった。そういうつもりではなかった」

イルミスは謝り、それから改めてライヌルを見た。

「だが高等部三年になってから、ほとんど君の姿を見た記憶がない。学院にいなかったんじゃないのか」

「ああ。実はそうなんだ」

ライヌルは頷く。

「いろいろと動いていてね。最近はちょっと猟官運動をしに、ガルエントルまで」

「猟官運動? 君がか」

イルミスは顔を曇らせた。

「確か君は、卒業後はフォレッタの宮廷に招かれることになった、と言っていなかったか」

「ああ、あれか」

ライヌルは微笑む。

「あれは、だめになった」

「だめに?」

イルミスは眉をひそめた。

「どうしてだ。君は学院首席の魔術師だぞ。何か不都合でもあったのか」

「まあ、簡単に言えば」

ライヌルは笑顔のままで言う。

「私の出自が問題になったのさ」

「君の出自」

イルミスはライヌルの言葉を繰り返し、それからその意味に気付いて苦いものを飲み込んだような顔をした。

「まさか、君が富裕層の出身ではないからと、そんな理由で」

「言葉は正確に使いたまえ、イルミス」

ライヌルは揶揄するように言う。

「富裕層の出身ではないなどと曖昧な言い方を、君らしくもない。私は極貧層の出身だよ。どぶに生れ落ち、親の顔も知らない」

「そんなことは君自身の価値とは何の関係もない」

イルミスは言下に否定した。

「フォレッタの宮廷では、そんなことが君の魔法と関係あるとでもいうのか」

「あるというのだろうな」

ライヌルは冷静に答える。

「現に、招聘を反故にされたのだから」

「ばかな」

吐き捨てたイルミスはその憤懣やるかたない顔を、穏やかな表情のライヌルに向けた。

「君に対する侮辱は、我々同期全員に対する侮辱でもある」

そう言うと、それでも表情を変えないライヌルを見て顔を歪める。

「怒っていないのか、君は」

「事実だからな」

ライヌルは肩をすくめた。イルミスは首を振る。

「問題にすべき事実ではない」

「それは、私が決めることではないのだろうな」

あくまで穏やかに答えるライヌルに、イルミスは苛立った表情を見せた。

「そもそも、君の出自などいちいち詳細に伝える類の話でもないだろう」

「伝えたい人間もいるのさ」

イルミスとは裏腹に、当の本人であるライヌルは淡々と答える。

「この学院の、中等部で卒業していった連中や、今でも私の周囲で笑顔を振りまいている連中の中に。五人か、十人か、それとももっとたくさんか、そこまでは分からないが」

「同期の中に」

イルミスは絶句した。

ライヌルはいつも仲間に囲まれていた。成績優秀で人当たりもよくユーモアも兼ね備えたライヌルの周囲にはたくさんの友人たちが集まり、笑い声が絶えなかった。

それは初等部からこの高等部に至るまで変わらないイルミスの同期の生徒たちの風景だった。

イルミスは、自分にはできないことだと分かっていながら、それでもライヌルのその姿を羨望の念を持って眺めていた。

あんな風に仲間に囲まれる生活というのは、きっと毎日いろいろと刺激的で楽しいものなのだろう、と思っていた。

「嫉妬だよ、イルミス」

ライヌルは言った。

笑顔を絶やさないライヌルのその瞳に、暗い炎が宿っているのをイルミスは見た。

「ガルエントルでの猟官もうまくいかなかった。どこへ行ってもみんなが知っていたよ。私が……だってことを」

ライヌルは誰もが眉をひそめるような汚い言葉で、自分の出自を表現した。

「この学院の首席という名誉をもってしても、覆せないことなんだな。私の生まれつきの卑賎さとは」

「ばかなことを言うな」

イルミスは首を振った。

「ライヌル。君は私たちの学年のナンバーワンだ。それはすなわち、今この学院の生徒で最も優れた魔術師だということだ。誰に聞いたとしても、そう言うに決まっている」

「ありがとう、イルミス」

ライヌルは微かに寂しそうな表情をのぞかせた。

「君がそんなに怒ってくれるとは思わなかった」

「優れた才能は、正当な評価を受けるべきだ」

イルミスは言った。

「君のこの学院での努力と成果は、どこの誰であろうと貶められるものではない」

「才能、か」

ライヌルはそう言って、ちらりとイルミスを見る。

「私には、君の方がよほど才能があると思うがね。成績などでは測れない才能が」

「またそんなことを」

イルミスは嫌な顔をした。

「今は君の話だ。君ほどの人間が、世に認められないなどということは」

「まあ、いいんだ。そっちはもう」

ライヌルはイルミスを遮るように言った。

「実は他に少しやりたいことがあってね」

そう言って、金色に縁どられた濃紺のローブを揺らす。

「気疲れする宮仕えよりも、そちらの方が向いているのかもしれないと思っているのさ」

「何かね、それは」

「まあ、いずれ形になったら君にも話すよ」

ライヌルは微笑む。

「これから、ちょっとその件で学院長に相談に行ってこようと思っている」

「そうか」

イルミスは表情を改めた。

「まあ、君が前向きに捉えているのなら私がとやかく言うことでもないが」

「君こそ、研究に没頭するのもいいがその先を考えておきたまえよ」

ライヌルは歩き出しながら、笑顔でイルミスを振り向いた。

「まさかいつまでも隠者の塔に籠っているつもりでもあるまい」

風がライヌルのローブを揺らす。

確かな足取りで歩き去っていくライヌルを、イルミスは黙って見送った。

「さて、先生方」

ヨーログの声で、イルミスはふと我に返った。

卒業試験最終日の早朝。

試験官を務める教師たちは、ヨーログの指示を受けるため学院長室に集合していた。

他の教師の連絡を聞きながら、イルミスらしくもなく、自分が高等部のときのライヌルとの会話を思い出し、回想に耽ってしまっていた。

前日、アルマークに奇妙な少女の警告の話を聞いたせいかもしれなかった。

ライヌル。

その名を、苦い感情とともに心で呟く。

まさか、君は本当に。

「今日は、正念場だ」

ヨーログの声が響く。

「今日が本当の試験の日、と言ってもいいのかもしれない」

ヨーログは教師たちを見回して、厳かに言った。

「先生方各位には、1年生と2年生の安全を最優先で確保していただきたい」

その言葉に、イルミスもヨーログの顔を見る。

青い目が、まるで淡い光を放っているように見えた。

「3年生については、そう、何が起こったとしても」

ヨーログが手で顎髭をしごく。

イルミスは、ふと向こうに立つセリアに目を向けた。

セリアも心配そうな表情でちらりとイルミスを見返す。

「任せよう。最大限、彼らの判断に」

ヨーログは言った。

「信じよう。彼らが今日まで培ってきた力を」

ヨーログを見つめる自分の表情がいつになく険しくなっていることに、イルミスは気付いていた。

だが、彼の顔を見てもヨーログは何の反応も示さなかった。

「さあ」

ヨーログは言った。

「始めよう」