軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

食欲

「分けるのは構わないけど」

モーゲンが声を潜める。

「今から食べるのかい」

「うん」

頷いてから、アルマークは慌てて手を振る。

「ああ、いや、僕じゃないんだけどね」

「君じゃないのか」

言いながら、モーゲンはごそごそとカバンを探る。

「君だったら、味の濃いものじゃないとだめだと思ったんだけど」

そう言いながら、机の上に並べたのは、数個の飴玉と数枚の焼き菓子。

「君じゃないなら、とりあえずこのあたりかな」

「さすが、いろいろ持ってるね」

アルマークは目を見張る。

「どれにしようかな」

飴玉は、舐め終えるのに時間がかかる。試験が迫っているこの時間に、緊張しているキュリメが食べるのは厳しいだろう。

「じゃあ、この焼き菓子を」

アルマークは食べやすそうな焼き菓子を二枚手に取った。

「もらってもいいかな」

「どうぞ」

モーゲンは頷いて、残った焼き菓子を一枚自分の口に入れる。

「それなら、この星形のやつがおいしいんだ」

そう言って、追加でもう一枚アルマークの手に握らせる。

「ありがとう」

アルマークはモーゲンに感謝して、自分の席に戻った。

「お菓子をもらってきたよ」

「さすがアルマーク」

セラハが微笑む。

「じゃあ、私キュリメに渡してくるね」

そう言って手を差し出したとき、呼び出し役の教師が入口から顔を出した。

「セラハ。君の番だ」

「え、あ、はい」

セラハは慌てて立ち上がった。

「呼ばれちゃった」

そう言って小さく舌を出す。

「アルマーク、レイドー。キュリメのことお願いね」

「うん」

「頑張って」

アルマークとレイドーに見送られて、セラハは教室を出ていく。

「さて」

アルマークは焼き菓子を手に立ち上がった。

「じゃあ、キュリメに渡してくるよ」

「水も飲むように言ってあげてくれないか」

レイドーは自分の水筒を揺らす。ちゃぽん、と水音がした。

「これからやるのは模声の術だからね。ぱさぱさの焼き菓子で口の中が乾いていたら声を出しづらいから」

「なるほど」

アルマークは頷く。

「確かにそのとおりだね」

アルマークはキュリメの席にそっと近づいた。

「キュリメ」

小さな声で呼びかけると、うつむいていたキュリメはまるで何かを咎められでもしたかのように慌てて顔を上げた。

その顔はやはり緊張に青ざめていた。

「あ、アルマーク」

囁く声が、微かに震えていた。

「どうしたの」

「これ」

アルマークはモーゲンの焼き菓子を差し出す。

「食べてよ」

「えっ」

キュリメは戸惑ったようにそれを見た。

「どうして」

「お腹空いてるだろ」

「空いてないわ」

キュリメは首を振る。

「何も喉を通らない」

「でも、食べなきゃだめだ」

アルマークは真剣な顔でキュリメを見る。

「午後の試験、君の調子が出ないのはきっと、昼食を抜いたせいだよ」

その言葉にキュリメが息を呑む。

「今日は真っ暗になるまで試験が続くんだ。君が気付いていなくても、身体の方は参ってしまってるんだよ」

思い当たる節はあったようで、キュリメの顔は強張った。

「まだ今日の試験は終わらない」

アルマークはそう言って焼き菓子をもう一度差し出す。

「今のうちに、少しでもお腹に物を入れておこう」

「そんなことを言われても」

キュリメは困った顔で焼き菓子を見た。

「確かにあなたの言う通りかもしれないけど。でも、無理だもの。食欲がないの」

そう言って小さく吐く息も、頼りなく震えている。

「今食べたら、戻してしまうかもしれない」

「水はあるかい」

アルマークの問いに、キュリメは頷いた。

「水筒は持ってきてるけど」

「それなら、水で流し込めばいいよ」

アルマークは言った。

「そうすれば、食べられるだろ」

「でも……」

キュリメはそれでも躊躇したが、アルマークの真剣な目に押されるようにおずおずと焼き菓子を手に取った。

口の前まで持ってきて、齧ろうとしたものの、顔をしかめて首を振る。

「ごめんなさい。やっぱり」

「水筒を貸して」

アルマークは手を伸ばした。

「君がお菓子を口に入れたら、僕が水を一気に注ぎ込んであげるよ」

「やめて」

キュリメが慌てて首を振る。

「そんなことされたら死んじゃう」

「それじゃあこのお菓子を水につけちゃおうか。そうすれば飲み込める」

「食べたくないわ、そんなの」

その時、アルマークの背後からにゅっと手が伸びた。

その手がキュリメの手から焼き菓子をもぎ取るのを見て、アルマークは振り向く。

「トルク」

「さっきからぼそぼそ、ぼそぼそとうるせえんだよ」

焼き菓子を手に取ったトルクが、不機嫌そうな顔で立っていた。

「食うなら、さっさと食えよ」

その言葉に、キュリメが困ったように目を伏せる。

「ったく」

トルクは鼻を鳴らして、焼き菓子を右手に持つと、その下から左手をかざした。

「世話の焼けるやつらだぜ」

舌打ちを一つ。その左手から、ごく微かな炎が発された。

ちろり、と焼き菓子に炎が当たる。

冬の冷気で堅くなっていた焼き菓子が徐々に温まっていく。それとともに、菓子の中に閉じ込められていた香ばしい匂いが、解き放たれて溢れ出した。

まるで焼き立てのような香りが漂い始める。

それを嗅いだキュリメが、思わず、「あっ」と声を上げた。

アルマークの鋭敏な耳は、キュリメのお腹が微かに鳴る音を聞き逃さなかった。

「ほらよ」

トルクが乱暴に焼き菓子をキュリメに押し付ける。

キュリメが焼き菓子を見つめる目は、先ほどまでとは一変していた。

「これなら、食べられそうだね」

アルマークが言うと、キュリメは恥ずかしそうに頷く。

「……うん」

「ありがとう、トルク」

アルマークがそう言ったときには、トルクはもうさっさと自分の席へ戻っていた。

「食ったら黙って待ってろ」

トルクは不機嫌そうに言った。

「試験前に騒ぐんじゃねえ」

「勘弁してよ、トルク」

モーゲンが困ったように言う。

「教室でそんないい匂いさせないでよ。夕食までもたないじゃないか」

トルクは何も答えない。残っている生徒たちの間で、くすくすと忍び笑いが漏れた。

「アルマーク」

教室に顔を出した教師がアルマークの名を呼んだ。

「君の番だ」

「はい」

アルマークは立ち上がった。

「ありがとう、アルマーク」

焼き菓子を一口かじったキュリメが言う。

「お礼なら、他のみんなに」

アルマークは微笑んで答えた。