軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

試験初日

卒業試験が始まった。

夏の休暇前試験は三日間だったが、卒業試験はさらに一日増えた四日間の長丁場だ。

初日は座学の筆記試験。

朝早くから、外が真っ暗になるまでの間、ぎっちりと多くの科目の試験が詰め込まれた。

夏の休暇前試験でも同じように筆記試験はあったが、卒業試験はそれとは範囲が段違いだ。それぞれの科目について、とにかく広範囲の知識を求められる。

いざ試験問題を前にして、そんなことは授業で習わなかった、などと泣き言をいうことはできない。

習わなかったなら、自分で調べなければならなかったのだ。調べていなかったのであれば、それはその生徒の落ち度だ。白紙の答案用紙を前に、自分の将来を真剣に考え直すしか道は残っていない。

誰も、そんな惨めな思いはしたくないので、試験前にはとにかく必死で勉強する。とはいえ、生徒たちの時間も有限だ。なんとか効率よく勉強しようと、仲間同士手分けして調べ物をしたり、資料を持ち寄ったりと力を合わせる。中には中等部の先輩から怪しげな情報を聞きつけてくる者もいる。

生徒たちもすでにこの頃には、筆記派と実技派というか、自分の得意なのがいわゆる知識を溜めこみそれを机上で再現することなのか、それともとにかく身体を動かして実践することなのか、だいたいは分かってきている。

筆記派にとっては、二日目、三日目に待ち構える苦手な実技試験に向けて筆記試験では大いに点を稼いで弾みを付けたいところだ。逆に、実技派にとっては、筆記試験に失敗して実技試験にその嫌な流れを持ち込みたくない。

いずれにせよ、誰もが筆記試験で大きな失敗をするわけにはいかないのだった。

アルマークも、最初の科目からとにかく思いつく限りのことを答案用紙に書いた。

書けば、多少なりとも点数に繋がるだろう。よく分からなくても、書かなければ絶対に点はもらえないのだ。

暗記が得意で、筆記試験が苦手ではないアルマークにとっても、やはり一年で無理やりに詰め込んだ三年分の知識を答案に起こすのは至難の業だった。

とはいえそれは、脳みそのどこかに必ずしまってあるはずの知識。それをとにかく引っ張り出す。

試験の答えは全て、君のこの一年間の中にある。

答えが出せず諦めそうになると、アインが掛けてくれた言葉を思い出した。

そうだ。アインが認めてくれたじゃないか。

僕のこの一年間に学んだことの中に、答えはある。

諦めるな。

考えろ。

アルマークは、必死に試験に取り組んだ。

その日の全ての試験が終わると、ネルソンが両腕を天に突き上げて、何と形容していいか分からない叫び声を上げた。

「うるさい」

ノリシュが顔をしかめる。

「動物みたいな声出すのやめてよ」

「忘れたぞ」

ノリシュの言葉に構わず、ネルソンは叫んだ。

「今日やった試験はもう全部忘れた。俺は明日の試験に切り替える」

試験中、ネルソンが何度も頭を掻きむしる様子を、アルマークも後ろから目撃していた。

ネルソンは去年の試験ではいくつか補習に引っかかっていたようだ。モーゲンが以前そう話していた。

人の心配をしている場合ではないのだが、アルマークにはやはりネルソンが気がかりだった。

不器用だが気のいい少年が試験に失敗してしょんぼりと肩を落とすところは、できれば見たくはなかった。

だが、やはりネルソンにはアルマークよりもはるかに多くの試験を受けてきた経験があった。

「終わったことを悔やんでも仕方ねえ」

誰に言うでもなく、ネルソンは言った。

「今日の分は、明日の実技で取り返す」

ネルソンの心からの叫びを聞きながら、アルマークは感心する。

「さすがだな、ネルソンは。確かにその通りだ」

「感心してるのは、アルマークだけよ」

帰りかけていたノリシュがその言葉を聞きつけて、呆れたように言った。

「見てなさい。あいつ、明日も全く同じこと言うから」

その言葉に、リルティがくすくす笑う。

「といっても、まああいつの言うことにも一理あるわ」

ノリシュはそう言って疲れた顔を綻ばせた。

「今日の試験のことは、とりあえず忘れましょう」

「そうだね」

同じように疲れた顔のウェンディが微笑む。

「まだ試験は長いし。反省は、全部終わった後でだね」

「うん」

女子三人で、疲れた顔を見合わせる。いつもの華やかさも今日ばかりは影を潜めていた。

「アルマーク」

ネルソンが教室の出口からアルマークを呼んだ。

「今日はさすがにイルミス先生の補習はねえんだろ。一緒に帰ろうぜ」

ネルソンの隣には、レイドーもいる。

「ああ。いいよ」

アルマークは頷いて、ウェンディたちに手を振ると、立ち上がった。

隅の机でごそごそしているモーゲンとバイヤーの肩を叩いて教室を出る。

「いくら飴でも、いっぱい食べすぎたらだめだね」

モーゲンがそう言っているのが聞こえた。

「明日は実技だからな。今日よりは楽だ」

帰り道。そう言いながら歩くネルソンの出した灯りの炎は、彼の気持ちを代弁するかのように、ぼぼぼぼ、と音を立てながら揺らめいた。

「ネルソンは実技のほうが得意だからね」

隣を歩くレイドーは、穏やかに頷く。

「明日からが本領発揮だね」

「おうよ」

ネルソンは声に力を込める。

「明日と明後日、実技をこなして、四日目の口頭試問が終われば、それで試験は終わりだ」

そう言って、にやりと笑う。

「そうすりゃあ俺は自由だ」

「そうか、最終日は口頭試問だけだったね」

アルマークは頷く。

夏の試験では、最終日に口頭試問と魔術実践の試験があったが、使える魔法が格段に増えた冬の試験では、魔術実践は二日目と三日目に分けられ、薬湯や武術などの実技とともに行われる。

「とにかく、夕飯をしっかり食って、力を蓄えて明日に臨まねえとな」

ネルソンは言った。

「実技には体力も大事だからな」

「そうだね」

アルマークは同意する。

「ふらふらした状態じゃ、まともな魔法が使えない。ちゃんと睡眠もとらないとね」

「分かってるじゃねえか、アルマーク」

ネルソンの炎がぼんっ、と音を立てて大きくなった。

「魔術師は体力勝負だぜ」

「確かに元気なのはいいことだけど」

レイドーが微笑む。

「去年もそれで失敗したよね、ネルソンは」

「うぐ」

ネルソンが喉にものを詰まらせたような声を出した。

「失敗?」

アルマークは聞き咎める。

「夕食をしっかり食べちゃいけないのかい」

「しっかり食べすぎたんだよ」

渋い顔で答えないネルソンの代わりにレイドーが答える。

「それで、眠くなったんだ」

「食いすぎはよくねえ」

自分に言い聞かせるように、ネルソンは言った。

「眠気が一気に襲ってくるからな。何もやる気がしなくなって、少しだけ食休みのつもりで目を閉じたら、もう朝だった」

そう言って、思い出したようにぶるりと身体を震わせる。

「直前にやろうと思ってたことが何一つできなかったんだ。試験は悲惨だったぜ」

「それは怖いね」

アルマークは頷く。

「僕も気を付けよう」

「目を閉じなきゃいいんだ、アルマーク」

ネルソンは言った。

「目を開けたままじゃ眠れねえからな」

「ははは」

レイドーが爽やかに笑う。

「いいね。もし成功したら、僕にも教えてよ」

食堂は、試験を終えて疲れた顔の生徒たちでごった返していた。

まだ初日が終わったばかりだ。皆、解放感とは程遠い顔をしている。

アルマークは夕食を載せた盆を持って、隅のテーブル席に腰を下ろした。

その隣に、断りもなしにどかりと誰かが座る。

その長身のせいでランプの灯が遮られたので、思わずアルマークは苦笑した。

「君が隣に座ると、手元が暗くなるな。コルエン」

「まあ、そう言うなよ。アルマーク」

コルエンは自分の前に夕食を並べて、にやりと笑う。

「俺だって好きでこんなにでかくなったわけじゃねえんだからよ」

「羨ましいよ」

アルマークは率直に褒めた。

「恵まれた体格だ」

「こんな体してても、お前にゃ勝てねえけどな」

コルエンはそう言って匙を手に取った。

「お前の強さの方がよっぽど羨ましいぜ」

「そうかな」

アルマークは首をひねって、コルエンに尋ねる。

「試験の調子はどうだい」

「どうもこうもねえよ」

コルエンは快活に答えて、食事を口に運んだ。

「実力そのまんまってところだ」

「じゃあいい成績ってことだね」

「おう。俺のことを買ってくれてんのか、アルマーク」

コルエンは大口を開けて笑う。

「嬉しいぜ」

「なんだ、もう食べ始めてるのか」

呆れたような声にアルマークが振り返ると、ちょうどポロイスが自分の夕食を運んでくるところだった。その後ろにはキリーブもいる。

「僕らが来るまで待っていろと言ったのに」

「だから言っただろう、ポロイス」

キリーブが口元を歪めて鼻を鳴らす。

「獣に道理を説いても無駄だと」

「うるせえぞ、キリーブ」

コルエンは笑う。

「そもそもお前が来るのが遅かったせいだろ。早く座れ」

「ふん」

キリーブは盆を乱暴にコルエンの前に置いた。

二人がアルマークたちの向かいに座る。

アルマークはキリーブの背後に、見慣れた女子がちょうど一人で盆を運んでくるのを見付けて手を挙げた。

「おうい、レイラ」

そう呼んで、手を振る。

「一人なら、こっちにおいでよ。一緒に食べよう」

「え?」

レイラが片眉を上げて怪訝そうにアルマークを見た。

「お」

コルエンがにやりと笑う。

「レイラか。面白えな」

「お前」

キリーブが慌てたように声を潜めて、アルマークを睨んだ。

「どうして、女子を誘うんだ」