軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

報告

アルマークが右手を差し出す。

その下から、ヨーログの筋張った手がそっと重ねられ、暖かな光が照らされた。

「ああ」

アルマークの肩越しに覗き込んだウェンディが嘆息する。

「よかった」

声が震えた。

その言葉通り、アルマークの右手の中には蛇は一匹も残っていなかった。

学院長室。

講堂でヨーログの講義を受けた日の、放課後のことだった。

アルマークとウェンディは二人で学院長室を訪れ、クラン島で遭遇した闇との戦いについて報告していた。

「蛇が、全部消えてる」

アルマークはそう言ってウェンディを振り返った。

「ありがとう、ウェンディ」

ウェンディは目に涙をためて無言で首を振る。

「ありがとうございます、イルミス先生」

アルマークはヨーログの傍らに立つイルミスにも言った。

「ありがとうございます、学院長先生。先生方とみんなのおかげで、蛇が全て消えました」

「私は別に何もしていない」

イルミスが穏やかな声で言った。

「蛇の呪いが消えたのは、君と君の友人たちの勇敢な戦いのおかげだ」

「イルミス先生の言う通りだ」

ヨーログが頷く。

「君はその呪いに、常に友人たちと立ち向かってきた。アインとフィッケ。レイラ。ウェンディとモーゲン。そして最後は」

「クラスのみんなです」

右手をそっと引っ込めて、アルマークは答えた。

「最後は、ウォリスとレイラとトルク以外の全員でした。でも、僕にはその場にいなかった三人もいるように思えました」

彼らを含めたクラスメイト全員の教えてくれたことが、アルマークの魔法を支え、その命を救った。

「クラン島に行ったみんなが、命の危険を冒して戦ってくれました。闇の魔術師と」

その言葉にウェンディも頷く。

「私たちのせいであんな目に遭ったのに。誰も、私たちを責めませんでした」

「そうだろう」

ヨーログは頷いた。

「彼らとて、選ばれた生徒たちだからね」

それから、ヨーログは二人に椅子を勧める。

「私たちにも話してくれたまえ。クラン島での戦いのことを」

「はい」

二人は椅子に腰かけ、浜辺での戦いについて語った。

夜中に突如現れた幽霊船。

霧。

骸の戦士の群れ。

そして、上空から現れた闇の魔術師。

「ライヌル以外の闇の魔術師、か」

そこまで聞き終えると、ヨーログは思案顔で頷いた。

「戦士の骸を操る、執事姿の男とな」

「なんだか、学院に恨みがあるような口ぶりでした」

ウェンディが言う。

「学院の魔法だけが正しい魔法なのか、みたいなことを言っていました」

「学院の魔法だけが正しい?」

ヨーログは片眉を上げて白い顎髭を揺らすと、イルミスを見た。

「そういう類の物言いは、外ではよく聞く話ではあるがね。イルミス先生」

「はい」

イルミスは頷く。

「君たちはここで魔術を学んでいるところだから、肌で感じることはあまりないだろうが」

イルミスはそう言ってアルマークとウェンディを見た。

「この学院出身の魔術師は、外の魔術師たちにとっては、特別な存在だ」

イルミスは表情を変えず、淡々と言葉を継ぐ。

「君たちも卒業すれば分かる。ここ以外で魔術を学んだ魔術師たちからは、羨望と憧憬。そして、強烈な嫉妬を受けることになる」

「嫉妬、ですか」

アルマークはきょとんとし、ウェンディは思い当たることがあるように小さく頷いた。

「魔術師になろうと志す者の中で、この学院に入ることのできる者はごくごく限られている。そして、受ける教育や訓練も学院と外とでは全く異なる」

次の街で別れたら、私たちの道はもう交わらない。

イルミスの言葉に、アルマークは不意に、かつて自分の目の前で散った華やかな火花を思い出す。

マーゴット。

魔女の弟子となった後、そこから逃げ出して旅芸人一座に加わっていた少女。

そういえば、彼女も観客たちの前ではノルク魔法学院の卒業生という触れ込みで魔法を見せていた。その方が箔がつくのだと。

ノルク魔法学院なんて、そんな選ばれた人間しか入れないところ。何を学ぶのか知らないけど、私らに関係あるわけないだろ。

そう言っていたのは、確か軽業師のアイカさんだったか。

「学院を出ていない者の中にも無論、優れた魔術師はいる。だが多くの場合、学院の卒業生とそれ以外の魔術師との水準の差は歴然だ」

イルミスは言った。

「そしてその差の原因を、環境の違いに求める者も多いのだ。自分だってこの学院で学んでさえいれば、と。それが強い嫉妬を生む」

「そんなことがあるんですか」

アルマークがそう言ってウェンディを見ると、ウェンディは気まずそうに微笑む。

「確かに、私も少しだけ感じたことはあるわ。あなたはここに今年入ったばかりだから、まだあまり感じないんだと思うけど」

「嫉妬は、時に敵視にまで高まる」

そう話すイルミスの表情は変わらない。

「それに、この学院の卒業生も行儀のいい者ばかりではないからな。力をひけらかすような真似をすれば、嫉妬はより強く、深く、その人間個人を越えて学院全体への敵視に変わる」

「無論、逆恨みも多いがね」

ヨーログが静かに話を引き取った。

「学院の卒業生を見返すために、闇の力に手を染める。よくある話だ」

「そうなんですね」

アルマークは頷いて、ウェンディを見た。

「そういう視線を感じることは、時々あるわ。休暇に帰省した時とか」

ウェンディの言葉にアルマークは苦笑する。

「僕は、ないな。きっと僕は嫉妬されるほどの魔術師ではないから」

「そんなことないわよ」

ウェンディは首を振る。

「あなたの最近の魔法の上達ぶりはすごいもの」

「それは、僕も感じる」

アルマークは素直に認めた。

「先生やみんなのおかげだ」

「卒業試験が迫っているからな」

イルミスが口を挟む。

「上達してもらわねば困る」

「はい」

アルマークは肩をすくめる。ヨーログが微笑み、空気が少しだけ和らいだ。

「それで、ほかの仲間たちは無事だったということだね」

ヨーログの言葉に、ウェンディが頷いた。

「はい。少し怪我はしましたが」

「そうか」

ヨーログは厳しい表情で頷く。

「それはよかった」

「でも、それで終わりではなく、まだ幽霊船が残っていました」

そう言ってアルマークは錆びた剣をそっとヨーログに手渡す。

「もう一つ、戦いがありました」

「こちらがライヌルの仕掛けた罠かな」

ヨーログは剣を手に取って眺めた。

「その戦いは、君一人が?」

「乗り込んだのは僕一人ですが、独りではありませんでした」

アルマークは首を振る。

「みんなが助けてくれました」

今でも耳に残る、北天の歌。

あれがなければ、アンゴルの槍に今度こそ本当に命を奪われていただろう。

「そうか」

ヨーログは目を細めた。

「そこでも、仲間に助けられたか」

「はい」

アルマークは頷く。

自然と右の太腿に目が行ってしまう。

ウェンディが魔力を込めて、治してくれた槍傷。

ふと視線を上げると、自分を見つめるウェンディと目が合った。

ありがとう、ウェンディ。

二人でちらりと微笑み合って、ヨーログに視線を戻す。

「最後の敵は、戦士だったということかな」

ヨーログは剣を机に置くと、そう尋ねた。

「はい」

船上での戦いについて、アルマークはあまり詳しく話したくなかった。それが分かっているかのように、ヨーログも詳細は聞いてこなかった。

「そして全て終わった後の浜辺に、この剣が残っていたということだね」

「はい」

アルマークは頷く。

「貨幣、書物、指輪、杖」

ヨーログはそう言ってイルミスを振り返った。

「イルミス先生の予想通りだったね」

イルミスは無言で小さく頭を下げる。その表情が、一層暗くなったように見えた。

「それでは、本題を話そう」

ヨーログはアルマークとウェンディの顔を見た。

「闇の魔術師となったライヌルが、こんなことをしたその目的についてだ」