軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

いいこと

「トルク」

デグとガレインの背後から聞こえたその声に、トルクは顔をしかめた。

「なんだよ」

そう言って、声のした方を睨む。

「てめえ、何しに来やがった」

「決まってるじゃないか」

ガレインの肩から顔を覗かせたアルマークは、嬉しそうに言った。

「僕も君を迎えに来たんだ」

「ばかにしてんのか」

トルクはアルマークの隣に立つ少女に目をやる。

「女連れでか」

「ウェンディと一緒じゃだめかい」

アルマークが目を瞬かせる。

「私もトルクを迎えに来たんだよ」

ウェンディの言葉にトルクは盛大に舌打ちして肩をすくめた。

「好きにしろ」

それから、両腕を広げてみせる。

「ほら、帰ってきたぜ。これで満足か」

「うん」

アルマークは笑顔で頷く。

「満足だ」

その答えにトルクは顔をしかめた。

調子の狂う野郎だ、と呟いて、デグとガレインの肩を乱暴に叩く。

「行くぞ」

「ああ」

デグが嬉しそうに、歩き始めたトルクの後ろを追う。

その後ろから無表情だが頬を紅潮させたガレインが続き、さらにその後ろを、トルクの従者のリグラが追いかけた。

「トルク」

アルマークは先頭を歩くトルクの背中に声をかける。

「君に大事な話があるんだ。後で部屋に行くよ」

「あぁ?」

トルクは顔をしかめて振り向いた。

「お前とする大事な話なんて、何もねえよ」

「僕にはあるんだ」

アルマークは言った。

「聞いてくれるだけでいいよ」

「ふざけんな、こっちは長旅で疲れてんだ」

「頼むよ、トルク」

アルマークはトルクに真摯な目を向けた。

「君に話さないといけないことなんだ」

その隣で、ウェンディも真剣な顔で頷く。

トルクはしばらくアルマークの顔をじっと見つめた後、ふい、と前に向き直った。

「好きにしろ」

歩き去るトルクの後ろで、リグラが申し訳なさそうに頭を下げた。

その前日。

図書館でのエストンからの聞き込みを終えて寮に帰った後。

アルマークはデグとガレインを、廊下の隅のウェンディに教えてもらったソファに呼び出した。

「結局、トルクはオルアシュールの近くをたまたま歩いていただけだったみたいだ。エストンがそう白状したよ」

帰り道にウェンディと相談した上で、アルマークはデグとガレインにそう説明した。

「オルアシュールっていう場所が場所だけに、エストンも面白く脚色したみたいだ」

それを聞いて、デグがいきり立った。

「あの野郎、許せねえ。図書館にまだいるのか? 怒鳴りこんでやる」

そう叫んでソファから立ち上がる。

「貴族だからって知ったことか。いくぞ、ガレイン」

「いや待て、デグ」

アルマークは慌ててデグの肩を押さえた。

「落ち着いてくれ」

「落ち着けねえよ」

デグは腕を振り回す。

「トルクが舐められてるんだぞ」

「君の気持は分かる。でも、とにかく落ち着いてくれ」

「そうだ。落ち着けよ、デグ」

傍らに立つガレインが低い声で言った。

「まずアルマークの話を聞こうぜ」

「ありがとう、ガレイン」

「ああ」

ガレインは頷く。

「エストンの野郎をぶっ飛ばしに行くのはアルマークの話を聞いた後だ」

「いや、だから」

アルマークは右手でデグの肩を押さえたまま、左手で頭を掻いた。

「そうじゃなくて」

「そうじゃなくて、何だよ」

デグがじれったそうな顔をする。

「言うことがあるなら早く言えよ、アルマーク」

「うん」

アルマークは二人の顔を見た。

「この話、君たちは聞かなかったことにしてくれないか」

「え?」

デグが目を見張る。

「どうしてだよ」

「この話を聞いてきてくれたのはウェンディなんだ」

「ウェンディが?」

「ああ」

アルマークは頷く。

「結局、僕もエストンに会ったんだけど、彼からは何も聞き出せなかった。ウェンディに頼んでやっと、これがエストンの脚色した話だって聞き出してもらったんだ」

「おう」

デグは乱暴に頷く。

「さすがウェンディだぜ」

「うん」

アルマークもデグの肩を押さえたまま頷く。

「でもエストンは、その話を同じガライの貴族同士だからっていうことで、こっそりウェンディに話したんだ」

「貴族同士」

デグは顔をしかめる。

「ってことは」

「うん。ウェンディは誰にも話さない約束でそれを聞き出した。だからその話を君が知っていて、エストンのところに怒鳴り込むっていうことは」

「ウェンディがすぐにばらしたってことになるのか」

デグは唇を噛んだ。

「ああ。ウェンディがエストンに大きな借りを作ってしまうことになる」

ぐう、とデグは犬のように唸る。

「くそ。むかつくな」

デグは吐き捨てた。

「むかつくけど、仕方ねえか」

そう言って、まだ自分の肩に置かれたアルマークの手を自分の手で叩く。

「離せよ、アルマーク。もう行かねえよ」

「ありがとう、デグ」

アルマークはそっと手を下ろすと、二人の顔を見た。

「この話はトルクにもしないでほしいんだ」

「分かってるよ」

デグが頷く。

「トルクに話したら、エストンとケンカになっちまうかもしれねえしな。そうしたら、ウェンディの立場がねえんだろ」

「ああ」

アルマークは頷く。

私が困るっていうことにして。

そう言い出したのはウェンディだった。

アルマークは最初は難色を示したが、結局ほかにいい考えも浮かばず、やむなく同意した。

だが、デグやガレインの反応を見ていると、ウェンディの提案が正しかったことが分かる。

自分たちを手伝ってくれた女子が困る、という状況が加わることで、興奮していたデグたちも冷静になることができるのだ。

そういうところに、アルマークは、ウェンディの貴族としての人を率いる素養のようなものを感じた。

それと、デグたちにはこれを教えてあげて。

ウェンディのアドバイス通り、アルマークは二人に言った。

「その代わり、トルクの帰ってくる船の予想がついたよ」

「ほんとかよ」

デグが目を瞬かせる。

「ああ」

アルマークは頷く。

ウェンディが知っていた。

オルアシュールで面会した人間は、面会の後も2日間は付近に留まることを求められている。面会の内容や差し入れに疑義があれば、その期間に直ちに出頭を求められるのだ。

それを考慮すれば、エストンがトルクを見た日を面会日と考えてトルクの帰島の日の計算はできた。

「明日の船だよ」

アルマークが告げると、二人の顔が輝いた。

「よかったね」

歩き去るトルク一行を見送った後で、ウェンディが言った。

「雨もやんだし、トルクも帰ってきたし」

「それって一緒に並べることかい」

アルマークが苦笑すると、ウェンディは澄ました顔で答える。

「だって、どっちもいいことでしょ」

「いいことか。そうだね」

アルマークは頷いて、良く晴れた青空を見上げた。

「君の言う通りだ」

いいことは、いいことだ。区別する必要はない。

アルマークの髪が海風で揺れた。

風の冷たさがだいぶ緩んでいる。

北の感覚で言えば、もうとっくに春の気候だった。

南ではまだこれでも冬なのだろう。

それでも、アルマークの胸は沸き立つ。

春。

肌で感じる風が、希望に満ちた季節の到来を予感させた。

「せっかく港まで来たんだし」

先に歩き始めたウェンディが笑顔でアルマークを振り返る。

「どこか、お店に寄って帰らない?」

「ああ。いいね」

アルマークは微笑んで頷き、歩き出した。

「今日三つ目のいいことだね」