軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ノルク島

金色の髪が風に流れた。

供も連れず、広大な庭園を一人そぞろ歩きしていたその少年は、風に含まれた微かな腐臭を感じ取って口元を緩めた。

「ライヌル」

少年は呼びかけた。

「来ているな」

その声に応えるように、目の前の植え込みの陰が奇妙に歪んだ。

そうして、そこにはいつの間にか灰色のローブをまとった男が跪いていた。

「準備は整ったのか」

少年は穏やかな声で呼びかけた。

「はい」

闇の魔術師ライヌルは、顔を上げることなく答える。

「ようやく」

「間に合ったのだな」

少年は目を細めた。

「春が来る前に」

「王太子殿下の御助力があってこそ」

その言葉に、金髪の少年、ガライ王国王太子ウォルフは声を上げて笑った。

「戯れ言を言うな」

ウォルフの言葉が、口調とは裏腹の冷たい響きを伴う。

「そのようなこと、欠片も思ってはいまい」

ウォルフはライヌルに歩み寄ると、蹲るその肩に手を伸ばした。

ライヌルの身体が、怯えるようにびくりと震えた。

「先日、グラングが顔を見せた」

ウォルフの手がライヌルの肩に触れると、彼の灰色のローブがそこだけ墨のように黒く変じた。

「ずいぶんと怒っておったぞ。貴様のことを」

「あれは、小物でございますゆえ」

ライヌルは顔を上げることなく答えた。

「ことの是非も大小も、何も弁えておらぬのです」

「躾をしたということか」

ウォルフは言った。

「それにしては、ずいぶんと痛めつけたものだな」

「畏れながら」

ライヌルは答える。

「あやつに警告はしたのです。我が計画の邪魔をするなら、それなりの覚悟をせよと」

「貴様には時間がないからな」

ウォルフの手から広がる闇が、ライヌルの肩を漆黒に染め上げていく。

「それで苛立ったのか」

ウォルフの声の冷たさが増した。

「余の許可もなく制裁を加えたのか」

「出過ぎた真似をいたしました」

ライヌルの額から、ぽたりと汗が落ちた。

ウォルフは無言でライヌルの黒く染まる肩を眺める。

「まあ、よかろう」

不意にウォルフは表情を和らげた。

「言え」

そう言って、肩から手を離す。その指先から油のような黒い闇が滴って落ちた。

肩を覆っていた闇はローブの内側に浸み込むように消え、灰色のローブには染み一つ残らなかった。

「貴様の所望の魔法具を」

「さすれば」

ライヌルは、そこで初めて顔を上げた。

ウォルフの目をまっすぐに見返して、ライヌルは言った。

「賜りたき魔法具が、二つほど」

クラン島での二泊三日の旅行が終わった。

二日目の夜は、生死を共にした仲間同士、皆なんだか離れがたくずっと一緒に過ごしていたい気持ちを共有していたが、前日の激しい疲労もあり、夜が更ける前には全員がぐっすりと眠ってしまい、翌朝太陽が高く昇るまで誰も目を覚まさなかった。

モーゲンの買い込んできた貝を挟んだパンで昼食を済ませ、アルマークたちはテントを撤収すると、港へと戻った。

広場を出る前に、砂浜でアルマークは錆びた剣を拾い上げた。

前日に見た時よりも、さらに錆びの腐食が進んでいた。

だが、見る影もなくなったとはいえ、これは確かにあの船の上でギザルテが投げてよこし、アルマークがアンゴルの影の首を刈り取ったあの剣に間違いなかった。

「これを持って帰るよ」

アルマークの言葉に、ウェンディは頷いた。

「学院長先生に見せないといけないものね」

「うん」

アルマークは頷く。

それは、仲間とともに闇の罠を打ち破った重要な証拠であった。

クラン島を予定通り出港した船がノルク島に着くころには、日はすっかり落ちていた。

船から降りて、誰もが冬の寒さに身震いする。

「こっちは冬じゃねえか」

ネルソンが叫んだ。

「だめだ、やっぱりクラン島に戻ろうぜ」

その言葉にみんなが笑う。

「あんな目に遭ったばかりなのに、もうそんなこと言って」

ノリシュが呆れた顔をする。

「どういう神経してるのよ」

「ああいう目に遭ったのは、クラン島のせいじゃねえからな」

ネルソンは答えた。

「だけどこの寒さはノルク島のせいだろ」

「仕方ないでしょ、冬なんだから」

ノリシュは首を振る。

「ノルク島が寒いんじゃなくて、クラン島が特別なのよ」

「あーあ。なんで学院をクラン島に建てなかったんだろうな」

ネルソンがぼやく。

その言葉に、アルマークはふと気になって尋ねた。

「そういえば、学院はどうしてこの島に建ってるんだろう」

「え?」

ネルソンはきょとんとする。

「知らねえよ。ここに建てたからここに建ってるんだろ」

「うん。まあ、それはそうなんだけど」

「お前も変なこと気にするやつだな」

ネルソンは首を捻る。

「ほら、荷物取りに行こうぜ」

ネルソンに促され、アルマークも歩きだした。

「ここが島だということは重要だと思うんだ」

いつの間にか隣に並んでいたレイドーが、そう言った。

「うちの学院にはいろいろな国出身の生徒が来ているからね」

レイドーは、自分を指差す。

「僕はフォレッタから来ているし、ネルソンはマイクス公国からだ。君なんて」

「僕は、北からだ」

「うん。国や地域が違うと、きっと大人のほうもいろいろあるんじゃないかな」

レイドーは言った。

「でも、学院が本土から離れた島にあれば、本土のいろいろなごたごたからある程度距離を置けるじゃないか」

「なるほど」

アルマークは頷く。

「それに、クラン島じゃちょっと小さすぎるしね。あの島にうちの学院を置くことはできないと思うよ」

「確かにそうだね」

レイドーの予想は説得力のあるものだった。

アルマークは納得して、それでその疑問を忘れた。

ノルクの港を離れ、また男子全員でひいひい言いながら暗い夜道をテントを運ぶ。

「行くときはまだよかったぜ、これから楽しみがあるって思えたからよ」

ネルソンがぼやく。

「俺、楽しいことが全部終わった後の片付けが一番嫌い」

「僕も本当はこんなことしてる場合じゃないんだよね」

バイヤーが頷く。

「早く寮に帰って、採ってきた薬草の整理をしないといけないのに」

「いやいや」

ネルソンが首を振る。

「お前の言ってることは、俺とちょっと違うぞ」

「まあ、文句言わないで」

セラハが明るい声を出す。

「その代わり男子の荷物は私たちが持ってあげてるんだから」

「そうそう」

ノリシュが頷く。

「ほら、デグもガレインも文句言わないで運んでるじゃない」

「あいつらと一緒にするなよ」

ネルソンは、ふわふわとテントを浮かせて運ぶデグと、軽々と肩に支柱を担ぐガレインを指差して顔をしかめる。

「見ろよ、モーゲンの辛そうな顔」

そう言われてノリシュは、アルマークと並んで最後尾を歩くモーゲンを振り返った。

「モーゲン、大丈夫?」

「うん」

ノリシュの呼びかけに、モーゲンは頷く。

「ウェンディが手伝ってくれてるんだ」

笑顔のモーゲンの陰から、ウェンディが顔を出す。

「モーゲンがあんまり大変そうな顔をしてたから」

ウェンディは言った。

「ちょっと手伝ってるの」

「あ、モーゲン。お前」

ネルソンが口を尖らせる。

「ずりぃぞ」

「いや、僕はいいって言ったんだけどね」

モーゲンが慌てて釈明する。

「ウェンディの力が強くて、それはもうあっという間に手伝われてしまって」

「モーゲン、その言い訳はひどいな」

レイドーが言い、夜道にみんなの笑い声が響く。

「明日の朝、また倉庫の前に集まろう」

レイドーが改めて言う。

「テントを洗って干して、それからしまわないといけないからね」

「分かった」

アルマークが頷く。

「朝だね」

「ああ。いよいよこの休みが終われば試験か」

ネルソンが悲痛な声を上げた。

「いやだなぁ」

「君なら大丈夫だよ、ネルソン」

アルマークの言葉に、ネルソンは振り返る。

「え?」

「クラン島でも、君はまるで怯まなかった」

アルマークは真面目な顔で頷いた。

「君のあの強さがあれば、試験なんてきっと何でもないよ」

「いや、まあ」

ネルソンは苦笑する。

「あの戦いと試験は、まるで違う気もするけどよ」

「それでもだ」

アルマークは力強く言い切る。

「僕は、あのとき霧の中から現れた君の勇姿を忘れないよ」

「やめろって。照れるだろ」

ネルソンは、アルマークに背を向けて前に向き直った。

「だけど、まあ」

その背中が照れくさそうに揺れる。

「ありがとな、アルマーク」