軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

命を燃やす

アルマークは乱暴に涙を拭うと、剣を一振りして、その長さや重さを確かめた。

子供が振ったとは思えない鋭い風切り音を聞いてギザルテは口を歪める。

「剣を使うって?」

そう言って、二度、三度と素振りを繰り返すアルマークを見た。

「剣を持てば、俺に勝てるってことだな」

「そうは言ってないよ」

アルマークは得物の確認を終えて、ギザルテを見返す。

「ただ、今はまだそのほうがあなたの命に迫れると思った」

「ふん」

ギザルテが鼻を鳴らした。

「最初からそうしろって親切に教えてやっただろうが」

「そうだね」

アルマークは頷く。

ギザルテの剣を受け止めて、分かったことがある。

僕には、魔法は剣と一緒には使えない。

今までに実戦で剣と魔法を同時に使おうと試みたことはなかった。

だが、それは無理なことだと分かった。

剣を握ってギザルテと戦う。その極限の集中。それと同時に、魔力を練って魔法を使う余裕はアルマークにはなかった。

剣を振るうときと、魔法を使うとき。そのそれぞれで、自分の中の別の部分が動いている感覚があった。遊びでならできるかもしれないが、命の危険を前にした瀬戸際で、剣と同時に魔法も使うような器用な真似は、今のアルマークにはできなかった。

けれど、それをギザルテに教える必要はない。

こいつはまだ魔法を使ってくるかもしれない。そう警戒させることで、ギザルテの剣先が少しでも鈍る可能性があるのなら、それを使わない手はなかった。

「僕は生き延びる」

アルマークは呟いた。

そう声に出すことで、それ以外の余計なことが全て身体から抜け落ちていく気がした。

生き延びる。

そうだ。答えはいつも、シンプルだった。

僕は、そうして生き延びてきたんじゃないか。

あの日の戦場でも、あの旅の途上でも。

あの、冬の屋敷でも。

「魔術師ごっこはもうやめたんだな」

ギザルテの言葉に、アルマークは首をかしげる。

「さて、どうかな」

敢えて、そう答えた。だがもう迷いはなかった。

アルマークは剣を構えると、一歩踏み出した。

剣は、重さも長さも自分の相棒の長剣とは多少違った。けれど戦場で、自分の得物が違うから戦えないと贅沢を言ったことがあっただろうか。

使えるものは何でも使え。

それが、父の教えだった。

ギザルテに斬られた肩の傷はずきずきと痛んだ。

集中すれば痛みは消えるだろうが、次に戻って来るときその痛みは数倍になっているはずだ。

全力で戦える時間は、そう長くはない。

前回の戦いと違い、今度は決着を急がなければならないのはアルマークの方だった。

だが、ギザルテもあの電撃をまともに受けて、無傷というわけではないはずだ。

勝機は、常に前にある。

だから、前に出ると決めた。

アルマークはさらに一歩踏み出した。

もう、躊躇わない。

「来いよ、ガキ」

ギザルテが手招きする。

「お前の覚悟がどの程度か、確かめてやるよ」

ギザルテは 斜(はす) に構えて剣を胸の高さに掲げた。

「傭兵として死ぬ気があるのかどうかをな」

「その覚悟はないな」

アルマークは答えて、もう一歩踏み出す。

「死ぬ気はない」

「はっ」

ギザルテは笑うと、自らの体重を前に掛け、前傾の姿勢をとった。

その瞬間、威圧感が増す。

まるで引き絞られた弓がアルマークの目の前に据えられたかのような緊張感。

ギザルテはこの姿勢から、矢のような踏み込みで距離を潰してくる。

集中しろ。

アルマークは自分に言い聞かせる。

僕は生き延びる。

シンプルにそう決めたことで、さっきまで見えなかったものがアルマークの目にも見えていた。

ギザルテの身体がわずかに揺れている。

しなやかに素早く動く歴戦の傭兵にはそぐわない、軸のぶれ。

ごく微かなものだが、それはギザルテのダメージを物語っていた。

骨の欠片から蘇ったかりそめの命に、疲労という概念があるのかどうかは分からない。もしかしたら、術者の魔力が続く限り、息も切らすことなく動けるのかもしれない。

だが、今のギザルテは確かに無傷のままのギザルテではなかった。

ギザルテの身体の揺れ。

それは、魔術師としてのアルマークがギザルテと正面から戦い、掴み取った成果だ。

僕の学院でのこの一年間の成果。

それをアルマークはちっぽけなものだとは思わない。

だがそれでは、ここまでが限界だった。

ここから先は、自分の命のすべてを燃やす。そうしなければ、生き延びられない。

「目は変わったな」

ギザルテは言った。

「さっきまでは、お遊戯会でもしてやがるのかと思っていたが」

「油断しない方がいいぞ、“銀髑髏”」

アルマークは答える。

「剣を持った僕の強さは知っているだろう」

それは、虚勢だった。普段のアルマークなら決して言うことのない言葉。

だが、全部を使い、全部をぶつけると決めた。

「ぬかせ」

ギザルテが嗤う。その身体が、また微かに揺れた。

アルマークはまた一歩、前進する。

ギザルテもすり足で甲板を滑るように前に出た。

そして、二人は同時に足を止めた。

そこから先は、お互いの命を保てない場所。

ギザルテも、魔術師のアルマークと相対した時のように無遠慮に踏み込んでは来なかった。

「どうした」

前傾姿勢を保ったまま、ギザルテが言った。

「来いよ」

「行くさ」

アルマークは答える。

「行く時が来ればね」

アルマークはギザルテの全身の動きをつぶさに見る。

ごくわずかな揺れも、ぶれも、全てを見逃さないように。

その凄まじい集中と同時に、魔力を練ることができるわけはなかった。

ギザルテの身体が、微かに揺れた。

その瞬間に、アルマークは踏み込んだ。

同時にギザルテも踏み込んできた。

速度はギザルテの方が上だった。踏み込みながら同時に襲ってきた斬撃を、アルマークの剣が受け止める。

鍛えられた金属同士のぶつかり合う鋭い音が響いた時には、もう次の斬撃が飛んでいた。

機先を制されながらも、アルマークは必死に剣を受け止めた。

二合、三合と受けるうちに、アルマークの体勢が整い始める。

アルマークの反撃。ギザルテが煩わしそうにそれを受ける。

二人の斬撃が交互に飛び交い、金属音が響くごとに、少しずつアルマークの斬撃の速度が勝り始めた。

ダメージのせいだろう、ギザルテの斬撃の軸がわずかに安定しない。そのせいで、返しの速度が遅れる。

斬撃の速度の差で、アルマークは徐々に優勢に立っていった。

「ちっ」

ギザルテの舌打ち。だが、その口元は冷笑に歪む。

いいぜ。こうでなきゃよ。

不意に、ギザルテが攻防のリズムを変えた。

首筋を狙っていた太刀筋が、奔放な軌跡を描き始める。

腕、腹、腿。素早く自在な攻撃に、受けるアルマークは顔を歪めて歯を食いしばった。

経験の差からくる、駆け引きの妙。

アルマークはそれに対応しきれなかった。主導権を奪われ、再度守勢に回り始める。

腹や腕を狙っていたギザルテが、何太刀かぶりに首目がけて剣を振った。受けきれず、アルマークの頬から血が飛び散る。

「くっ」

アルマークはうめいた。

肩の痛みは、今は感じない。だが、この攻防が終われば痛みはいっぺんに襲って来るだろう。

長期戦になれば勝てない。

それは覆すことのできない現実だった。

命を燃やすのは、ここしかない。

アルマークは確信する。

それは戦場で培った、生への嗅覚と言ってもよかった。

アルマークは退かなかった。守勢になっても間合いを取って体勢を立て直すようなことをせず、その場に留まり、戦い続ける。

幾度か、身体をギザルテの剣がかすめるが、それでもアルマークは一歩も退かず、剣を振るう。

それが、ギザルテにわずかな疑念を生じさせた。

このガキがこのまま踏みとどまって戦っても、いずれ俺の剣に斬られることは明白だ。

だが、このガキは退こうとしない。

単なる見知らぬ敵だったなら、ギザルテも意に介すことはなかっただろう。

しかし、相手は子供とはいえ、自分を斬った戦士だ。剣の腕も駆け引きも子供離れしている。自分の不利が分からない人間ではない。それなのに、退かない。

何か隠してやがるな。

ギザルテはアルマークの顔を見た。

その目がまだ生きている。闘志が消えていない。

死を目前にして自暴自棄になった人間の目は、腐るほど見てきた。だがこいつの目は、そうではない。すがる何かを、まだ持っている。

ギザルテの強烈な一撃に、アルマークの身体がよろめいた。

いいぜ。

ギザルテは口を歪める。

お前のすがった希望ごと、斬り捨てる。

ギザルテの振りかぶっての斬撃を、アルマークの剣がかろうじて受け止めた。

激しい衝撃音。ついにアルマークの足がふらついたように後ろに下がる。

だが、百戦錬磨のギザルテには分かった。

わざと下がったな。

アルマークの目が一瞬、戦士の目ではない違う光を宿す。

見ろ、来やがった。

その光を、ギザルテは知っていた。

あれは臆病者の目。魔術師の目だ。

ギザルテは、次に来る魔法の衝撃のために歯を食いしばる。

こいつは最後に、やはり魔法にすがった。

そんな中途半端なことをしてるから、お前は勝てねえ。強くなれねえままで死ぬ。

アルマークがギザルテの足元にちらりと目を走らせた。

そっちか。

ギザルテは身構えた。

来ると分かってりゃ、なんてことはねえ。

死ね。

その瞬間だった。ギザルテは見た。

アルマークの目が、燃えるように煌めくのを。

その光。

戦士の目。

ギザルテは瞬時に己の誤りを悟る。

見誤った。

アルマークが、身体ごとぶつかるように突っ込んできた。

剣に、命そのものを乗せたかのような突き。

とっさに防ごうとかざしたギザルテの剣を、アルマークの剣は意思を持つかのようにかいくぐった。

その迷いのない目が、ギザルテの記憶に残る“影の牙”と呼ばれた男の目とダブる。

腐っても、あいつの息子か。

アルマークが自分の身体を叩きつけるようにギザルテにぶつけた。

その剣は、ギザルテの腹を深々と貫いていた。