軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

傭兵と魔術師

アルマークの目の前に転がる一振りの剣。

骸の戦士たちが持っていた剣とは、作りからして違った。刀身には錆びもなく、月明かりを反射して鈍く輝いている。

「さっさと拾え、ガキ」

ギザルテは言った。

それとも、と言って、鋭い目でアルマークを見る。

「俺に勝つには、その棒っ切れで十分だとでも言いたいのか」

アルマークはそれに答えず、ゆっくりと甲板に膝をついた。

剣の柄に手を伸ばす。

その慎重なしぐさに、ギザルテは苦笑した。

「なんだ、お前。まさかその剣に罠でもあるのかと疑ってやがるのか」

つまらなそうに左手を振る。

「ねえよ、そんなもん。屋敷のご令嬢を襲撃する仕事じゃねえんだ。俺のやることは至ってシンプルだ」

ギザルテは淡々と言った。

「俺がお前を殺す。それだけの話だ」

その物言いにどこか郷愁すら覚える自分に、アルマークは少し苛立っていた。

こんなに剝き出しの殺意をぶつけられているのに。

それが、懐かしいように感じるなんて。

迷いを断ち切るように剣の柄を握る。

またも懐かしい、その金属の冷たさ。

持ち上げた瞬間に分かった。

身体が覚えている。

この重さ。

この剣を、どう扱えばいいのか。

掴んだら、次にどう動けばいいのか。相手にどう対すればいいのか。

ギザルテがこう動いたら、こう。こう来たら、こう。

言葉にすることはできない。だが、瞬時に無数のイメージが浮かぶ。

剣を握って戦うことを、身体が望んでいた。

しかし、アルマークは首を振って息を吸った。

一瞬の逡巡。

剣を、自分の脇に乱暴に投げ捨てる。

からん、と乾いた音を立てて剣は甲板を滑った。

「おい」

ギザルテが目を見張る。

「何をしてる」

「ごめん」

謝りながら、アルマークは立ち上がった。

「あなたにはまだ言っていなかった」

そう言うと、マルスの杖をもう一度胸の前で構える。

「僕は、魔術師だ」

「魔術師ぃ?」

ギザルテが細い目を見開いた。

「どういうことだ」

「どうもこうもないよ」

アルマークは答える。

「僕は魔術師になる。これからは、剣の代わりに魔法で戦う」

「はっ」

ギザルテが息を吐いた。

「おかしなガキだとは思ってたが」

そう言って、くっくっ、と笑う。

「皮肉な話だぜ。あの“影の牙”の息子が、よりによって魔術師かよ」

父の二つ名を出され、アルマークは顔を歪めた。

ギザルテはしばらく肩を揺らして笑った後、不意に真顔になってアルマークを見た。

「恥ずかしい野郎だ」

「……なんだって?」

今度はアルマークが聞き返す番だった。

「恥ずかしい?」

「ああ、恥ずかしいな」

ギザルテは、剣を自分の前で軽く一振りした。

夜の空気を切り裂くように、鋭い風切り音が響く。

「魔術師だと?」

ギザルテは甲板に唾を吐いた。

「北の男の風上にも置けねえ」

まあ俺が言うことでもねえがな、とギザルテは付け加える。

「魔術師の何が悪い」

アルマークはギザルテを睨んだ。

「あなたに魔術師の何が分かるんだ」

「お前がどう思ってるのかは知らねえが」

ギザルテは口を歪めた。

「いいか。北の男にとって、魔術師なんてのはな」

その声が、刺すような冷たさを帯びる。

「剣で身を立てられねえ臆病者がなるもんだ」

「そんなことはない」

アルマークは首を振った。だが、それはアルマークが一番言われたくなかった言葉だった。

アルマークの動揺を見抜いたかのようにギザルテは笑った。

「お前だって自分でもそう思ってるんじゃねえか」

ギザルテは言う。

「魔術師なんてかっこ悪い、本当は剣で身を立てたかったってよ」

「魔術師を侮辱するな」

アルマークは答えた。

「北の魔法と南の魔法は違う」

「お前は北の人間だろうが」

ギザルテの一言は、剣のような鋭さを秘めていた。

「お前が俺を斬った剣。あれは魔術師なんかになる人間の太刀筋じゃなかったがな」

そう言って、ギザルテはかつてアルマークに斬られた自分の胸を軽く叩く。

「もったいねえな。お前、名のある傭兵になれたかもしれねえのによ」

こみ上げてくる何かを、アルマークはぐっとこらえた。

「剣は、もう握らない」

アルマークは喘ぐように答えた。

そうだ。僕はもう剣は握らない。この杖が、僕の相棒だ。

ウェンディとともに歩くために。“門”を閉じるために。

僕は、この杖とともに戦う。

「この杖が、僕にとっての剣だ」

「杖が剣、ね」

ギザルテは鼻を鳴らした。

「いいぜ。その棒っ切れを剣と同じように扱えるってんだな」

そう言って、無造作にアルマークに向かって足を踏み出す。

「なら、始めようか」

ギザルテは剣を構えもせず歩み寄ってきた。

アルマークは後ろに飛びずさって間合いを取る。

ギザルテの踏み込みの恐ろしい速さは、経験済みだ。その間合いに入ってはいけない。

魔力を込めたマルスの杖を思い切り振る。

渾身の気弾の術はしかし、二つともギザルテに造作もなくかわされた。

「はっ」

ギザルテが息を吐いた。ぐん、と足が伸びる。一気呵成の踏み込み。

間合いを潰すのは、魔術師と戦うときの定石だった。

思い出せ。

アルマークは歯を食いしばる。

これは命の奪い合いだ。

アルマークはギザルテの首筋めがけて、躊躇なく風切りの術を飛ばした。

当たれば、その首を落とすこともできる風の斬撃。

だが、ギザルテはまるで風が見えているかのように首をひねってそれをかわした。

間合いはもうほとんどなかった。ギザルテの前進を、アルマークの魔法では阻むことができない。

大きく踏み込んで、ギザルテが剣を振るった。

アルマークは、マルスの杖でかろうじてその斬撃を受け止める。

「お」

ギザルテは意外そうな顔をした。

「切れねえ」

アルマークが全身の力を込めて押し返すと、ギザルテは自らひらりと後ろに飛びずさった。

「……ふうん」

ギザルテは値踏みするようにアルマークを見る。

アルマークは息を吐く。それと同時に、全身からどっと汗が噴き出した。

相手が動き出してからでは、もう遅い。

こちらから仕掛けなければ。

アルマークは杖を振った。

光の網がギザルテの脇から飛び出す。

「ふん」

ギザルテが前に飛び出した。

網が空を掴む。

速い。

北の傭兵たちの動きは、こんなにも速かったのか。

決してそれを忘れていたわけではない。だが、アルマークはその動きに驚愕する。

吞まれるな。

アルマークが杖を振るうと、炎の壁が目の前に出現した。

「そういう小細工が」

ギザルテの声。炎の壁は、たちまち切り刻まれるように崩れた。

炎の中からギザルテが飛び出してくる。

「だせえって言ってるんだ」

ギザルテはそのままアルマークを一刀両断にすることもできただろう。

だがそうする代わりに、アルマークの構える杖に自分の剣を激しく叩きつけた。

その勢いに押され、アルマークの背中が船のへりにぶつかる。

「お前」

ギザルテがアルマークの目を覗き込んだ。

「弱くなったな」

アルマークは目を見開く。

ダメ押しのような一撃を杖に打ち込まれ、へりから押し出されたアルマークの身体は支えを失い宙に浮いた。

「それが、お前の剣だと?」

嘲るようなギザルテの声。

アルマークは海に落ちた。