軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

戦場

「……驚いた」

グラングは凍った地面に沈み込んで動けなくなった骨たちを見て首を振った。

「しぶといとは思っていたが、ここまでとは」

そう言って自分の右手を振ってみるが、眼下の固く凍った地面に埋もれた骨たちはびくともしない。

「ふむ」

意外そうな顔で眉を上げる。

「傭兵の坊やの……子供の魔法にしては、これは」

そう呟いた後、すぐに気付いたように頷く。

「そうか」

グラングは口元を歪めた。

「マルスの杖」

アルマークの手に握られた、粗末な木の棒。

「腐っても、その杖に認められた所有者というわけか」

学び始めて一年足らずの少年の魔法。

だがあの杖の力が、アルマークの魔力を、イメージを何倍にも増幅する。

「ライヌルさんが欲しがるのも分かるな」

その眼下でアルマークたちが負傷者の治療を続けている。

「おや」

グラングは笑う。

「油断しているのかな。もしかして、あれで骸たちが全部だとでも?」

そう言って、ゆっくりと左手を掲げる。

「さあ、集まってくれ、新しい骸たちよ」

「今の内だ」

アルマークは、骸骨の戦士たちの一掃された周囲を睥睨して言う。

「ありがとう、モーゲン。まだもう少しやれるかい」

「うん、任せて」

モーゲンはすぐに頷いた。だが、口ではそう言いながらも、モーゲンの顔は苦しそうだった。

無理もない。ここまでずっと魔法を使い詰めで、さっきはあれだけの骨の攻撃を一人で防いだのだ。

「あと少しだ」

アルマークはモーゲンの肩を叩くと、ウェンディを振り返った。

「ウェンディ。君の治癒術の力を」

「ええ」

ウェンディはアルマークにみなまで言わせなかった。

「レイドー。代わるわ」

そう言ってレイドーの肩を叩く。

「ああ、君のほうが早いからね。頼むよ」

レイドーは強がらない。こだわることなく、すぐに頷く。

「アルマーク。僕はウェンディのやっていた視界の確保をすればいいのかな」

さすが、レイドーはよく見ている。

アルマークは感心する。

アルマークが何も答える前から、レイドーは鬼火を上空に飛ばして風を起こし始めていた。

「ありがとう。頼むよ、レイドー」

レイドーに頷いてみせて、アルマークはリルティを見た。

骨が雨のように降り注ぎ、自分を庇ったノリシュが苦痛に呻いても、リルティは歌うことをやめなかった。

そのとき、歌声は震えた。それでも歌い続けた。それが自分が仲間のためにできる唯一のことだと強く信じているかのように。

「リルティ。君の歌が勝つ」

アルマークは言った。

「もう少し。僕を信じて」

リルティが頷いた。

「ノリシュ。リルティを頼むよ」

「ええ。こっちは任せて」

ノリシュが、青ざめた顔で、それでも気丈に頷く。

一瞬の平穏。

リルティの歌声。

それ以外には、負傷した二人の息遣いと、レイドーの起こした風の音だけが響く。

このまま、時間が過ぎ去っていってほしい。

誰もが心の中でそう思った。

だが、平穏の終わりはすぐに訪れた。

不意に、かつん、と固い音がした。

周囲の凍土を踏みしめる、骨の音。

それは新たな骸骨の戦士たちの到着を告げる音だった。

「何体いるんだ」

霧の中から姿を現した無数の骸骨たちに、モーゲンが悲鳴のような声を上げる。

骸骨の戦士たちはゆっくりと近付いてくる。

「アルマーク、凍った土を解除してまた泥に引きずり込もう」

レイドーが言った。

「そうすれば、やつらは近付くことはできない」

「いや」

アルマークは首を振った。

「それが敵の狙いだ」

「え?」

「レイドー。君でも気付かなかったか」

アルマークは言いながら、すぐにそれが仕方のないことだと気づく。

それはアルマークが戦場で命を削りながら培った勘だった。その感覚を共有できるわけがない。

北以外の地で生まれ育ったレイドーたちに戦場の勘が備わっていないのは至極当然のことだった。

「さっき、僕らの後方に回り込もうとした彼らの動き。舞い上がった骨たちの動き」

アルマークは近付いてくる骸骨たちから目を離さず、言った。

「彼ら全体を操っている者がいる。どこかで僕らの動きを見ている」

「えっ」

「凍った土を溶かせば、沈んでいた骨たちがまた上空に舞い上がる。それを狙っている」

アルマークの言葉に、レイドーは周囲の地面を見た。

確かに、地面にめり込んだ骨たちが微かに震えていた。

「それに、さっきの泥掴みの術はあくまで奇襲だ。不意をつけたからうまくいったけれど、もうこっちの手の内は知られてしまっている」

アルマークたちの周囲が泥沼になると最初から分かっていれば、いくらでも対処のしようはあるだろう。骸の何体かを沈めて、その上をほかの骸が進んでくるような手も平気で使ってくるはずだ。

「それじゃあ、またここで時間を稼いで我慢し続けるのかい」

「……いや」

アルマークは、骸骨の戦士たちの動きに目を走らせ、もう彼らがこちらを包囲するような動きを見せていないことを見定めた。

「大丈夫」

アルマークは小さな声で囁いた。

「レイドー。彼らを操ってるやつは、戦いを知らない」

「おや。泥に戻さないのか。よく気付いたね」

グラングが口元を歪める。

「慌てて泥に戻したところでまた骨を浮かせてあげようと思っていたのに」

そう言って左手を振り、ゆっくりと骸の戦士たちを前進させる。

「もう後は我慢比べだ」

眼下で、アルマークたちが覚悟を決めたように身構える。

「やる気だね」

グラングは頷く。

「大いに結構。そのまま君たちが正面から押しつぶされるのが先か、それとも我慢できなくなって泥を解除して骨の舞に打ち据えられるのが先か」

そう言って微笑む。

「私としては、まあどちらでもいいよ。“門”のお嬢様と傭兵の坊やだけは船まで約束通り送ってあげるから」

最後に、まるで誰かに聞かせるかのように付け加える。

「私は直接は手を出していないしね。もしも彼らが勝手に死んでしまったら、仕方ないから死体だけでも送り届けるとしよう」

「モーゲン。踏ん張ってくれ。あと少しだ」

アルマークがそう言いざま、固い凍土の上に飛び出した。

魔力を込めたマルスの杖を叩きつけ、骸骨の戦士を吹き飛ばす。

それに合わせてモーゲンが風を起こした。倒れた骸骨を、モーゲンの風が浚っていく。

骸骨の戦士たちの動きには今はまだ回り込もうという狙いは見えないが、それでもその予防をしておく必要があった。

「これじゃさっきと同じじゃないか」

レイドーが呻く。

「いつまで時間稼ぎすればいいんだ」

「大丈夫」

そう答えたのはモーゲンだった。

「アルマークがあと少しって言ったら、それはね、レイドー」

モーゲンはそう言って汗まみれの顔で微笑んだ。

「あと少しってことさ」

その言葉に込められた揺るぎない信頼に、レイドーは一瞬言葉を失う。

だがすぐに首を振って、言った。

「君がそう言うなら」

もういつもの飄々とした口調に戻っていた。

「僕もあと少し頑張るよ」

荒れ狂うアルマークに向かって骸の戦士たちが集まってくる。

アルマークは足元の硬い土を蹴って跳躍した。

一撃して、次の敵へ。また一撃し、その次の敵へ。

足を踏みしめるたび、足元の氷が、じゃりっと音を立てる。

その感触が、アルマークに思い出させる。

北の戦場。命の躍動する世界。

こいつは、戦いを知らない。

アルマークは思った。

この哀れな骸たちを操っているやつ。それが誰かは知らないが。

こいつは、戦場を踏んでやしない。

アルマークの周囲にいるのは、かつての北の傭兵たちの成れの果てだ。

こんなやつに、歴戦の彼らを操る資格なんてない。

アルマークの脳裏に浮かんだのは、自分の見てきた二つの大きな背中。

“黒狼”ジェルス。

彼の率いる黒狼騎兵団がなぜ強いのか。

その精強さの理由は、個々の強さや指揮力だけにあるのではない。

彼らを戦場の勝者たらしめたのは、その得意とする戦術だった。

ジェルス率いる主力が敵の攻撃を受け止め引き付けているうちに、全く別の方向から突然加えられる凶悪な一撃。たとえ分かっていても防ぐことのできないその攻撃をぶつける強力な別動隊を率いる戦士は、敵味方双方から畏怖を込めてこう呼ばれた。

黒き狼の“影の牙”と。

骸の戦士の剣がアルマークの頬をかすめ、赤い血が舞う。

もう何体の骸骨を打ち倒しただろうか。

前面に戦力を集中してきた骸の戦士たちの中でアルマークは、モーゲンの風とレイドーの確保してくれる視界を頼りに一人奮闘を続けた。

だがアルマークといえど、さすがに多勢に無勢だった。まして、今その手に握るのは長剣ではない。魔力が込められてはいるが所詮は木の棒に等しいマルスの杖だ。白兵戦には極めて不利だった。

錆びた剣がアルマークの身体をかすめる回数が増えてきた。

もはや骸の戦士たちはほとんどアルマークを包囲しかけていた。

「アルマーク!」

モーゲンが叫ぶ。

「敵が多すぎるよ、いったん戻って」

「いや」

アルマークはモーゲンを振り返った。

「これでいいんだ」

アルマークの皮膚が、戦場の空気が変わるのを感じていた。

間に合った。

アルマークの表情を見て、モーゲンが目を見張る。彼の口元に、会心の笑みが浮かんでいたからだ。

「リルティ、ノリシュ」

アルマークは叫んだ。

「君たちの勝ちだ」

その言葉と同時だった。

「どーん!!!」

音を吸収するという霧さえも揺るがすほどの大きな声が、骸の戦士たちの真横から響いた。

巻き起こった風が切断力を伴って彼らをたちまち薙ぎ払っていく。

「どーん!!!」

場違いなほどに快活な声とともに風が巻き起こる。

いきなりの奇襲に、骸の戦士たちはまともに反応もできなかった。

風が渦を巻き、なすすべもない彼らを次々になぎ倒していく。

「どーん!!!」

主力にばかり気を取られた敵の側面を別動隊が叩く。

黒狼騎兵団必勝の戦術。

だがそれは“影の牙”と呼ぶには、あまりに明るすぎる別動隊だった。

「遅かったじゃないか、ネルソン!」

アルマークは叫ぶ。

「ずいぶん待ったぞ」

「おう、悪かったな!」

霧の中から三人の少年が姿を現す。先頭に立つその少年の笑顔。

それは、まるでその場に太陽が昇ったかのような。希望そのもののような光。

「歌が、聞こえたからよ」

常に先頭に立つことを自らの誇りとするその少年が、屈託なく笑う。

「さあ、さっさと片付けちまおうぜ、アルマーク!」