軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

分断

霧が、まるで生きてでもいるかのように揺れ動いて、アルマークたちの視界を遮っていく。

月の光に照らされた船上の酷薄な笑顔も、すぐに見えなくなった。

まさか、こんなところで。

ギザルテとの再会は、一瞬、アルマークを夏のあの日に還らせた。

アルマークが初めて身分の差というものを感じ、傭兵の息子であることに負い目を感じた日。

苦い、けれど大切な記憶。

だが、逡巡は一瞬だった。

アルマークは身を翻すと、テントに駆け込み、自分の荷物に無造作に突っ込んであった木の棒を握った。

マルスの杖。

テントから飛び出してきたアルマークに、すぐにモーゲンが駆け寄る。

「下に降りるんだろ。僕も行く」

「私も」

ウェンディが続いた。

危険だ、と首を振ろうとしたアルマークは、二人の強い目を見てすぐに考え直した。

「分かった。二人とも、ありがとう」

アルマークの右手は強い反応を示していた。おそらく、これは最後の罠。

だが、そこに関係のない級友たちを巻き込んでいいはずはない。

助けを借りるのは、覚悟のできているこの二人だけでいい。

震え続けるアルマークの右手を見て、モーゲンとウェンディが目配せをする。

二人にも、これが蛇に関係することだと分かったのだ。

「みんなはここに残っていてくれ」

アルマークはほかの仲間に呼びかけた。

「僕たち三人でネルソンたちを連れ戻してくる」

すでに海岸は霧に覆われて、月の光も届かなくなっていた。急がなければならない。

「ここも安全じゃないわ」

顔を青ざめさせたキュリメが言った。

「周りにたくさんの嫌な気配を感じる」

そう言われて、アルマークも周囲を見回す。霧に包まれつつある広場を、確かに何か不穏な気配が覆いつつあった。

「本当だ」

セラハが不安そうな声を上げる。

「何か変な感じがする」

「確かに、ばらばらにならない方がいいな」

アルマークは頷いた。

「みんなで一緒に下に降りよう」

「ほんとにばかなんだから、あいつら」

言葉と裏腹に、ノリシュの声が泣きそうに歪んだ。

「だから危ないって言ったのに」

「ネルソンたちなら大丈夫」

根拠はないが、アルマークはそう言い切った。

「簡単にやられる三人じゃないよ」

その言葉にすがるように、ノリシュが頷く。

「みんな、必要な荷物を持って」

レイドーが言う。

「アルマーク。僕がほかの人を連れてすぐに降りるよ。君たちは先にネルソンたちを」

レイドーの言葉に、アルマークは頷いた。

全員で海岸に降りるとはいえ、ネルソンたちを呼び戻して合流するのは、できるだけ早い方がいい。

「分かった。レイドー、頼む」

アルマークはウェンディとモーゲンを振り返る。

「行こう」

「うん」

「分かった」

アルマークは走り出した。その後ろに二人が続く。

「この雰囲気、ただごとじゃない」

モーゲンが言った。

「絶対、ネルソンたちもおかしいと思ってるはずだよ」

その声が震えていた。

「きっと自分たちで帰ってくると思う」

「そうだといいけど」

アルマークは答えた。

「船は、まだ海岸に着いてない。着く前にネルソンたちと合流したい」

「あんな大きな船じゃ、この海岸には着けないわ」

そう言ったのは、ウェンディだ。

「あれが普通の船だったらの話だけど」

「そうだといい」

アルマークはまた答えた。

「でも、今は最悪の場合を考えよう」

その厳しい言葉に、アルマークの背後で二人が緊張するのが分かった。

それでいい。

アルマークは思った。

さっきまでの遊び気分を残したままでは、きっとみんなやられてしまう。

海岸に出ると、視界が全て夜の闇と霧に遮られた。

「私が」

ウェンディが腕を振るう。風の術。広い範囲に風が巻き起こった。

霧は一気に吹き飛ばされるかと思われたが、そうはならなかった。アルマークたちの周囲の視界がわずかに晴れた程度で、霧は風を吸収するかのようにうねってそこに留まった。

「これ、やっぱり普通の霧じゃないみたい」

ウェンディが顔をしかめる。そのときには、ウェンディはすでに鬼火をアルマークたちの頭上に飛ばしていた。炎はアルマークたちの足元を照らすが、白い靄のような霧の向こうは見透かせない。

「とにかく、呼びかけよう」

アルマークはそう言って、叫んだ。

「ネルソン! デグ! ガレイン!」

「ネルソン、みんな、返事してー!」

「おーい、三人ともどこにいるの!」

ウェンディとモーゲンも声を限りに叫ぶ。

だが返事はない。じわり、と霧が三人の間に侵食した。

「アルマーク!」

ウェンディが慌てて声を上げる。振り返ると、もうウェンディの身体が半ば霧に包まれて見えなくなりかけていた。

「手をつなごう」

アルマークは手を伸ばして、ウェンディの手を握った。

「はぐれたら、まずい」

「そうだね」

モーゲンが頷く。

アルマークはマルスの杖を背負うと、モーゲンとも手をつないだ。その手は、冷たい汗でびっしょりだった。

「ネルソン! デグ!」

アルマークはもう一度叫んだ。

「いるんだろ!」

「ガレイン!」

ウェンディも叫ぶ。

「返事をして!」

だが、返事は返ってこない。

霧がまた深くなったように感じた。

アルマークは腕を振るって、風を巻き起こした。

吹き上げの術。

霧を全て上空に巻き上げようと試みたが、やはり飛ばされたのは自分たちの周囲のわずかな範囲だけで、大部分の霧は白いカーテンのようにゆらゆらとうねるだけだった。

この海岸にレイドーたちが下りてきたら、まずい。

アルマークは気付く。

視界のない中で、みんながばらばらになってしまいかねない。

アルマークは自分たちが駆け下りてきた方向を振り向いて、叫んだ。

「レイドー! 聞こえるか!」

だが、返事はない。まだ下りてきていないのか。だが、高台の広場にいたとしてもこれだけの声を出せば届くはずだ。

「レイドー! 聞こえないのか!」

「アルマーク。この霧」

ウェンディが言った。

「きっと、音を吸収する」

「なんだって」

アルマークは目を見張る。

「だって」

青ざめた顔で、ウェンディは言った。

「さっきから、波の音も聞こえないもの」

言われて気付く。海岸にいるのに、波の音が全く聞こえてこない。

不気味な静けさが辺りを包んでいた。

「本当だ」

モーゲンが息を呑む。

「これはまずいな」

アルマークは顔を歪めた。

アルマークたち三人。ネルソンたち三人。そして、レイドーたち七人。

アルマークたちは霧の中ですでに三つに分断されてしまっていた。

「どうしよう」

モーゲンの声が心細げに震えた。

「みんな、はぐれちゃった。ばらばらになっちゃったよ。それに、この霧の中から何が出てくるのか」

「大丈夫だよ、モーゲン」

ウェンディが気丈に声を励ました。

「何とかなるよ。今までだって、この三人で何とかしてきたじゃない」

「う、うん」

モーゲンは頷く。

「そうだけど。でも、とりあえずどうすればいいのか」

「船だ」

アルマークの言葉に、二人がアルマークを見た。

「この霧は、あの幽霊船が連れてきた。だから、あの船をどうにかすれば、この霧は消えるはずだ」

迷ったら、前だ。

それは、アルマークに染み付いた傭兵の思考回路。そして、イルミスがウォリスの補習の後に掛けてくれた言葉でもあった。

「海の方向は分かる。あとは、波際を走って船を探す」

アルマークのきっぱりとした言葉に、モーゲンが頷く。

「なるほど。そうか」

「こっちから向かっていくのね」

ウェンディも頷いた。

「私も、それがいいと思う」

「でも、アルマーク。あの船には」

言いかけたモーゲンは、ウェンディをちらりと見て、口をつぐんだ。

ウェンディは冬の屋敷で、ギザルテの顔をまともには見ていない。見たのは、アルマークに斬られて死んだ後のギザルテだ。

だから、船の上の人影がギザルテだということに気付いてはいないようだった。

アルマークにも、もちろんその懸念はあった。

だが、それは今はいい。仲間たちの命が懸かっている。

「急ごう」

アルマークは言った。ウェンディを中央にして、その両手を左右からアルマークとモーゲンが握る。

「魔法を使うために手を離すときは、必ず声を掛け合いましょう」

ウェンディの言葉に、アルマークとモーゲンは頷く。

「大丈夫。僕らならやれる」

アルマークは言った。

「行こう」