軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

歌声

ずぶ濡れになったとはいえ、クラン島の適度に熱を孕んだ風と夏のような日差しは、走り回っているアルマークたちの服をいつの間にか乾かしていた。

「そろそろモーゲンのほうにも行ってみる?」

たくさん走って、それでも笑顔のウェンディが息を切らしながら言った。

「そうだね」

アルマークも額の汗を拭って答える。

「大物を釣り上げてるかもしれないしね」

アルマークは振り返って、砂浜に巨大な砂山を作り始めたネルソンに声をかける。

「ネルソン。ちょっとモーゲンたちの様子を見てくるよ」

「おう、頼むわ」

砂を積み上げていたネルソンが手を振って答えた。

「全然釣れてないようだったら教えてくれ。釣り竿借りて応援に行くからよ」

「分かった」

アルマークとウェンディはノリシュたちにも手を振り、砂浜を離れた。

二人で並んで、海沿いの道をモーゲンたちのいる岩場へと歩く。

「たくさん釣れてるといいね」

ウェンディが弾んだ声で言った。

「みんなで食べられるくらい」

「うん、そうだね」

アルマークは頷く。

「きっと大丈夫だよ。モーゲンは釣りがうまいから」

やがて、道の向こうにモーゲンたちが釣りをしている岩場が見えてきた。

「あれ」

ウェンディが訝しげな声を上げる。

「岩の上で寝そべってるの、モーゲン?」

「本当だ」

アルマークも頷く。

遠目にも、モーゲンが大きな岩の上にのんびりと寝そべっているのが見えた。

「おーい」

アルマークが手を振りながら声をかけると、モーゲンがゆっくりと起き上がって手を振り返してくる。

「もう釣りは終わったのかしら」

ウェンディが首を傾げた。

「ガレインとピルマンもいないみたい」

「そうだね。どうしたんだろう」

二人は足早に岩場に近付いた。

アルマークが手を貸してウェンディを大きな岩の上に引っ張り上げ、二人でモーゲンのところにたどり着く。

「モーゲン。釣りはしないのかい」

「二人こそ、砂浜はもういいのかい」

モーゲンがのんびりと答えて、大きく伸びをした。

「うん、楽しかったよ」

アルマークは答えて、モーゲンの隣に腰を下ろす。

「ネルソンとデグが海に入って大暴れしてね」

「やっぱり」

モーゲンは笑う。

「そうなると思った」

「釣りは?」

「それを見てよ」

モーゲンの指差した桶を覗き込んだウェンディが歓声を上げた。

「すごい、魚がいっぱい」

「え?」

アルマークも立ち上がって、桶を覗き込む。

水の張られた二つの桶が、釣られた魚でいっぱいになっていた。

「本当だ。すごい釣果じゃないか」

「来てすぐに釣り始めたんだけどね」

とりたてて誇るわけでもなく、モーゲンが言う。

「ちょうど魚の群れでも来てたのかな。もうとにかく釣れる釣れる。あっという間にこれさ」

「へえ」

「僕は漁師じゃないからね。自分たちで食べられる分以上を釣るわけにはいかないから、今日の釣りはおしまい」

モーゲンはそう言ってまた横になる。

「おいしかった貝のパンの夢でも見ながら、夕食の時間を待つのさ」

「他の人達は?」

「ピルマンとガレインが釣った分もその桶に入ってるんだ」

モーゲンはそう答えて目を閉じた。

「キュリメとセラハも、すごいすごいって嬉しそうに褒めてくれたよ」

そう言うと、目を閉じたままで岩場の先の茂みを指差す。

「さっき、そっちの茂みから野良猫が顔を出してね。みんなそっちに行っちゃったよ」

「野良猫か」

アルマークは、セラハがキュリメにそんな話をしていたことを思い出す。

「僕らも見に行ってみようか」

「うん、行く」

ウェンディは頷く。

「モーゲンは行かないの?」

「僕はここで釣った魚の番をしてるから」

モーゲンは口元だけで微笑んでみせる。

「二人でどうぞごゆっくり」

アルマークとウェンディが、茂みで何匹もの野良猫と戯れているセラハたちを見付け、見たことのないでれでれとした笑顔で猫を抱いているガレインの姿に笑ったり、なかなか猫に触る勇気の出ないキュリメを応援したりしているときだった。

不意に、どこからか調子外れの歌声が響いてきた。

猫たちが一斉にびくりと体を震わせ、警戒心を露わにする。

「何、この歌」

セラハが顔をしかめる。

「誰の声?」

「ネルソンだわ」

キュリメがようやく抱けるようになった猫を地面に下ろしながら言った。

「ネルソンの声」

「そうね」

ウェンディも頷く。

「どこから聞こえてくるのかしら。海岸の方じゃないみたい」

「野営場の方っぽいけど」

セラハが言った。

「でも、ネルソンの歌声ってこんなところまで届くの?」

「いや、この歌声には聞き覚えがある」

アルマークが答える。

「これは、歌わせの術の授業で、物に歌声を込めるためにネルソンが歌ったときの声だよ」

「どういうこと?」

ウェンディが目を瞬かせる。

「バイヤーだ」

アルマークは言った。

もし人手が必要なら、魔法でどうにかして知らせるよ。

バイヤーはそう言っていた。

「森で、バイヤーが呼んでるんだ」

アルマークは立ち上がった。

「僕が行くよ」

「アルマーク、私も」

ウェンディが立ち上がろうとするのを手で制して、アルマークは首を振る。

「ありがとう。でも僕一人で行くのが一番早い。ウェンディはもし来るなら他の人と一緒に」

「う、うん」

ウェンディが頷いた。

「私達も後から追いかけるわ」

セラハの言葉に、アルマークは頷く。

「うん。多分ただ単に人手が足りないだけだから、そんなに大勢で来なくても大丈夫だと思う」

それからウェンディにもう一度頷き、アルマークは茂みを飛び出した。

両手に桶を持ったモーゲンが、アルマークを見て声を上げる。

「アルマーク。あれって多分バイヤーが」

「うん、さすがだな。僕もバイヤーが呼んでるんだと思う」

「やっぱり」

「僕が行ってくる。ウェンディを頼むよ」

アルマークはそう言って、来た道を駆け戻った。

飛ぶように駆けて野営場に戻ると、その勢いのまま森に駆け入る。

ネルソンの歌声は、何度も繰り返し聞こえてきた。

その声のする方角を頼りに、アルマークは道なき道をところ構わず駆け抜けた。

「バイヤー!」

斜面の下で足を押さえてうずくまっているバイヤーを見付けて、アルマークは斜面を滑り降りる。

「大丈夫かい。怪我をしたのか」

「ああ、アルマーク。さすがだね、すごい早さだ」

バイヤーは顔を上げてそう言うと、手に持っていたハンカチを軽く振る。

調子外れのネルソンの歌が止まった。

「僕としたことが、情けない。薬草に夢中になって足を滑らせてしまった」

「立てるかい」

アルマークは肩を貸してバイヤーを立たせるが、バイヤーは顔をしかめて低くうめいた。

「骨までは折れていないと思うんだけど……足を挫いたよ」

「そうか」

アルマークは頷いて、バイヤーの身体をひょいと抱き上げた。

「じゃあ戻ってウェンディに治してもらおう」

「僕を抱えて歩けるのかい」

バイヤーが目を丸くする。

「ああ。君は軽いな、バイヤー」

アルマークは答えて、周りを見回した。

「忘れ物は?」

「ああ、そこの薬草籠と手帳は絶対に持っていくよ」

バイヤーが慌てて手を伸ばす。

「そうだね。君の大事なものだ」

アルマークは頷いて籠と手帳をバイヤーに持たせると、もと来た方向へ歩き出した。

アルマークとバイヤーが戻ると、野営場にはもう全員が揃っていた。

バイヤーの怪我はウェンディの治癒術ですぐに治すことができたが、治療されている間もずっと嬉しそうに採ってきた薬草の話を続けるバイヤーに、みんなが苦笑した。

「もっとほかにいい方法があっただろうがよ」

自分の歌を使われたネルソンが渋い顔をする。

「まあ、この程度の怪我で良かったよ」

レイドーがそう言ってネルソンの肩を叩いた。

「君の歌のおかげだよ」

「よし、これで大丈夫」

ウェンディが頷き、バイヤーが立ち上がってぴょんぴょんと跳ねる。

「うん、全然痛くない。ありがとう、ウェンディ」

「どういたしまして」

ウェンディは答えた。

「もう今日は薬草採りはおしまいだよ」

「うん。残念だけど、仕方ない。みんなにも迷惑かけちゃったしね」

バイヤーが頷く。

治療が無事に終わり、みんなの間をほっとした空気が流れた時だった。

それを待っていたかのようにモーゲンのお腹が、ぐう、と鳴った。

「お昼にあんなに食べたのに」

セラハが目を見張る。

「もうお腹がすいたの?」

「違うんだ」

モーゲンは慌てて手を振る。

「これは、昼寝をしたから」

「どういう理屈だよ」

ネルソンが笑う。

ノリシュが気を取り直したように笑顔で手を叩いた。

「少し早いけど、みんな野営場に戻ってきちゃったし、モーゲンのお腹も鳴ったし。夕食の準備を始めましょうか」