軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

乾杯

「乾杯!」

ネルソンが満面の笑顔でコップを高々と掲げた。

「乾杯」

アルマークとレイドー、モーゲンがそれに自分のコップを合わせる。

夕食どきの寮の食堂は、笑顔の学生たちで溢れていた。

甘い果汁水を一息に飲み干して、ネルソンが、うまい、と叫ぶ。

「もう飲んじゃったのかい」

モーゲンが眉をひそめる。

「この時期は果汁水なんてめったに飲めないんだよ。じっくり味わって飲めばいいのに」

「分かってねえな、これがいいんだよ。モーゲン」

ネルソンはモーゲンの肩を叩いた。

「甘くて冷たい液体が、一気に喉を通り過ぎていく」

そう言って、うっとりと目を閉じる。

「たまらねえ。この感触が最高に気持ちいいんだよ」

「喉では味はわからないからね」

レイドーが穏やかに笑う。

「君は冷たい水を飲んでも同じことを言うと思うよ」

その言葉にモーゲンが、うんうん、と頷く。

「いいや、分かる」

ネルソンは断言した。

「俺の喉は味が分かる」

レイドーとモーゲンは、また始まった、という表情で顔を見合わせて笑うが、アルマークは真剣な顔でネルソンを見た。

「すごいな。ネルソンは舌だけじゃなくて喉でも味が分かるのか」

「おうよ」

ネルソンが頷く。

「本気で聞かなくていいよ、アルマーク」

レイドーが苦笑するが、ネルソンは真面目くさった顔で続ける。

「硬いもの、柔らかいもの、食感の違う食べ物がいろいろとあるだろ」

「うん」

「その違いが、飲み込むときに喉で分かるわけよ。で、うまい、とかまずい、とかも喉で判断するんだ」

「なるほど」

アルマークは頷く。

「君はよく噛まずになんでも飲み込むから」

レイドーが言い、モーゲンも頷いた。

「喉越しっていうのも味わいの重要な要素の一つだけど。ネルソンの場合は、歯と舌が仕事をしてなさすぎるんだよ」

「いや、俺は喉で感じてるんだってば」

「ところで」

アルマークがふとコップの中を覗き込んだ。

「これは何の果汁なんだろう」

「えぇ? そこからかよ」

ネルソンが肩を落とし、喉で味が分かるのかという話はそこで終わってしまった。

「これはセワリスの果汁だね」

レイドーが答えると、アルマークは目を丸くする。

「これがセワリス。こんなに甘いのかい」

その言葉にレイドーは一瞬きょとんとするが、すぐに、ははあ、と言って微笑む。

「アルマーク。君はどこかその辺の木になっているセワリスの実を食べたんだろう」

「うん」

アルマークが頷くと、モーゲンが笑顔で口を挟む。

「野生のセワリスは苦くて酸っぱくて、とてもそのままじゃ食べられないよ。食べたり果汁を絞ったりするのは、セワリスの中でも別の品種さ」

「そうなのか。なるほど、どうりで」

アルマークは納得したように頷いた。

「この学院に来る旅の途中で、たくさんの実を付けたセワリスの木を見かけたことがあってね。ガライ王国に入ったばかりの頃だったと思う」

アルマークの話に、ネルソンが身を乗り出す。

「お前がここに来るときの話か。珍しいな」

「うん。僕にとっては初めて見る木だったんだけど、しっかりとした食べられそうな大きな実がいくつもなっているから、驚いたんだ。それなのに、地元の人たちは誰も見向きもしないからそれが不思議でね。この実には毒でもあるのかって聞いたんだよ。そうしたら、毒はないけどまずくて食べられないって言われて」

「だけどお前は食べたんだろ」

ネルソンが笑いながら言った。

「毒がないならって」

「うん。食べた」

アルマークは頷く。

「おいしくはなかったけど、食べられないほどでもなかった」

「さすが」

ネルソンは首を振る。

「苦い薬湯も平気なわけだぜ」

「そう、そういえば、僕はそのときに思ったんだ」

その時の感情を思い出し、アルマークは果汁水を一口飲んで、微笑んだ。

食べられる実が目の前にこんなにあるのに、誰も食べようとしない。

そんなことは北では考えられなかった。

それを見て、アルマークは悟ったのだ。

そうか。長い旅の末に、ようやく僕は。

「南に、豊かな国に来たんだなって」

その言葉にモーゲンたちは顔を見合わせる。

「だからこの果汁水が、まさかあのセワリスの仲間だなんて思わなかった。勉強になるよ」

「おいしいものはまだまだあるよ」

モーゲンが言った。

「全部教えてあげるからね」

「ありがとう」

アルマークは微笑む。

「まあ、なんにせよ」

ネルソンが言った。

「授業は今日で終わり、明日から冬の休暇ということで」

そう言いながら、ネルソンはもう一度コップを掲げる。

「みんな、お疲れ。もう一度乾杯しておこうぜ」

「もう君のは空じゃないか」

モーゲンが笑った。

「ネルソン、僕のを少しあげるよ」

アルマークが立ち上がってネルソンのコップに自分の果汁水を注ぐ。

「おう、悪いなアルマーク」

ネルソンがそう言って、もう一度乾杯の音頭を取ろうとした時だった。

「あれ、ネルソンが乾杯しようとしてる」

セラハの声がした。

セラハの後ろから、ウェンディとノリシュ、リルティが連れ立って食堂に入ってきた。

「おう、お前らも夕飯か」

ネルソンがコップを下ろす。

「今日は授業最後の日だから、果汁水がもらえるぜ」

ネルソンはなぜか自分が得意そうに胸を張った。

「え、そうなの」

セラハが目を輝かせる。

「果汁水がもらえるって」

そう言って後ろの女子を振り向く。

「やったね」

ウェンディたちも嬉しそうに笑顔で頷きあった。

「一人一杯だけだからな。欲張って二杯飲もうとするんじゃねえぞ」

ネルソンが言うと、ノリシュが顔をしかめる。

「あんたじゃないんだから。そんなことするわけないでしょ」

「俺だってそんなことしねえよ」

「どうだか」

にらみ合う二人の間に、慣れた調子でレイドーが割って入った。

「それはいいから、もらっておいでよ」

レイドーは穏やかな口調で言いながら、女子たちの顔を見る。

「せっかくだから、みんなで乾杯しよう」

「いいね」

すぐにセラハが頷いた。

「しようしよう」

「私達がもらってくるまで、飲まずに待ってなさいよ」

ノリシュがネルソンに言うと、ネルソンも口を尖らせて反論する。

「うるせえな、誰が飲むか。さっさともらってこいよ」

ノリシュたちの後に続いて配膳台の方へ進もうとしたウェンディが、アルマークのコップを見て、囁いた。

「もうだいぶ飲んじゃったね」

「ああ」

アルマークは振り返って微笑む。

「ネルソンに少し分けたんだ」

「やっぱり」

ウェンディも微笑んだ。

「ネルソンって何でも一息に飲もうとするから」

「ネルソンらしいけどね」

「うん」

ウェンディは頷いて、

「私のを少し分けてあげるね」

と言い残すと、三人の後を追った。