軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

キュリメ

キュリメは、物静かな女子だ。

たとえば、今の初等部の3年生全員に聞いてみたとしても、キュリメと親しく話したことのある生徒はほとんどいないだろう。

もちろん、授業や教室でのあれやこれやで、事務的な話をしたことのある生徒はたくさんいる。

しかし、それ以外のことで、たとえば他愛ない話でキュリメと盛り上がったとか、何かの打ち明け話をキュリメと二人でしたとか、そんな経験のある生徒となると、今年の魔術祭まではほぼ皆無に近かったはずだ。

かといって、キュリメがほかの子よりも極端におとなしく無口というわけではない。

決して賑やかでおしゃべりというタイプではなく、運動が苦手で引っ込み思案なところはあるが、話してみればそれなりに明るく喋るし笑顔も見せる。

その点では、すぐに顔を赤くして声の途切れてしまうリルティよりもよほど人と話すのはうまかった。

けれど、他の生徒と親しく話すまでのところにいかない理由は、キュリメの他人に対する姿勢にあった。

キュリメは、相手とある程度の話をすると、それ以上踏み込まずにすっと身を引いてしまう。

さっきまで笑顔で喋っていたのに、突然曖昧な表情で黙ってしまう。

それは、誰の目にも分かるほど明らかだった。

まるで自分で、ここまでしか踏み込まないと決めているかのようだった。

それが分かるので、相手もそこで何だか気まずくなってしまう。

キュリメが何を考えているのかよく分からず、戸惑った表情を見せる生徒や、中にははっきりと不快な表情を浮かべる生徒もいた。

とはいえ、そんなことが起きるのはごくまれだった。

キュリメには、人の目を引くような容姿も魔法の技能もなかったので、ほかの生徒たちも彼女にそれほど特別な注意は払わなかったのだ。

大半の男子生徒にとっては、少し残酷な言い方をしてしまえばキュリメは「可愛くも面白くもない生徒」でしかなかった。

キュリメとある程度以上の関係を築いていたのは、セラハだけだった。

セラハのおおらかな接し方に、キュリメの中のルールも少し揺らいだのかもしれない。

いずれにせよ、魔術祭の台本担当に抜擢されるまでのキュリメは、男女問わず、クラスメイトたちにとっては、地味でおとなしい女子の一人、という認識だったと言っていいだろう。

それが、あの台本で一変した。

誰もが、キュリメの台本に描かれた自分と同じ名の登場人物に、もう一人の自分の姿を見た。

キュリメは、自分たちのことをこんなにも見ていたのか。

一体、キュリメにはどこまで見えているんだ。

そんな畏怖にも似た感情が、誰の胸にも生まれた。

変わったのは、周囲の彼女に対する評価だけではない。

彼女自身の人への接し方も変わった。

「今日はこんな準備をしてきたの」

笑顔でそう言って、自分の手提げ鞄に手を入れるキュリメをアルマークも笑顔で見守る。

「なんだろう」

「これ」

キュリメが取り出したのは、一冊の本。

「私、身体を動かすのが苦手だから」

恥ずかしそうにそう言って本をアルマークに渡す。

「動かない物相手がいいの」

「ええと、この本を読むのかい」

アルマークは目を瞬かせてその本を見た。

本は、それなりに厚い。

「今、ここで?」

ふふ、とキュリメは笑う。

「どうぞ」

そう言って、手で促す。

「うん」

要領を得ない顔で、アルマークは本の表紙に書かれた題名を読み上げた。

「あなたがその島に漂流した理由を誰かに話せたならばどんなに幸せだっただろう」

それから、顔を上げてキュリメを見る。

「何の本だい、これ」

「いいから、開いて」

キュリメに促され、アルマークは本を開いた。

その瞬間、本からぱっと光が舞った。

「あっ」

アルマークはとっさに顔を背けて本から手を離す。

本の仕掛けには苦い思い出があった。

ばさり、と床に落ちた本から、また光の粒がこぼれた。

「これは」

アルマークは自分の手が同じような光を帯びているのに気付く。

「もう一度持ってみて」

そう言いながらキュリメは床から本を拾い上げると、アルマークに差し出した。

アルマークはそれを受け取って、目を見張る。

「軽い」

「よかった」

キュリメが微笑む。

「ちゃんと効いた」

「これは、 強力(ごうりき) の術か」

アルマークは片手で本を掴むと、高く持ち上げた。

厚い本なのに、まるで乾いた木片を持ち上げているような軽さだ。

これが、強力の術の効果。

人の腕力を一時的に引き上げる魔法だった。

「そうか」

アルマークはようやく合点がいってキュリメを見た。

「この本に魔法を込めたのか」

「ええ」

キュリメは頷く。

「本を開いたら魔法が発動するように設定したの」

人の身体に作用する魔法を、直接かけるのは非常に危険だ。

魔力の調整を誤れば、それが即、大きな事故に直結するからだ。

だから通常は、物に魔法を込めて、それを介して人の身体に作用させる。

夜の薬草狩りでも、ウェンディは飛び足の術が込められた布を用意してきていた。

あの時のウェンディは、布に手をかざすことで魔法を発動させていたが、キュリメはこの本を相手に開かせることで魔法を発動させた。

「物に魔法を込めるのは、得意?」

キュリメはアルマークから本を受け取って尋ねた。

「いや」

アルマークは首を振る。

「どちらかといえば、苦手だな」

「それならちょうどよかった」

キュリメは受け取った本を床に置くと、鞄からもう一冊、別の本を取り出した。

「じゃあ、こっちの本に魔法を込めてもらおうかな」

「本がたくさん出てくるね」

アルマークはその本を受け取って微笑む。

「本って、ほかの物より魔法を込めやすいのかい」

「ううん」

キュリメは首を振る。

「別に布でも何でもいいんだけど。でも、本なら練習に飽きたら読めるでしょ」

「なるほど」

アルマークは頷く。

「君の素晴らしい台本は、その読書量の賜物なんだね」

「どうかしら」

キュリメは強力の術が込められた本を鞄にしまうと、また別の本を取り出した。

「単純な量に、それほどの意味はないと思うけど」

そう言って、適当なページを開いて床に置く。

「何の魔法を込める?」

「そうだな」

アルマークは顎に手を当てる。

手の光はいつの間にか消えていた。

「遠目の術」

アルマークはそう言ってキュリメを見た。

「どうかな」

「悪くはないけど」

キュリメは微笑む。

「この実践場の中で使っても、効果があまり実感できなそう」

「それもそうだね」

アルマークは頷いて、また考える。

「じゃあ、飛び足の術にしようかな」

「飛び足の術ね。分かった」

キュリメは頷いて、アルマークが自分と同じように本を床に広げるのを見守った。

「魔法の発動条件はどうする?」

「このページを開いたときにしよう」

アルマークはそう言って、自分の髪の毛を一本引っこ抜くと、しおり代わりにそこに挟む。

キュリメはそれを見て目を丸くした。

「やっぱりアルマークは面白いことするね」

「そうかな」

アルマークが首を傾げると、キュリメは頷く。

「うん。自然にそういうことをやるところが面白い」

そう言って、キュリメはアルマークの髪の毛が挟まれた本を見下ろす。

「物に魔法を込めるには、物とじっくり向き合う必要があるでしょ」

キュリメは微笑んだ。

「悩んでるときはね、何も話さない物と話してみるのもいいよ」