軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

(閑話)シシリー 前編

「シシリー、いる?」

教室の外から、ぶっきらぼうな声がした。

その声を聞くと、シシリーの胸は沸き立った。

「いるけど」

わざと少し迷惑そうな顔をして、廊下に顔を出す。

「なあに、タルウェン」

そこに立っている、自分よりも頭一つ分も背の高い隣のクラスの男子生徒の顔を見るだけで、少し頬が赤くなってしまうのが分かる。

「あのさ」

タルウェンは、赤みがかった茶色の髪をかきあげながら、言った。

「今日、一緒に帰ろうぜ」

「え」

シシリーは彼の顔を見上げる。

「どうして」

「別に、理由はないけど」

タルウェンは困ったように言った。

「だめかな」

「ええと」

シシリーはうつむいた。

「だめじゃないけど」

その言葉に、タルウェンの顔がぱっと明るくなる。

「いいのか」

「いいけど」

「よし」

タルウェンは頷いて、シシリーの顔を覗き込んだ。

「じゃあ放課後、迎えに来る」

「うん」

シシリーはうつむいたままそう答えた。

シシリーが、全く面識のなかった隣のクラスのタルウェンと初めて言葉を交わしたのは、魔術祭が終わってしばらくしてからのことだ。

初めての冬の休暇と試験を同時に控え、シシリーたち1年生の心は、はしゃげばいいのか、それとも焦ればいいのか分からず、千々に乱れた。

だが、2年生や3年生、上級生たちの様子を見るに、どうも次の試験は夏の試験よりもさらに重要らしい、焦って一生懸命勉強するのが正解だとみんなが気付き始めた。

とはいえ、1年生の試験にはまだ魔法の科目はない。

確かに授業では霧の魔法などの初歩魔法を多少教わってはいるが、それはまだ試験するに値する水準までとても達してはいないからだ。

シシリーたちが取り組むのは、基本的に座学の授業で学んだ一般的な教養の筆記試験が主で、それに行動模写や瞑想などの特殊な試験が加わる。

だから寮に帰ってから勉強はするのだが、みんなまだ年齢的にもそれほどの危機感を抱いてはいない。

ただ、堂々と森で遊んだりするのはちょっとやめたほうがいいのかな、という程度の認識の生徒がほとんどだった。

しかし、自らを優等生と自認するエルドは違った。

試験勉強に集中する、と宣言した彼は、今まで毎日、当たり前のようにシシリーと一緒だった校舎への行き帰りをすっぱりとやめてしまった。

「勉強に集中しないといけないからな。朝は早く出るし、夕方は図書館に寄っていくから、悪いがシシリーは試験まで他の人と行ってくれ」

一方的にそんなことを言われて、シシリーはひどく悲しくて寂しくて、自分も図書館で勉強する、という言葉が喉元まで出かかったのだが、エルドの真剣な顔を見て、飲み込んだ。

中途半端な気持ちでエルドにくっついていっても、迷惑をかけるだけだろうと思ったからだ。

夏の試験で学年3位を取ったエルドと違い、シシリーの成績は中の下といったところだ。

シシリーはその成績に十分満足していたが、エルドは自分の成績にまだまだ納得していないようだった。

エルドの向上心の強さに、少し気後れしてしまったのも事実だった。

それで、毎日の登下校が一人になった。

もともと、いつもエルドと一緒なのを他の友達も知っていたし、シシリーも自分からエルドに他の人と行くよう言われたなどと周囲に言いたくなかったので、シシリーが一人で歩いていることは特に誰からも気にされなかった。

せいぜい、気のいい3年生のアルマークが一人で登校しているシシリーを見て心配して声をかけてきたくらいだ。

別にエルドとケンカしているわけではないことを伝えると、アルマークは神妙な顔で、試験は大変だからね、というようなことを言って、シシリーをひとくさり励ましていった。

そんな時だった。

校舎からの帰り道、見知らぬ男子生徒に突然声をかけられたのだ。

「最近、お前いつも一人だな」

顔は見たことがあるが、名前も知らない少年だった。

からかわれたと思ったシシリーは、彼を一瞥すると、すぐに顔をそむけた。

「おい、待てって」

無言で歩き去るシシリーを、少年の少し慌てた声が追いかけてきた。

「なあ、いつも一緒のやつはどうしたんだよ」

「知らない」

シシリーは背中で答える。

「知らないわけないだろ」

少年はそう言いながら後をついてくる。

「いつも一緒のやつだよ」

「シシリーはお前なんて名前じゃないし、いつも一緒のやつなんて名前の知り合いもいないもん」

シシリーが答えると、相手が困ったように沈黙するのが分かった。

しばらく無言で歩いたが、少年の足音は背後から一向に離れてくれない。

それでも絶対に無視して歩こうとシシリーが心に決めて歩いていると、突然少年がシシリーの横に並んできた。

背の高い子だった。

「なあ、シシリー」

「勝手に名前呼ばないで」

シシリーはそちらを見もせずに言う。

「お前といつも一緒のやつ」

少年はそう言ってから、困ったように頭を掻いた。

「別に、からかってるわけじゃないんだ。俺、本当にあいつの名前知らないから」

その声が意外に真剣な響きを帯びていたので、思わずシシリーは答えてしまった。

「エルド」

シシリーの命の恩人でもある、大事な少年の名前。

「あの子はエルドっていうの」

「エルドか」

少年は頷く。

「じゃあ、エルドとシシリーはなんで最近一緒にいないんだ」

「それは」

言いかけて、シシリーは男子を睨んだ。

「あなたには関係ないでしょう」

シシリーのきつい視線に返ってきたのは、意外にもはにかんだような笑顔だった。

「やっとこっち見てくれたな」

シシリーが目を瞬かせると、少年は言った。

「俺、タルウェン」

「タルウェン」

名前を口にすると、少年は本当に嬉しそうに笑った。

「そう。俺の名前はタルウェン」

それから、登下校の道で、タルウェンはちょくちょくシシリーに声をかけてくるようになった。

シシリーも最初は冷たい態度を取っていたのだが、タルウェンがあまりに嬉しそうに話しかけてくるので、少しずつ自分からも話をするようになっていった。

意識するようになって初めて気付いたのだが、タルウェンは隣のクラスでは男女問わず人気がある生徒のようだった。

その彼が、なぜシシリーに興味を持ったのかは分からない。

けれど、悪い気はしなかった。

徐々にシシリーもタルウェンに心を開き始め、下校のときなど、一人で歩きながらタルウェンがいないかきょろきょろと辺りを見回すようになってしまったほどだ。

けれど、二人が言葉を交わし一緒に歩くのは、あくまで道中でたまたま出会ったときだけだ。

たまたま出会ったと言うには、実際のところあまりに回数が多かったが、それでも二人の間にはそんな暗黙の了解ができていた。

しかし、今日。

直接、教室にタルウェンが現れて、一緒に帰ろうと誘われたのは初めてのことだった。

落ち着かないままで午後の授業を受けていると、休憩時間に、疲れた顔のエルドがシシリーの顔を見てふと足を止めた。

「シシリー。今日はなんだか顔が赤いな」

「え、そうかな」

シシリーは頬に手を当てる。

「体調には気をつけろよ」

エルドは言った。

「勉強は大丈夫か。何か分からないことがあれば、僕に聞け。何でも教えてやる」

「うん。ありがとう、エルド」

シシリーは頷く。

いつもの自信に満ちたエルドの言葉。

シシリーには、いつもそれがすごく頼もしかった。

けれど、なんだか久しぶりの気がするエルドの言葉は、不思議と色あせて聞こえた。