軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

アルマークは、差し出されたセラハの指を見て戸惑った。

自分の血ならいくら流れたって平気だが、自分のために人、とりわけ女性が血を流すのはアルマークには苦手だった。

「セラハ、ごめん」

「早く早く」

セラハが声を上げる。

「血が乾いちゃうよ」

「うん」

アルマークは頷いて気を取り直すと、手をかざした。

セラハの魔力の流れを感じて、それに沿うように自分の魔力を流し込んでいく。

「んっ」

セラハが顔をしかめた。

「大丈夫かい」

アルマークはセラハの顔を見る。

「うん。続けて」

セラハに促され、アルマークは治癒術を続行する。

しばらくして、アルマークは顔を上げた。

その額に汗がにじんでいた。

「治ったよ」

「うん」

頷いて、セラハが指先の血をぺろりと舐める。

血はまだ乾いていなかった。

指先には、もう傷はない。

「だいぶ速くなったね」

セラハはそう言って微笑む。

「ありがとう」

アルマークは頷いた。

「セラハ」

その後ろから一部始終を見守っていたイルミスが、穏やかに口を挟んだ。

「練習で遠慮はいらない。アルマークの魔力が流れ込んできた時に、君が感じたことを率直に話しなさい」

「はい」

セラハは困った顔をする。

「ええと、あの」

「大丈夫だ。言いなさい」

イルミスに促され、それでも少し口籠った後でセラハは言った。

「アルマークの魔力が流れ込んできたとき、ぴりっとしました」

そう言って、気まずそうにアルマークから目をそらす。

「傷口を乱暴に触られているような感じがして、少し怖かったです」

「えっ」

アルマークは思わず絶句した。

自分では、相当慎重に魔力を流し込んだつもりだった。

一気に魔力が流れ込んだりしないよう、そこにはゆっくりと時間をかけたはずだ。

それでもまだ、乱暴に触られているように感じられたとは。

小さな針の傷だからまだその程度で済んだのだろう。これがもっと大きな傷だったら、魔力を流し込まれた瞬間にセラハは痛みで気を失ってしまっていたかもしれない。

「セラハは怖かったそうだ」

イルミスはアルマークを見た。

「なぜだと思う」

イルミスにそう尋ねられ、アルマークは黙考する。

「……まだ、魔力の流し方が雑でした。もっと丁寧にやるべきでした」

しばしの沈黙のあとでそう結論づけると、イルミスは首を振った。

「それ以上慎重にやったところで、ただでさえ遅い治癒速度をさらに失うだけの話だ」

「それじゃあ……」

アルマークは唇を噛む。

「セラハ」

イルミスは心配そうな顔のセラハに目を向けた。

「君はどう思う」

「ええと」

セラハは口に指を当てる。

「魔力の波長が合ってないのかなって」

「うむ。よく分かっているな」

イルミスは微笑んだ。

「アルマーク。君は瞑想で自分の魔力を感じる方法を学んだな」

「はい」

「治癒術では、その方法を相手にも使う。そうして、相手の魔力を感じる」

「セラハの魔力の流れは、感じているつもりでした」

アルマークが答えると、イルミスは首を振る。

「魔力の流れ、などと言っている時点で、まだ足りない。君の場合は特にな。自分の魔力を感じるのと同じようにセラハの魔力を感じたまえ。そうすれば流す魔力の強弱など自ずと分かる」

「自分の魔力と同じように感じる……ですか」

アルマークが戸惑った顔を見せると、イルミスはアルマークの肩を叩いた。

「私のヒントはそこまでだ。あとは自分で解決したまえ」

そう言って、ラドマールの方に戻っていく。

取り残されたアルマークは、セラハの顔を見た。

「ええと、ね。アルマーク」

セラハは困ったように言った。

「傷口を乱暴にっていうのは言葉のあやっていうか……そんなに気にしないで」

「いいんだ」

アルマークは首を振る。

「気を使ってくれてありがとう。でも、君の言うとおりなんだと思う」

そう言って、アルマークは床に腰を下ろした。

「先生の言うように、君の魔力を感じてみたい。君の肩に触ってもいいかい」

「え?」

セラハは戸惑ったように目を瞬かせる。

「いい、けど」

そう言って、自分もアルマークの前に座る。

「ありがとう」

アルマークはそっとセラハの肩に右手を置いて、目を閉じた。

「退屈かもしれないけど、ごめん。しばらく我慢してくれ」

そう言うと、後はセラハの魔力を感じることに集中する。

最初は、ぼんやりとした魔力の流れを感じる程度だった。

さっきもアルマークはその流れに合わせて自分の魔力を流し込んだつもりだったのだ。

違う。これじゃない。

アルマークは思う。

この程度のことは、わざわざ肩に触れなくたって感じ取れる。

セラハに触れている手に、集中するんだ。

先生は、何て言った?

流れじゃない。魔力自体を感じるんだ。

自分の魔力を感じるのと同じように。

僕は、自分の魔力をどう感じていたっけ?

そこまで考えたとき、身体の底の方から自分の魔力が立ち上ってくるのを感じた。

俺たちの出番か。

練られていない剥き出しの魔力が叫んだ。

形を与えろ。俺たちに。

世界に力を及ぼしうる形を。

さあ、早く。

アルマークはその叫びを自分の中で圧殺する。

まだ、お前たちの出番じゃない。

身体の中でまとまりかけた魔力を散らしていく。

お前たちは黙っていろ。こっちの気が散る。

不満そうな叫び声をあげていた魔力の声は、じきに小さくなった。

だが、自分の魔力の感じ方はこれだと分かった。

アルマークはセラハの肩に置いた手をまるで耳のようにして、セラハの魔力の声に耳を傾けた。

聞かせてくれ。

アルマークは心の中でそっと呼びかけた。

セラハの魔力。君たちの声を。

やがて、聞こえてきた声。

耳を通してではない。

手を通して聞こえてきたその声に、アルマークは頷いた。

どれくらいの時間、そうしていただろうか。

アルマークが目を開けると、セラハと目が合った。

「おはよう」

セラハに言われ、アルマークは苦笑いして首を振る。

「寝てないよ」

「だって、ずっと穏やかな顔で目を閉じてるんだもの」

セラハは言った。

「眠ってるのかと思うでしょ」

「ごめん」

アルマークはそっとセラハの肩から手を離した。

「君の魔力の声を聞いていた」

「え?」

セラハが不思議そうに微笑む。

「声?」

「君の魔力は、すごく穏やかだね。話し方も。それに比べたら僕の魔力なんてひどい荒くれ者だ」

まるで荒ぶる北の傭兵のように。

「話し方? ええと、それも何かのたとえなのかな」

セラハは少し困惑した表情を浮かべた。

「魔力の質をそういう言い方で表現してるの?」

「え?」

今度はアルマークが戸惑った。

「ええと」

「ありがとうございました」

ラドマールの声がした。

イルミスに頭を下げているラドマールの姿が目に入る。

今日は、向こうのほうが先に終わってしまった。

「ごめん、セラハ」

アルマークは急いで言った。

「痛いだろうけど、最後にもう一回いいかな。今ならもう少しうまくできそうな気がするんだ」

「いいよ」

セラハは頷いた。

「別に何回だって」

言いながら、痛そうな顔で針を指の腹に刺す。

「ごめん。これで本当に最後にするよ」

「いいよ。練習なんだから」

そう言って、セラハは血の出た指をアルマークに差し出した。

「はい。どうぞ」

「ありがとう」

アルマークは素早く魔力を練った。

手の光をかざし、セラハの傷口の近くを流れる魔力の声を聞く。

まるで平和な村で育った可憐な少女のようなその魔力に、いくら慎重に流し込んだからといって戦場を前にして猛る傭兵のようなアルマークの魔力をそのまま当てれば、それはセラハも乱暴に触られたような不快感を覚えるだろう。

慎重に、とは単にゆっくり流し込むという意味ではない。

この荒々しさをなくす、いやせめて柔らかく包み隠してやるということだ。

アルマークは魔力を、刺々しさを落とすようにして丁寧に流す。

セラハの魔力と自分の魔力がきちんと会話ができるように。

「……できた」

アルマークが顔を上げると、笑顔のセラハと目が合った。

「速さはさっきまでと全然変わらないけど」

「ううん」

セラハは首を振って、指を咥えて舐めた。

「今は、全然嫌な感じがしなかった。アルマークの魔力が、すごく優しくて、心地よく変わってた」

そう言って、傷のない指をアルマークに見せると、セラハは微笑んだ。

「速さよりも、そっちのほうが大事だよ」