軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

その後もアルマークはトルクとの魔法勝負を続けたが、やはりまだ魔法の操作においてはトルクに一日の長があった。

何度かトルクの顔色を変えさせる場面はあったものの、勝利を得られないまま、アルマークは何度も地面に転がされた。

もう何度目になるか分からない激しい攻防の後、鋭い風で足元をすくわれたアルマークは、それでも堪えようとしたが左右から立て続けに強い風で煽られて地面に転がる。

「くそ、うまい」

アルマークは仰向けになって喘いだ。

「またやられた」

「ああ、いい気分だ」

真冬だというのに大粒の汗をかきながら、トルクは笑う。

「お前をこうやって何度も上から見下ろすのは最高だ」

「僕もいい気分だ」

寝転んだままでアルマークは答えた。

「自分に足りないことが、こうやってどんどんはっきりと見えてきて」

「ふん、負け惜しみか」

アルマークの言葉にトルクは面白くなさそうに鼻を鳴らす。

「足りねえところばかりだろうが」

「そうだね。でも、勉強で足りないところが分かるのとは少し感覚が違う」

アルマークは弾んだ声で答える。

「これからそれを克服していくんだと思うと、楽しみで仕方ないんだ」

「そこまで付き合ってはいられねえな」

トルクは腰に手を当てて夜空を見上げた。

「ちょうど20回、お前を地面に転がした」

「数えてたのか」

アルマークは驚いた声を出す。

「当たり前だろうが。何のためにこんなところまで来たと思ってんだ」

トルクは笑った。

「お前の転がるざまは傑作だったぜ。胸のつかえがおりた」

「そうか」

アルマークは微笑む。

「僕だけが楽しんでいたら申し訳ないと思っていたんだ。君も楽しんでくれていたのなら良かった」

「楽しんでるぜ、存分にな」

トルクは満足そうに答えた。

「武術の借りもこれですっかり返したし、自分の勉強もあるからな。俺はもう満足したが、お前はどうだ」

「そうか。もうそんな時間か」

アルマークはむくりと起き上がる。

「楽しいとすぐに時間を忘れてしまう。僕の悪い癖だ」

そう言って、ローブについた土を手で払った。

「それじゃあ次で最後にしよう」

「最後か」

トルクは顎を反らした。

「お前、何か隠してるだろう」

「分かるかい」

トルクと向かい合って立ち、アルマークは微笑む。

「分かるに決まってる」

トルクは口元を歪めた。

目の動き。身体のさばき方。

楽しそうに、思い切りよく自分の魔法を試していたアルマークの動きに、最後の数回は迷いのようなものが見えていた。

何かを試そうとしているのだということはトルクにも見て取れた。

だが、そんなことはトルクには何の関係もない。

中途半端な動きをするアルマークを心置きなく、思う存分叩きのめさせてもらった。

しかし、最後にしよう、と言ったとき、アルマークの目が輝いたのがトルクにも分かった。

「やってみろ。小手先で勝てるつもりならな」

「うん。まあ、やってみるよ」

アルマークは頷く。

鍛えられた身のこなしで、これまでトルクの魔法の殆どをかわしていたが、それでも何度かまともにもらったものもあった。

胸の辺りが少し痛むのは、トルクが言ったように骨が折れているところまではいかないだろうが、内出血くらいはしているのだろう。

逆にトルクは見た目とは裏腹の器用さで、不可視の盾や足元の草をうまく操ってアルマークの魔法をすべて防いでいた。

「今夜はよく寝れそうだ」

トルクはそう言って口元を歪める。

「お前が無様に転がるのを何度も目に焼き付けたからな」

「さて、どうかな」

アルマークは挑戦的に微笑んだ。

「最後の一回で負けて、悔しくて眠れなくなるかもしれない」

「ぬかせ」

トルクが右手をかざす。

気弾の術。

トルクがこの勝負で使う魔法は、全てこれを中心に構成されている。

アルマークももうそれに慣れ始めていた。

空気の圧力をかわしざま、アルマークも腕を振り抜くようにして気弾の術を放った。

トルクの目の前の地面が弾け、土が舞い上がる。

「ちっ」

トルクは距離を取りながら不可視の盾を展開する。

同時に、追いかけてくるアルマークを捕らえるための罠をいくつも張り巡らせていく。

飛び込んでこい。最後は何の術で仕留めてやろうか。

だが、アルマークはトルクとの間合いを詰めなかった。

気弾の術を地面に放ったのは、時間を作るためだった。

試したいことがあった。

霧の術。

アルマークの突き出した両手から大量の霧が吹き出した。

「ぬっ」

今までアルマークが使わなかった魔法を突然見せたことで、トルクが警戒を強める。

たちまち二人の姿を霧が覆っていく。

視界が遮られる直前にトルクが目にしたのは、身を低くかがめて走りだそうとするアルマークの姿だった。

アルマークの身のこなしの異常さはトルクも重々承知だ。

視界のない状態でアルマークを自由にさせるのは危険すぎる。

トルクの両手で風が渦を巻いた。

魔力を大きく込めた風の術。

一気に、強い風を巻き起こして霧を吹き飛ばす。

視界が晴れたその瞬間、トルクは自分の目の前、最初と同じ位置に立って微笑むアルマークを見た。

「てめえ」

何がおかしい。

そう言おうとしたが、言えなかった。

その瞬間、強烈な風がトルクに跳ね返ってきたからだ。

「捉えたよ」

アルマークは言った。

「風の芯を」

風返しの術。

アルマークが使ったのはそれだとトルクにも分かった。

だが、自分の吹かせた風をそのまま返されたにしては威力が強すぎる。

霧どころではない。まるで、自分の身体さえも吹き飛ばされそうな風力。

トルクはそれでも三歩後退って、そこでこらえた。

風に逆らうようにアルマークを見据えて反撃しようとしたとき、アルマークがトルクの足元を指差した。

「出た」

その言葉通り、トルクの左足が光の輪から半歩だけ外に出ていた。

「僕の勝ちだ、トルク」

「ま、今日のところはこれで終わりにしてやるよ」

トルクが意外にあっさりとそう言ったので、アルマークは逆に拍子抜けしてトルクを見た。

「いいのかい。最後に僕が勝ったけど」

「ふん」

トルクは笑う。

「間違って輪から足がはみ出しただけだ。あんなもん、負けたうちに入らねえ」

それから、アルマークを見る。

「あの風返しの術は誰に習ったんだ」

「ノリシュだよ」

アルマークは答える。

「この間の補習で、風の芯を捉える方法を教えてもらったんだ」

ちっ、とトルクは舌打ちする。

「どうりで風が強えわけだ」

「でも、練習ではうまくいかなかったんだ」

アルマークは表情を綻ばせる。

実践場でノリシュと練習を繰り返している時は、とうとう最後まできちんと成功はしなかった。

けれど、今日この輪の中で身体を動かしながらトルクの生きた風を浴びていたら、自分の頭が目まぐるしく回り始めるのがはっきりと分かった。

こうしてみたらどうだろう。

そうか、あれはこのことを言っていたのか。

それなら、こうすれば。

次々にアイディアが生まれ、自分の五感がそれに合わせて開いていくのが分かる。

やはり僕には、こういう実践のほうが性に合っているのかもしれない。

そして最後、霧の術を撒き餌にしてトルクの風の術を呼び込み、その中にある「芯」をはっきりと捉えることができた。

「最後の一回、次はない、と思ったらうまくいった」

アルマークは言った。

「ありがとう、トルク」

「ふん」

肩をすくめ、トルクは身を翻す。

同時に、二人を囲んでいた光の輪が消えた。

「汗が冷える前に俺は帰るぜ」

そう言って歩き出したトルクの目の前の道を、突然ぼうっと淡い光が照らし出した。

点々とはるか先まで続くその光は。

「獣追いの術か」

振り返ると、アルマークが光の中に立っていた。

二人が魔法を競い合った輪の中は、ちょうどその形に強い光を放っている。

「ありがとう、トルク」

アルマークはもう一度言った。

「僕にとって、君はこの光のような存在だ」

「は? 何を言ってやがる」

トルクは首を振った。

「意味が分からねえ」

そう言って歩き出す。

才能のあるやつは好きじゃない。

だが、トルクは時々こうやって自分の現在地を確かめる。

自分がどれくらい離されているのか。

自分がどれくらい追いつかれているのか。

それが分かることで、自分が次に踏み出すべき一歩が見える。

自分の心にも痛みを伴う作業だが、トルクはそれを厭わなかった。

俺は、お前らみたいに二歩も三歩も飛ばさねえ。

トルクは心の中で呟く。

お前らが踏み飛ばしたその一歩に、大事なものが埋まってることだってあるんだぜ。

最後の勝負。

そこにトルクは、アルマークとのどうしようもない才能の差を感じる。

どうせ今夜も悔しくて眠れないだろう。

だが、それは覚悟した痛みだった。

「ああ、そうだ」

言うべきことを思い出して、トルクは最後にアルマークを振り返る。

「明日来るのはセラハだ」

それだけ言うと、トルクはもう振り返らなかった。

アルマークは点々とした光の先にトルクが姿を消すのを黙って見送った。

トルクは、この光のようだ。

それは、アルマークの本心だった。

まっすぐな一筋の光のようにアルマークを導いてくれることはない。

けれど、ところどころ、大事な時にはこうして光を放つ。

進むべき方向をアルマークに示してくれる。

本人はきっとすごく嫌な顔をするだろうけど。

アルマークはその顔を想像して微笑んだ。

ありがとう、トルク。

僕にとって君はそういう存在だ。