軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

獣追い

翌日のこと。

トルクはいつものぶすっとした顔で魔術実践場に入ってきた。

「トルク。来てくれたんだね」

アルマークが声をかける。

「今日はよろしく頼むよ」

トルクは肩をすくめただけでアルマークを一瞥もしなかった。

「イルミス先生」

そう言ってイルミスに歩み寄ると、頭を下げる。

「今日は俺がアルマークの子守をします」

「トルクか」

イルミスはトルクの表情を見て、口元を緩めた。

「まあ、君の好きにやるといい」

トルクは黙ってもう一度頭を下げると、ようやくアルマークを振り返り、大股で彼の方に歩み寄った。

「トルク、よろしく」

近付いてくるトルクにアルマークがもう一度言うが、トルクはそれに答えず壁際で瞑想するラドマールを見た。

「あれが例の、瞑想も満足にできない2年か」

「君も知ってるのか」

「デグとガレインから聞いた」

トルクはアルマークの前で立ち止まると、つまらなそうにラドマールから目をそらして腕を組んだ。

「つっかかってくる元気のいい2年がいるから楽しみにしてろってな。胸倉でも掴んで放り投げてやろうと思ってたら、なんのことはねえ。落ち着いて瞑想してるじゃねえか」

「ああ」

アルマークは微笑む。

「昨日、リルティの歌を聴いたのがよかったんじゃないかと思うんだ」

「リルティの歌?」

トルクは興味なさそうに鼻を鳴らすと、不意にアルマークに向けて右手を伸ばした。

その指が空中で見えない音楽を奏でるように滑らかに動いた。

「うわ」

アルマークは思わず声を上げる。

自分の身体がぼうっと黄色く光ったからだ。

「獣追いの術か」

アルマークは周りを見回す。

入口から今いる場所まで、自分の通ってきたところが全て、淡く光っていた。

獣追いの術。

対象の匂いに色を付けて追跡する魔法だ。

この淡い光はよく覚えている。

アルマークと二人でジャラノンを追いかけた時にトルクが使ったからだ。

「覚えてやがったのか」

そう言ってトルクは手を振った。

アルマークの身体の光が消える。

「もうお前も使えるだろ」

トルクはアルマークを見た。

その目の奥が光っていた。

「ああ」

アルマークは頷く。

「一応は」

ふん、とトルクは笑うと、身を翻した。

「先生、外に出てきます」

トルクはそう言うと、まっすぐ実践場の出口へ歩いていき、そこでアルマークを振り返った。

「ゆっくり100数えろ。それから、獣追いの術で俺を追ってこい」

「分かった」

頷くアルマークを見もせずに、トルクは実践場を出ていく。

扉が閉まる音を聞き、アルマークは心の中でゆっくりと数を数え始めた。

98、99、100。

約束の数まで数え終わったアルマークは、深く息を吸った。

練った魔力を右手に集める。

さっきトルクがやってみせた獣追いの術の発動方法は、彼独特のものだ。

アルマークは授業で習ったとおりに、膝をついて手のひらをさっきまでトルクの立っていた場所にかざす。

トルクの歩き去っていったさまをイメージしながら、魔力をゆっくりと放出していく。

薄く、広く、霧のような魔力が広範囲に広がるように。

そしてその中で、トルクに引っかかる場所だけが光を放つように。

見えない魔力が実践場に充満していく。

やがて、ぼうっと黄色い光が床に浮かび上がった。

光は、まっすぐに出口へと続いている。

「先生、トルクを追いかけてきます」

アルマークはそう言って歩き出した。

「うむ。怪我をしないようにな」

イルミスは答えた。

光は、実践場を出て、校舎の向こうへと続いていた。

前にジャラノンを追ったときはまだ明るい時間だったが、今日はもうとっくに日が落ちている。黄色い光は、あの時よりもはるかにくっきりと、追う相手の行き先を照らし出した。

アルマークは光を踏んで歩くようにして、夜道を進む。

途中、光が途切れそうになるたびにアルマークは獣追いの術をかけ直した。

ジャラノンを追ったときは。

アルマークは思い出す。

トルクは一度も魔法をかけ直さなかった。

だからこそ、アルマークはトルクを振り返ることなく、一心不乱に光を追うことができた。

たった一度の魔法であんなにも長い距離の先、ジャラノンの本体にまで光を届かせてみせたのだ。

やっぱり、トルクはすごいな。

同じ魔法を実践してみて、アルマークにも理解できた。

デグやガレインが“俺の尊敬する”トルクと言うのも分かる気がする。

アルマークの作り出した獣追いの光は、森へと続く道をたどっていたが、途中で不意に脇道にそれた。

茂みの奥の細い道の先まで、光が明滅しながら続いている。

一定しない明るさのせいで、かえって足元が見えづらい。

アルマークは右手を獣追いの術のために残して、左手の掌の上に炎を灯す。

足元は左手の炎が、行く手は獣追いの光が、それぞれ照らしてくれた。

トルクの行き先を示す黄色い光は、迷いなくいくつもの茂みを越えて進んでいる。

アルマークは微笑んだ。

ふて腐れたような顔で夜道をずんずんと進んでいくトルクの姿を想像したのだ。

アルマークもその光の後をたどる。

気づけば、校舎からずいぶんと離れていた。

もういくつ目かになる茂みをくぐり抜けてその先を光に沿って進んだときだった。

不意に、ぽっかりと開けた原っぱに出た。

アルマークが来たことのない場所だった。

学院の敷地には、こんな場所がまだまだたくさんある。

原っぱの中央に、トルクが立っていた。

その身体が、ぼうっと光っている。

アルマークが原っぱに足を踏み入れたのを見ると、トルクはうるさそうに自分のローブを手で払った。

それで、アルマークの獣追いの光は散って消えた。

「思ったよりも早かったな」

トルクは言った。

「お前が来なけりゃ、ここで夜を明かす覚悟で来たんだがな」

「君は迷いのない足取りだったね」

アルマークは答える。

「君のように一度でここまでたどり着くことはできなかった。何度か魔法をかけ直したよ」

「イメージが貧弱なんだ」

トルクはあざ笑うように言った。

「魔力を、薄く広がるようにしかイメージしてねえんだろう」

「違うのかい」

アルマークは目を見開く。

トルクの足取りを照らしていた黄色い光が消え、二人を照らすのはアルマークの灯の術の炎だけになった。

「違うに決まってる」

トルクは声を出して笑った。

「薄く広げた魔力を、最終的には追っていた相手の身体の上で収束させる。そのイメージがなけりゃあ魔力はどこまでも薄まっていって消えるだけだ」

「そういうことか」

アルマークは頷く。

「拡散した後は、収束させるのか」

「ふん」

トルクは鼻を鳴らして両手を広げた。

「最初は、どこに消えたか分からねえ相手の向かった方向を探るために、広く薄い魔力を張る」

魔力を張る。

トルクは独特な表現をした。

「だが、相手が最初に進んだ方向さえ分かっちまえば、そっから先はどっちに曲がるかだけだ。最初と同じように魔力を広く薄く張る必要なんてねえ」

「そこからは、収束させるのか」

「行ったと予想される方向に、魔力を絞り込んでいく。そうすりゃあ、魔力は遠くまで届く」

「なるほど」

アルマークは頷いた。

理に適っている。

この魔力の使い方は、ほかにも応用がきくかもしれない。

「勉強になるよ」

「と、まあそんなところで」

トルクの声の調子が変わる。

「先生ごっこは終わりだ」

「先生ごっこ?」

アルマークは微笑んでトルクを見た。

「どういうことだい」

「実践場にいたんじゃ、イルミス先生の目があるからな。無茶はできねえ」

トルクの目が、アルマークの炎を映して光る。

「だから、わざわざこんなところまで来た」

その右手が、不意にアルマークに向けてかざされた。

何かが放たれた気がして、アルマークはとっさに身をよじった。

見えない圧力のようなものが顔をかすめて、アルマークの髪を揺らす。

「さすがに勘がいいな」

トルクは笑った。

だが、その目が全く笑っていないことにアルマークは気付いていた。

「君が普通に魔法を教えてくれるとは僕も思っていなかったよ」

アルマークは言った。

「ここで何をするつもりなんだい」

「ふん。お前もまあ、それなりに魔法が使えるようになってきたみてえだからな」

トルクは低い声で言った。

「俺が力を測ってやるよ」

その顔が炎に照らされて凶暴に歪む。

「魔術師同士の勝負でな」

「勝負か」

アルマークは微笑んだ。

「いいね。僕はその言葉が好きだ」

「抜かせ」

トルクは地面に唾を吐く。

「武術のようにはいかねえ。尻尾を巻くなら今だぜ」

「いや」

アルマークは首を振った。

「やろう、トルク。君の胸を貸してもらう」

「後悔するなよ」

トルクは口元を歪めて笑う。

「ま、後悔する頃にゃ、あばらの一本や二本、折れてるかもな」