軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

浮遊

昼休みの時間をまるまる使ったにも関わらず、結局は昨日ピルマンに聞いたのと同じ程度の情報しか手に入らなかった。

始業の鐘が鳴ったというのに、一向に構わず楽しそうにじゃれ続けるコルエンたちに手を振り、「お前ら、もう授業だぞ。いい加減にしろ」というルクスの怒鳴り声を背にアルマークは3組の教室を出た。

ピルマンは、下級生はあてにならないと言っていたけれど、今の様子だとまだ下級生から話を聞くほうがましかも知れない。

とりあえず、放課後にイルミス先生に報告だ。

アルマークはそう決めて、2組の教室に戻った。

「なるほどな」

アルマークの話を聞いたイルミスは、何かを考えるように顎に手を当てた。

「君の話だけではなんとも言えんが、確かにいい感じはしないな」

「はい」

アルマークは頷く。

「黒いローブというのが、特に」

「ふむ」

否定も肯定もしないイルミスに、アルマークは尋ねる。

「先生はどう思われますか。黒いローブというのは、闇の魔術師がまとうものではないんですか」

「そうとも限らない」

イルミスは首を振る。

「ローブの性質にもよるがね。闇と関係なくても黒いローブをまとう魔術師はいるし、その逆もまたしかりだ。君とウェンディの前に現れたとき、ライヌルがまとっていたのは確か」

「灰色のローブでした」

アルマークは答えた。

そうだ。

闇の魔術師ライヌルは、今のイルミスと同じ灰色のローブをまとっていた。

「じゃあ、黒いローブについてはそんなに心配しなくてもいいんですか」

「闇とは、すなわち暗黒のことだ」

イルミスは言った。

「黒という色が闇と相性がいいのは事実だ。気をつけるに越したことはないだろうな」

放課後。魔術実践場。

壁際ではラドマールがいつものように難しい顔で瞑想をしている。

アルマークは実践場の中央でイルミスと声を潜めて話していた。

今日教えに来てくれる予定のデグの姿はまだない。

「学生同士の噂話というのは、なかなか教師の耳まで届かないものだ」

イルミスは言った。

「こうして教えてくれるのは、実に助かる」

「いえ」

アルマークは首を振る。

「僕も心配になったものですから」

「目撃された場所は、校舎から寮への道と言ったね」

「はい」

アルマークは頷き、付け加える。

「それと、森でも見た生徒がいると」

「森か」

イルミスは腕を組んだ。

「漠然と森とだけ言われても範囲が広すぎるな。とりあえず、今は寮への道を清めてこよう。学生が寮へ帰る時に何かあってはいけないのでな」

イルミスはそう言って、アルマークの肩を叩いた。

「この話については私も調べてみよう。君は積極的に調べる必要はないが、もし他に何か分かったら教えてくれ」

「はい」

アルマークは頷く。

「何かあったらすぐに私に知らせるように。試験前だからな。君には無茶な冒険をしている余裕はないぞ」

「分かっています」

神妙に頷くアルマークを見て、イルミスは少し笑う。

「君も、事が起きる前はこうして素直に私の言うことを聞くのだがな。いざとなるとそれに反して衝動的に動く傾向がある」

「すみません」

「まあいい」

イルミスは優しい目で笑った。

「私は君を信じている。君は、君自身の感覚を信じたまえ」

それから、ラドマールに目をやる。

眉間に皺を寄せて瞑想しているラドマールの姿に、イルミスはアルマークを振り返り、

「もう少しやらせておこう」

と言うと、実践場の出口の方へと歩き出した。

「道を清めたら戻る。今日来るのはデグだったかな」

「はい」

「しっかり教えてもらうといい」

イルミスが扉を開けて出ていくと、そのすぐ後に、入れ替わりのようにしてデグが入ってきた。

「あれ、イルミス先生が出ていったけど」

訝しげにそう言いながら、アルマークに歩み寄ってくる。

「もしかして、今日は補習は無しかい」

「いや、あるよ」

アルマークは答えた。

「先生は校舎と寮の間の道を清めてくるって」

「清める? ふうん、そんなことも先生の仕事なのかい」

デグはそう言って頭を掻く。

「ええと、じゃあ俺はどうすればいいのかな」

「僕に魔法を教えてくれるんだろ、デグ」

アルマークは言った。

「今日はよろしく頼むよ」

「ああ、そりゃもちろん」

デグは照れくさそうに言う。

「俺が教えるのはこんなことだけど、いいのかい」

言いながら腕を伸ばすと、その動きに合わせて実践場の隅に積まれた石が空中に浮いてアルマークたちの目の前に飛んでくる。

デグが腕を下ろすのと同時に石も床に落ちた。

大きな音が響き、ラドマールが目を開けて舌打ちする。

「物体浮遊の術だね」

アルマークは言った。

デグの得意とするこの魔法には、アルマークも助けられたことがあった。

夜の森で闇の魔人ボラパと戦ったとき。

ボラパの放った炎の蛇に危うくのまれそうになったアルマークの命を救ったのは、彼の身体を一気に引き寄せてくれたウェンディの物体浮遊の術だった。

「僕の命の恩人みたいな術だ」

アルマークはデグの落とした石を拾い上げる。

「僕もこの術をしっかり使えるようになって、いつか誰かの命を救うよ」

「アルマークは立派だな」

デグはそう言ってにやりと笑う。

「俺は、この術で誰かの命を救うなんて、そんな事考えたこともなかったけど」

デグがまた腕を伸ばし、同じくらいの大きさの石をもう一つ、浮かせて運んでくる。

「でも、そんなことを考えるアルマークはやっぱりかっこいいな」

デグがまた床に落とす寸前で、アルマークはその石を手で受け止めた。

「デグ、気を付けて」

アルマークは言った。

「ラドマールが瞑想してるからね。大きな音は迷惑になる」

「ああ」

デグは今気が付いたように壁際の下級生を見る。

「もう一人いたのか」

「そうなんだ」

アルマークはそう言って石をデグに手渡す。

「だから、静かにやろう」

「難しい顔で瞑想してるな」

デグはラドマールの表情を見て、またにやりと笑う。

「かっこいいな」

「かっこいいのかい」

意外な言葉に、アルマークはデグの顔を見る。

「ああ」

デグは頷いた。

「あんな顔でやってるってことは、苦しいんだろ。瞑想するのが辛いんだ」

「うん。そうかもしれない」

「苦しくて辛いのに、それでもずっと続けてるのは、かっこいいじゃないか」

意表を突かれた気がして、アルマークは目を瞬かせる。

「そういう考え方もあるのか」

「だって俺と真逆だからね」

デグは相変わらず真剣なのかふざけているのか分からない表情で言う。

「俺が浮遊の術が得意なのは、ほら」

そう言いながら、デグは右手を開いて壁際の木箱に向ける。

たくさんの石が詰まった木箱は相当の重量のはずだが、ふわりと軽やかに宙に浮く。

「面倒なんだよ、あそこまで歩くのが」

デグはこともなげに言った。

「ここにいるまんまで、物の方からこっちに来てくれたら最高じゃないか」