軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

黒いローブの男がいる。

一人で、暗がりを歩いている。

その噂は、数日前から学生たちの間にじわじわと広まっていた。

授業が終わって寮へ帰る途中の茂み。その薄暗がりの向こうに。

少なくなった薬草を採集するために入った森の木の陰に。

黒いローブ姿の男がちらりと見える。

男は別に何をするわけでもない。

目撃された姿の多くは、歩き去る後ろ姿やふと通りかかった風情の横姿。

あっと思ったときにはその姿は消えているのだという。

僕はクラスでも影が薄いから、と自虐的に言って得意の姿消しの術を教えてくれた補習の後の帰り道で、ピルマンがアルマークにそんな噂があると教えてくれた。

「黒いローブ」

アルマークは顔をしかめる。

黒いローブには、あまりいい思い出はなかった。

武術大会の日、寮に侵入してきた銅貨と銀貨の魔術師。

彼らがまとっていたのが黒いローブだった。

「なんだか闇の魔術師みたいじゃないか」

「怖いこと言うなよ」

ピルマンは肩をすくめる。

「闇の魔術師が、そんなに堂々と学院の中をうろつけるもんか」

「それはそうだけど」

だが、ライヌルの例もある。

アルマークは心配になって周囲の暗がりに目を配る。

冬の濃い闇の中には、何の姿も見えなかった。

「先生たちはこの話を知ってるのかい」

「さあ」

ピルマンは首をひねる。

「どうせ学生の噂だからね。何かあったわけでもないし、取り合ってくれないんじゃないか」

「それでも一応は言っておいたほうがいいと思う」

アルマークはそう言って腕を組んだ。

「あまりいい感じがしない」

「そんなに心配なら、直接聞いてみればいいじゃないか」

ピルマンの言葉に、アルマークは眉を上げる。

「誰に?」

「その黒いローブの男を見たやつに」

「誰が見たのか、知ってるのかい」

「ああ」

ピルマンは頷いて、口を開こうとする。

と、その姿が不意にかき消すようにして消えた。

「ピルマン」

アルマークは苦笑して、ピルマンのいた辺りに腕を伸ばす。

「認める。本当に君の姿消しはすごいよ」

「あれ」

ピルマンが決まり悪そうに姿を現す。

「もっとびっくりすると思ったのにな」

「さっきあれだけ君の姿消しを見せられたんだ、さすがに驚かないよ」

アルマークは微笑む。

姿消しの術は、術者や術をかけられたものがあたかも姿を消したかのように見えるが、実はそうではない。

直接身体に魔力を注ぎ込んでその姿を消してしまうのは、危険な別の高等魔術だ。

姿消しの術によって物の姿が消える現象を起こしているのは、対象の周囲にぴったりと張り巡らされた魔力だ。

魔力で見る者の視界を歪ませて、対象を見えなくさせる。それによって姿を消したように錯覚させる。

だから、対象が動くならそれに合わせて魔力も動かさないといけない。

アルマークも石などの動かないものなら消すことはできたが、自分や他の誰かにかけるとなると、少し動くたびにすぐに魔力が乱れ、姿が現れてしまっていた。

今日はピルマンからそのあたりのコツを教えてもらっていたのだが、こうして普通に歩きながら自然に姿を消すピルマンの技術はやはり生半可なものではない。

「黒いローブの男を見た人は何人かいるらしいけど」

ピルマンは言った。

「下級生はあまりあてにならないからね。3年生に絞れば、見たって名前が挙がってるのはエストンとキリーブの二人だよ」

「エストンとキリーブ」

アルマークはピルマンの言葉を繰り返す。

「二人とも3組の男子だね」

「そう。それに二人とも貴族で、気取った感じの奴らだよ」

ピルマンは顔をしかめた。

「僕みたいな農民出は完全に見下されてるからね。あんまり好きじゃない」

「なるほど、ありがとう」

アルマークは微笑んだ。

「明日にでも彼らから聞いてみるよ」

「君はそういうところ、全く物怖じしないんだね」

ピルマンは感心したような呆れたような顔を見せる。

「そういうところが、デグからもかっこよく見えるのかな」

「デグ?」

「そう、明日の補習にはデグ先生が行くからね」

ピルマンは冗談めかして言った。

「しっかり勉強してよ」

「デグか。分かった」

黒いローブの男のことは、明日、デグの補習の前にでも、イルミス先生に報告しておこう。

アルマークは思った。

翌日の昼休み。

3組の教室に入ってきたアルマークを見て、机に足を載せてポロイスと話していたコルエンが嬉しそうな声を上げた。

「アルマークじゃねえかよ」

その声が大きくて、教室中に響き渡ったので、アルマークはみんなの注目を集めることになった。

コルエンは周囲の視線などお構いなく、アルマークに話しかけてくる。

「どうしたんだよ、珍しいな。俺に用か」

「いや、君じゃない」

アルマークがあっさり首を振ると、コルエンはあからさまにがっかりした顔を見せた。

「なんだよ、違うのか」

アルマークは教室を見回すが、エストンの姿はない。

「エストンはいないのかい」

そう言うと、コルエンが目を丸くする。

「エストン? エストンに用があるくらいなら、俺にだって用があるだろ」

「エストンは今いないな」

コルエンの隣でポロイスが冷静にそう口を挟んだ。

「彼に用があるのなら、僕から伝えておくが」

「ちょっと聞きたいことがあってね」

アルマークはポロイスに向き直る。

「それなら、キリーブはいるかい」

「キリーブ?」

コルエンがまた声を上げる。

「なんであいつらなんかに用があって、俺にないんだよ。俺のほうが絶対面白いぞ」

「アルマーク、君はキリーブと面識があったかな」

ポロイスは首をひねりながらも、窓際の席に固まっている男子のグループに声をかけた。

「キリーブ! 2組のアルマークが君に用があるそうだ」

「僕に?」

眉をひそめて立ち上がったのは、険のある表情をした男子生徒だ。

「アルマーク……ああ、呪われた剣士役の」

そう言って、怪訝そうな顔でアルマークに歩み寄る。

「僕に何の用だ」

「君が、学院の中で今噂になってる黒いローブの男を見たって聞いたんだ」

アルマークは言った。

「それについて詳しく教えてくれないか」

「断る」

キリーブは肩をすくめる。

「どこから聞いたか知らんが、見ず知らずのお前に話すようなことは何もうぐっ」

冷たい表情でアルマークの言葉を拒絶しようとしたキリーブの首を、コルエンの長い腕が後ろから締め付けた。

「おいおい、本当に面白そうな話じゃねえかよ」

コルエンは満面の笑顔で言う。

「俺にも聞かせろよ、キリーブ」

「お前には、関係ない、だろう」

キリーブは苦しそうにもがきながら、それでもなお突っぱねたが、コルエンの容赦ない締め付けに顔色がどんどん赤黒くなっていく。

「コルエンの性格は知っているだろう、キリーブ」

ポロイスが冷静に言った。

「意識を手放す前にアルマークの質問に答えてやれ」

「くそ」

キリーブが呻く。

「分かったから放せ、この馬鹿力め」

「最初からそう言やいいんだ」

コルエンはキリーブを解放すると、満面の笑顔でアルマークを見た。

「試験前だってのに、なんだか楽しくなりそうじゃねえか」