軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

スープ

不安そうなザップを心配ないと励まし、別れた後で、アルマークは寮の談話室を覗いた。

案の定、モーゲンとバイヤーが隅の方でごそごそしている。

「モーゲン」

アルマークが声を掛けると、モーゲンは顔を上げた。

「やあ、アルマーク」

「ちょっと相談したいことがあるんだ。いいかな」

「いいとも」

モーゲンはバイヤーに手を振って、アルマークの方に歩み寄ってくる。

「どうしたんだい。またウェンディのこと?」

そう言ってから、ふと不審そうな顔をする。

「あれ、そういえば今日はずいぶん早いね。イルミス先生の補習は?」

「それがね」

アルマークは近くの椅子に腰掛け、モーゲンに今日の補習の顛末を話して聞かせる。

「なるほどね」

モーゲンは頷いた。

「僕も、イルミス先生の意見に賛成だな。最近の君はちょっと自分を追い込みすぎている感じがしてたから」

「心配してくれてありがとう」

アルマークは答える。

「でも、とにかくやらなきゃいけないことが多すぎて。睡眠を削るしかないんだ」

「一日二日ならそれでもいいけどね」

モーゲンはイルミスと同じことを言う。

「今からこのペースで追い込んでいったら、いくら君でも、試験までに身体を壊すよ。それに、勉強したことはしっかり食べてしっかり寝ないとちゃんと身体に染み込まないよ」

「そういうものかな」

「まあ、僕の成績で偉そうに言うことじゃないけどね」

モーゲンはそう言ってにこにこと笑う。

「とにかく、君は根を詰めすぎだよ。確かに、そうしたい気持ちも分かるけど」

そう言って、ちらりと心配そうな顔をした。

「君とウェンディが世界の命運を握ってるみたいな話をされた後じゃね」

「うん」

アルマークは頷いた。

「イルミス先生にも、それが原因だって言われたんだ」

学院長室でヨーログから話を聞いて帰った夜。

アルマークとウェンディは、モーゲンを訪ねて二人の背負わされたものの話をした。

ウェンディの「門」としての運命。

アルマークの持つ「鍵」と、その所有者としての運命。

モーゲンは目を丸くして二人の話を聞いたあとで、良く分からないけど、と言った。

「とりあえず、君たちが今すぐどうこうなっちゃうって話じゃないんでしょ」

それから、色とりどりのお菓子をテーブルに並べて、にこりと笑った。

「じゃあ食べようよ。どのお菓子もおいしいよ」

しっかり食べてさ、とモーゲンが言い、アルマークはその語尾が微かに上擦ったのに気付いた。

「それで、明日から頑張ればいいよ。僕は、二人ならきっと大丈夫だと思うな」

「うん」

アルマークとウェンディは、顔を見合わせて頷いた。

「ありがとう、モーゲン」

「いただきます」

「うん。遠慮しないで食べて」

モーゲンは言った。

それから、はっと気付いていくつかのお菓子を手元に引き寄せる。

「あ。でもこのお菓子だけは貴重だから少し遠慮して」

「アルマーク、聞いた? これがいいって。みんなもらっちゃおう」

ウェンディがいたずらっぽくそのお菓子に手を伸ばすと、モーゲンは慌てた声を出した。

「一個。それだけは一個ずつ」

「冗談よ」

ウェンディが笑い、アルマークもつられて笑う。

モーゲンは、遠慮しないでと言った割に、二人がお菓子を選ぼうとするといちいち心配顔で口を出すので、そのたびに3人で笑い合った。

夕食をしっかり食べたはずのモーゲンも結局一緒にお菓子を食べ始め、3人で笑いながら他愛もないことを話しているうちに、いつしかアルマークの心は軽くなり、ウェンディの表情も明るくなっていた。

しかしアルマークは、モーゲンが内心の動揺を隠して努めて明るく振る舞ってくれたことに気付いていた。

本当は、僕たち二人と同じように暗い顔で、いったいこれからどうなっちゃうんだろうね、と言いたかったはずなのに。

けれどモーゲンは、不安を共有する代わりに笑顔とお菓子を分けてくれた。

そこに、アルマークはモーゲンの強さを見た。

自分の持つものとはまた種類の違う、暖かい強さを。

「でも、ウェンディは僕と違ってそこまで追い詰められてない感じがするけどな」

アルマークは、今日の教室でのウェンディの様子を思い出して、言った。

「もちろん、魔法の実力は僕とは比べ物にならないし、余裕があるのかもしれないけど」

それでも、あの日背負わされたものはウェンディのほうが大きかったのに。

「そうだね」

モーゲンは頷く。

「確かに卒業試験なんだけど」

モーゲンはそう言って、アルマークを見た。

「ほら、僕たちにとってはこれってもう6回目の試験になるんだよね」

モーゲンの指摘に、アルマークははっとする。

「僕らはもうこの学院での試験自体に、割と慣れてるんだよ。もちろん、毎回嫌なものは嫌だけどね。でもアルマークは今回が」

「まだ2回目だ」

アルマークは答えた。

「そうだね。そういう経験の差ってあるのかもしれない」

そう言って、モーゲンを見る。

「今から無理しても、もたないか」

アルマークは小さくため息をついて頷いた。

「経験者の言葉には素直に従うべきだね」

「うん。そうしなよ」

モーゲンは頷き、それから訝しげな顔をする。

「ええと、これって何の話をしてたんだっけ」

「ああ、そうだ。君に聞きたいことがあったんだ」

アルマークは肝心な話を思い出す。

「実は、おいしいスープの店を教えてほしいんだ。そんなに高いところじゃなくて、僕らのお小遣い程度で行けるところ」

「おいしいスープ」

モーゲンが目を丸くした。

「君からそんな言葉が出るなんて」

「いや、まあ」

アルマークが困った顔をすると、モーゲンは真剣な顔で言う。

「さすがに僕も、君の好きな薬湯みたいな味のスープを出す店は知らないよ」

「うん、それはもちろん」

アルマークは頷く。

「君の味覚で、おいしいところでいいんだ。僕にはどうせ分からないから」

「ウェンディと行くのかい」

「いや、行くのは僕じゃなくて」

アルマークは首を振る。

「ザップに教えてあげるんだ」

「ザップ?」

「うん。フィタと一緒に行けそうなところを」

「事情は良く分からないけど」

モーゲンは首をひねる。

「女子と一緒なら、あんまり匂いがきつくないところがいいよね」

「そういうものかい」

「僕の最近のお薦めで、珍しい魚のスープを出すお店があるんだけどね。味はものすごくおいしいんだけど、すごい匂いがまる一日身体に染み付いたまま抜けないんだ。そういうのは女子って嫌でしょ」

「うん。僕も嫌だな」

アルマークは素直に頷く。

「あんまり珍しいのじゃなくていいよ」

「じゃあ、あそこかあそこかな」

モーゲンは楽しそうに考え始める。

「ザップとフィタか。二人とも僕のお菓子を喜んで食べてくれたよね」

「うん。そうだったね」

「ラドマールは一緒じゃないのかい」

「ラドマールは」

アルマークは、今日の魔術実践場でのラドマールの悲鳴を思い出す。

「補習で、それどころじゃないかな」

「イルミス先生が見てるんだもんね。ちょっとやそっとじゃさぼれないか」

モーゲンも頷く。

それからモーゲンは、いくつかのスープのおいしい店をアルマークに教えてくれた。

「アルマークも気分転換に、ウェンディを誘って行ってみるといいよ」

そう言って、モーゲンは手を振ってまた談話室の隅でごそごそしているバイヤーのところに戻っていった。