軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

風の音。

暗転したままの舞台から、風の吹く音が聞こえてきた。

アルマークとウェンディの別れの場面からすすり泣く声の止まなかった観客席が、その音に意識を呼び戻されたかのように徐々に静かになっていく。

それと入れ替わりに、今度は風が木々を揺らす音が聞こえてきた。

舞台に明かりが灯る。

捻じくれた杖を持つ、黒いドレスの女が舞台に立っていた。

森の魔女セラハ。

セラハは目を閉じて、風の音に耳を澄ますようにしてしばらく黙っていたが、やがて目を開けた。

「……そう」

セラハは言った。

「アルマークは死んだのね」

風の音が一瞬弱まる。

「頼りにならない男」

つまらなそうにそう言うと、また風の音が強まる。

「そして、騎士が来るのね」

セラハは頷く。

「最強の剣士アルマークを打ち倒した勇敢な騎士が、私の前に」

セラハはこらえきれなくなったように、声を出して笑った。

「楽しみだわ」

ネルソンとノリシュがゆっくりと舞台に登場すると、客席から大きな拍手が上がった。

「ネルソン頑張れ!」

客席からそう叫んだのは、ネルソンの父ではなかった。

アインが苦虫を噛み潰した顔をする。

「静かに見ろ、フィッケ」

「いや、だってネルソンに頑張ってもらわねえと」

フィッケが先ほどの場面で泣き腫らした真っ赤な目を舞台から離さずに答える。

「王国の平和が。アルマークとウェンディの思いが」

そう言いながら思い出したように涙を拭うフィッケを、アインは呆れたように見た。

「分かった。もういい」

首を振ってそう言ったのは、なにもフィッケに呆れたせいばかりではない。

客席から、フィッケの後を追うように次々と声援が上がったからだ。

アインはため息をついて懐を探ると、ハンカチをフィッケの膝の上に投げて渡す。

「そんなに泣くならハンカチくらい持っておけ」

「ありがとよ、アイン」

言いながらフィッケが盛大に鼻をすすった。

「でも俺だって、まさかこんなに泣くなんて思わねえからさ」

「分かった分かった」

アインは面白くなさそうに舞台に目を戻したが、ふと思い出したように口元を緩めた。

「だが、まあ」

その呟きは、隣のフィッケにも届かなかった。

「確かに頑張ったな。あの鍛冶屋の息子も」

「おう、ネルソン元気そうだな」

ネルソンの登場にコルエンが嬉しそうな声を上げた。

「心配してたけど、大丈夫みたいだな」

その言葉に隣のポロイスも頷く。

「ああ。あのアルマークとあれだけ派手に打ち合えば疲労も尋常ではないだろうからな」

「ん? ああ、まあ確かにそれもあるけどな」

コルエンは腕を組む。

「さっき、舞台からはけるとき、ちょっと動きがおかしかったからよ」

そう言って、ネルソンの立ち姿を目を細めて見る。

「怪我でもしたかと思ったんだがな。今は戻ってる」

「怪我?」

ポロイスが顔をしかめる。

「僕は気付かなかったな。君はウェンディばかり見ているのかと思ったが。存外、よく見ているものだな」

「ウェンディは可愛い」

コルエンは笑って認めた。

「だけど目の前であんないい立ち回り見せられちまったら、ウェンディも目に入らねえよ」

ポロイスは薄く笑った。

「ほら。だから言ったろう」

「何を」

「君は結局、女子よりも戦いが好きなんだ」

「あー、それはまあ」

コルエンは珍しく真面目な顔で頷いた。

「確かに否定はできねえな」

ネルソンとノリシュは、まだセラハからだいぶ離れた位置で足を止めた。

「あれに見える黒いドレスの女」

「はい」

ノリシュが頷く。

「精霊のバイヤーさんが言っていたのと同じ姿です」

「うむ」

ネルソンは剣の柄に手をかけた。

「どうやらあれが魔女に違いない。ノリシュ殿、気をつけろ」

「はい」

ノリシュが頷いた時だった。

ネルソンたちの方を見てもいないセラハが、不意に右手をそちらにかざした。

「いかん」

ネルソンがノリシュの前に立ちはだかり、剣を抜く。

次の瞬間、セラハの手から青く光る氷の渦が放たれた。

観客席が大きくどよめくほどの派手な魔法。

氷が舞台全体を覆うほどに広がってネルソンたちを襲う。

だが、ネルソンが七色に光る剣をひと振りすると、渦は大きな音を立てて二つに割れた。

「いいぞ、ネルソン!」

客席から声が飛び、拍手喝采。

氷が床に落ちると同時に煙のように消え去ると、セラハが初めてネルソンたちの方を見た。

「あら」

セラハは目を見張った。

「その剣の光は」

「魔女セラハよ」

ネルソンは剣を高々と掲げ、声を張り上げた。

「我が名はネルソン。ガイベル王国の騎士なり」

そう言って、剣をセラハに向ける。

「王命により汝を討ち果たす」

だがセラハの意識は、ネルソンの名乗りではなくその剣の光に集中しているようだった。

「そう、あの老木が力を貸しているのね」

セラハは忌々しげに顔を歪めた。

「こざかしいこと」

「これは精霊王ウォリスの加護の光」

ネルソンは言った。

「魔女よ、もう貴様の魔術は通じぬぞ」

そう言って、セラハに一歩近づく。

「観念しておとなしく返すがいい。貴様の奪った王妃の笑顔を」

「通じない、ですって」

魔女が薄く笑った。

顔は笑っていたが、ぞっとするような迫力。

杖を構えることもなく、ゆっくりとネルソンに近付いていく。

「もう一度言ってみなさい。私の魔術が、何ですって?」

ネルソンは答えず、セラハが歩み寄ってくるのを、腰を落として待ち構えた。

「言いなさい」

セラハが歩きながら、右手を乱暴に突き出す。

その手が青い光を帯びた。

「私の魔術が何ですって?」

その手から、再び氷の渦が放たれた。

今度は先ほどよりも大きい。

氷の先端が舞台の天井に届きそうなほどの大きさだった。

きゃあ、と客席から悲鳴が上がる。

「むん」

ネルソンは恐れる気配も見せずに大きく剣をひと振りした。

光が躍る。

巨大な氷の渦が二つに裂けると、その間をネルソンが走った。

セラハとの距離を一気に詰める。

その瞬間、床から氷がうねりながら噴き出すようにして現れた。

氷はネルソンの両足に絡みつき、その身体を駆け上る。

「ぬっ」

もちろん演出による視覚効果で、実際にネルソンの足が凍りついたわけではないが、その光景に客席からまたも悲鳴が上がる。

「私の魔術が、何ですって?」

セラハはもう一度言った。

その顔が残虐な笑みで歪む。

「言ってみなさい。騎士……なんといったかしら」

ネルソンは足を動かそうとするが、氷はびくともしない。

「ネルソン様」

ノリシュが悲痛な叫びを上げる。

それを見てセラハが酷薄な笑みを浮かべた。

「女連れで、のこのこと来たのね。大層なご身分だこと。二人とも仲良く氷の柱にしてあげるわ」

セラハの手が、再び青く光る。

「おやすみなさい、愚かな騎士」

再び放たれる、氷の渦。

だがそれはまたもネルソンの剣によって断ち切られる。

「往生際の悪い」

セラハが呆れたように言った。

「足だけじゃ満足しないのね。じゃあ次は腕ね」

そう言って右手をかざしたときだった。

氷の割れる、甲高い音。

それはネルソンの足に絡みついていた氷が、音を立てて砕け散った音だった。

「氷を無理やり割ったの」

セラハが眉をひそめる。

「あなたの足も無事では済まないわよ」

しかしネルソンは気に留めた様子もなく、身体を乱暴に揺すって氷の破片を落とした。

「目指す魔女まであと数歩」

ネルソンは笑った。

「足など、そこまで動けば良い」

「……そう」

セラハは右手を下ろした。

「やっぱりアルマークが負けたのも偶然というわけではないのね」

そう言って、ようやく興味を持ったようにネルソンに問いかけた。

「あなたの名は、騎士……なんだったかしら」

ネルソンは、剣を構えたまま、律儀に名乗る。

「我が名は騎士ネルソン。アモル王を守るひと振りの剣よ」

王の名を聞くと、セラハが顔をしかめた。

だがネルソンは構わず続ける。

「アモル王への揺るぎない忠誠とレイラ王妃の笑顔のため。魔女セラハ、貴様を倒す」

「アモル王への忠誠、ね」

セラハは頷く。

それからゆっくりと、ねじくれた杖を構えた。

「それなら遊びはここまでね。試してあげるわ」

セラハの目に、暗い情念が宿っていた。

「あなたのアモル王への忠誠とやらを」