軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

呪い

「リルティ。そなたではダメなのだ」

アモル王は苦しそうに言った。

「そなたの笑顔も美しい。だが、それではデミガル王は納得せぬだろう」

「どうしてですか、父上」

リルティ王女が食い下がる。

「どうして私ではダメなのですか」

「レイラ王妃の笑顔が見たいなど、口実に過ぎぬからです」

アモル王の代わりに、大臣のピルマンが答えた。

「デミガル王は宴での屈辱を口実に、我が国に戦を仕掛けるつもりなのです。そして、ムルボードの軍勢は強い」

ピルマンはそう言いながら、王たち3人の周りをうろうろと動き回る。

「ムルボードは貧しく過酷な国ですが、それゆえに兵士は一人ひとりがよく鍛えられている。まともに戦えば我が国に勝ち目はありません」

「そんな」

リルティ王女が悲痛な声を上げる。

「それでは、母上が笑えぬことが最初から分かっていてその笑顔が見たいなどと言ったのですか。なんて卑劣な」

「だが、それが策略だと分かっていても、どうすることもできぬ」

アモル王は悔しそうに言った。

「レイラは笑うことができぬのだから」

ここまでの会話の間中、レイラはずっと無表情に前を向いていた。

自分のことが話し合われているにも関わらず、冷たい氷のような美しい表情を微塵も崩すことなく、観客席の奥の一点を見つめていた。

だからレイラが口を開いたとき、観客の一部は作り物の人形が動いたと思って目を疑ったほどだった。

「王」

レイラのよく通る澄んだ声が、講堂に響き渡った。

その一言で観客全ての注目を集め、その場の空気を支配する、別格の魅力がレイラにはあった。

「私が笑えないのは、呪いのせいなのです」

レイラは言った。

「北の森に住まう邪悪な魔女が、私に呪いをかけたのです」

「そ、それは」

ピルマンが狼狽える。

「初耳ですぞ、王妃」

「私もだ」

アモル王も頷く。

「どういうことなのだ、レイラ」

レイラは、表情を変えない。前を向いたまま、アモル王にもピルマンにも視線を向けない。

「あれは、私があなたに嫁ぐ数日前のことでございました」

絶妙のタイミングで、デグが舞台を暗転させる。

再び照明が舞台の右側を照らすと、レイラがたった一人、客席に背を向けて立っていた。

その衣装がいつの間にか変わっている。

実際は服の色合いを魔法で変えて見せているだけだが、客席からはまるで別の服に着替えたように見えただろう。

「レイラ様、まだでございますか」

舞台の袖からレイラを呼ぶ明るい声。

「ちょっと待ってね、ノリシュ。もう少し」

そう答えるレイラの声は、さっきの冷たい声とはまるで別人だ。

幸せそうな、明るい声。

レイラは客席に背を向けたまま、舞台外のノリシュと華やいだやり取りを続ける。

その声には結婚を間近に控えた浮き立つ気持ちが溢れていて、背を向けたままのレイラはきっと美しい笑顔をしているに違いない、と見ている者の想像を膨らませる。

フィッケなどは自分の席からどうにかレイラの顔が見られないものかと身体をよじって角度を付けようとしていたほどだ。

だがレイラは決して笑顔を客席には見せない。

そこに、不意に禍々しい気配が立ち込めた。

突如レイラの隣に黒いドレスの女が現れたのだ。

おお、と客席がざわめく。

全身から魔力を発散せんばかりにして立つその女こそ、北の魔女セラハ。

「レイラ」

セラハが呼びかけると、初めてその存在に気付いたレイラが小さく悲鳴を上げて身を固くする。

「誰、あなたは」

「私はセラハ。北の森の支配者」

「セラハ」

レイラはその名を繰り返す。

「聞いたことがあるわ。北の森の魔女セラハ。私に何の用」

「美しいな」

セラハがレイラの言葉を遮る。

「それに、恵まれている」

セラハが、自らも十分に美しい顔でレイラの顔を覗き込み、口元を歪めるように笑った。

「もらっていこう」

「やめて」

レイラが自分の肩を抱くようにしてセラハから逃れようとする。

しかしセラハが捻じ曲がった杖を振り下ろすと、レイラは、あっ、と小さくうめいてうずくまった。

その肩に、セラハが優しく手を置く。

「心配せずともいい」

セラハは震えるレイラを見下ろして、笑った。

「恵まれたそなたはきっとこれから素晴らしい、人の羨む人生を送るのであろう。ただし」

セラハはレイラの耳元で囁く。

その邪悪な囁きをモーゲンの風が客席に運ぶ。

「ひとかけらの笑顔も無しで、な」

客席の下級生や一般客から小さな悲鳴が上がるほど、セラハの囁きは邪悪な喜びに満ちていた。

哄笑とともにセラハが再び姿を消す。

「レイラ様? レイラ様!」

ノリシュの声。

レイラが先ほどの華やいだ声とはまるで違う平板な声で呟いた。

「……私は」

再度、暗転。

照明が戻ると、再び無表情な王妃レイラがアモル王の脇に座っていた。

「それ以来、私は笑えなくなったのです」

「まさか、そんなことが」

アモル王はよろよろと立ち上がった。

「嫁いでから一度も笑わない私を、あなたは今まで責めずにいてくれた」

レイラは言った。

「これ以上、あなたに迷惑を掛けるわけには参りません。私は自ら命を絶ちます。そうすればデミガル王も何も言えますまい」

淡々とそう言い終えるや立ち上がろうとするレイラをリルティが押し留める。

「いけませぬ。母上」

「バカな」

アモル王は首を振った。

「魔女セラハの呪いだと。それならばむしろ話は簡単だ。魔女を討伐すればよいだけのこと」

「言うのは容易いですが、それを実現することはおそらく叶いますまい」

レイラはまるで他人事のように言った。

「魔女は強く、森は深い。この国に魔女を討てる者はおりません」

「確かに」

ピルマンがおずおずと言う。

「かつて王国最強を謳われた剣士アルマークが魔女討伐に出かけてそのまま消息を絶って以来、誰も魔女を討とうとする者はおりませぬ」

「我が王国に、他に勇士はおらぬと申すか」

アモル王は言った。

「レイラの呪いを解き、この国を救う勇士はおらぬと申すか」

「さすれば」

ピルマンは苦しそうに言った。

「心当たりは一人だけ」

「それは余も同じじゃ。この国の誇る勇士の名を呼ぼうぞ」

アモル王は頷くと、大きな声で呼びかけた。

「騎士ネルソンはいずこに。我がガイベル王国の盾にして槍。騎士ネルソンを直ちにこれへ」