軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

「森? こんな時間に?」

アルマークが顔をしかめると、リルティはますますうつむいて小さくなった。

「リルティ、余程のことがなければ夜の森なんて行かないほうがいい。明日にしなよ」

夜の森にはアルマークも何もいい思い出はない。

夜の森に充満しているのは、闇と危険、裏切りと邪悪。そういった類のものばかりだ。

「でも……行かないといけないの。じゃあね!!」

リルティはそう言うやいなや、アルマークの隣をすり抜けて走り去っていった。

アルマークはやや呆気にとられて小さなランプの灯が揺れながら遠ざかっていくのを見送った。

リルティはクラスの仲間の中でも特に怖がりなことで知られている。トルクが大きな声を出すとそれだけで背中がびくり、と震えるし、寮への帰り道が少しでも暗くなれば、一人では帰りたがらない。

そんなリルティが、まさか日が完全に落ちてからランプ一つ持って森へ行くとは。何か余程のことがあったということだろう。

アルマークは寮へ続く道を見て、今食堂に並んでいるであろう夕食のことを思った。

それから振り返り森へ続く道を見て、小さなランプ片手に一人で走っているリルティのことを思った。

……見てしまったら、仕方ないか。

アルマークはため息を一つついて、リルティの後を追って走り出した。

初等部の校舎の奥にある森は、学生たちの格好の遊び場兼修行場だ。

子供が遊ぶのに最適な小川やぽっかりと開けた原っぱもある。

森の奥に進めば滝や岩場などの複雑な地形もあり、また、治癒術などの魔術の原料になる貴重な野草が豊富に生えている。

森は学院の敷地のかなりの面積を占めており、中等部や高等部の校舎のほうまで広がっている。

危険がないわけではなく、特に奥の方へ行けば魔物が出ることがある、とか、封印された遺跡がある、とかまことしやかな噂もあるが、初等部の学生レベルでは誰もその真偽を確かめたことのある者はいないようだ。

アルマークも興味がないわけではなかったが、今はとにかく自分の勉強と訓練で時間がないので、治癒術の調合実習で使う野草を取りに行く時など、必要最低限しか入ったことはない。

一年生の時から森に親しんでいるほかの学生たちは、まるで自分の家の庭のように森の中の複雑な道に通じており、ネルソンやモーゲンたちも放課後はよく森に行っているようだ。

「リルティ!」

追い付いたアルマークが後ろから声を掛けると、リルティは泣きそうな顔で振り向いた。

「一人じゃ危ない。僕も行くよ」

リルティはその言葉に、ぱっと顔を輝かせたが、すぐにまた顔を曇らせて、

「でも悪いよ……」

と首を振った。

「どうせこの時間じゃもう夕食はマイアさんが片付けちゃってるさ。付き合うよ。その代わり、なぜ森に行かなきゃならないのか、それを僕にも教えてよ」

リルティは一瞬ためらったが、目の前に広がる漆黒の闇に包まれた森を目にして、一人で行く勇気はたちまち挫けたようだ。小さな声で答えた。

「……森の中でなくしちゃったの」

「なくした? 何を?」

「父さんと母さんからもらった、ハンカチ」

「ハンカチぃ?」

思わず呆れた声を出してしまった。恥ずかしそうにリルティがうつむく。

「親からもらったのなら、そりゃ大事な物なんだろうけど……それ、どうしても今日じゃなきゃダメなのかい」

「……眠れないの」

「え?」

「…………それがないと、眠れないのっ!!」

予想外の言葉にアルマークは固まった。

「……だから、言いたくなかった」

リルティはアルマークの方を見ず、涙目で森を睨んでいる。

「……ごめんごめん。もうちょっと詳しく教えてよ、リルティ」

アルマークは慌てて謝った。

リルティの要領を得ない話を根気強く聞き出し、総合すると、こういうことのようだ。

リルティがなくしてしまったハンカチは、寮生活の寂しさを紛らわせるために、彼女の両親が入校の時に渡してくれたものなのだそうだ。

親と離れて暮らすことが寂しくて、最初は毎晩泣いていたリルティだが、毎日そのハンカチを握りしめて両親のことを思いながら眠ることで、ようやく泣かずにすむようになった。

それがすっかり習慣化し、寮生活に慣れた今でも、そのハンカチがないと眠れなくなってしまっていた。

「……おかしいでしょ。十一歳にもなってハンカチがないと眠れないなんて」

すねたようにリルティが言う。

「うーん……」

アルマークは自分の母の形見のペンダントを思い出した。あれをもし森の中でなくしたら……明日になってから探そうと思うだろうか。

いや。

「分かった。話してくれてありがとう。大丈夫、きっと見つかるよ。一緒に探そう」

リルティは意外な言葉にはっとアルマークの顔を見た。

「笑わないんだね」

「大事なものなんて、人それぞれだろ」

リルティは驚いた表情のまま頷く。

それから恥ずかしそうに「うん。そうだよね」と呟いた。