軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

演技

その日から、アルマークの忙しい放課後が始まった。

ラドマールの瞑想を横目にイルミスの補習を終えると、すぐに教室に駆けつける。

だいたいその頃には演技の練習は一段落していて、衣装や道具作りの時間になっている。

主に出演するネルソンやノリシュはまだ演技の練習をしていたが、アルマークは出番の多い方ではなかったから、モーゲンの手助けをして木材の加工をしたり、小道具を作ったりした。

その途中で、時間が合えばネルソンやウェンディと演技の練習をする。

日がとっぷりと暮れて、もう寮に帰らなければ夕食を片付けられてしまう、という時間になるまでみんな教室に残って準備を続けた。

アルマークは魔法の演出もウェンディと一緒に担当することになっていた。

担当するのは序盤と、終盤のクライマックスの二ヶ所だ。

クライマックスではほかの出番が終わった生徒たちも加わって盛大な演出をするが、序盤のシーンは二人だけで演出をするので、それについてもウェンディと話し合わなければならなかった。

アルマークが使える魔法の種類が少ないこともあって、演出は比較的簡単に決まった。

問題は、アルマークとウェンディが二人で最期に語り合うシーンだった。

何度か話し合ったが、お互いにあまりいい会話は浮かばない。

魔女の配下として、凶悪な剣を振るうかつての王国一の剣士。

その卓越した剣技は騎士すら寄せ付けなかったが、死んだ恋人の亡霊の呼び掛けに動揺して、騎士の剣を胸に受ける。

死にゆく剣士と、消えていく恋人の霊。

消えゆく二人は最後に残された時間に何を語り合うのか。

キュリメは二人の好きにしていいと言ったが、森の魔物の駆除が済んで、3組の薬草狩りが予定通り行われたあと、その次の休日近くになっても、二人のその場面だけは進展しなかった。

その日の放課後も、二人は台本を真ん中に置いて、難しい顔をしていた。

「君なら、何て言う?」

アルマークに尋ねられ、ウェンディは困ったようにうつむく。

「何て言うって言われても……」

ウェンディの瞳が揺れた。

「アルマークに死んでほしくない」

ぽつりと言う。

「でも、この場面で死なないでって言うのは違うと思う」

ウェンディは床を見つめたままで言った。

「だから、何て言えばいいのか分からない」

「ごめん」

なぜだか謝らなければいけないような気がして、アルマークは謝った。

「どうして謝るの」

案の定そう訊かれるが、それはアルマークにも分からない。

「僕も考えてはみたんだ」

アルマークは言った。

「うん」

ウェンディが頷く。

「あなたに合わせるよ」

「いや」

アルマークは首を振る。

「僕も、君が消えて二度と会えなくなると思ったら、それが辛くてそれ以上何も浮かばなかった。でも、消えないでくれって言うのは違うと思った」

ウェンディと目が合う。

「だから、何て言えばいいのか分からない」

「ごめんなさい」

「ほら」

アルマークはウェンディを指差す。

「君も謝るだろ」

「ほんとだ。何でだろう」

二人で顔を見合わせて、笑う。

「進まないね」

「そうだね」

「おーい、アルマーク」

向こうでネルソンが剣を振り回しながらアルマークを呼んだ。

木に塗料を塗っただけとは思えないその剣は、大きさはともかく形はアルマークの長剣そっくりだ。

「モーゲンの作ってくれたこの剣、本物そっくりだろ。これで一回、斬り合いの練習しようぜ」

「ああ。いいよ」

アルマークは返事する。

「ごめん、ウェンディ。ちょっと行ってくるよ」

「うん」

ウェンディは頷く。

「衣装作りながら、考えるね」

「うん。僕ももう少し考えてみるよ」

アルマークはネルソンの方へと歩み寄る。

「アルマーク、本気でぶつけないでよ。塗料が剥げちゃうから」

次の何かを作っているモーゲンが慌てた声で言う。

「うん、分かってるよ。ネルソン、剣同士で斬り結ぶのは最低限にしよう」

「おう」

ネルソンが頷いて、アルマークにも剣を渡す。

こういうのは得意なんだよな。

アルマークは思いながら、芝居がかった動作で剣を構えると、重々しく言う。

「騎士。汝は王国の騎士か。その紋章を見るのは何年ぶりか」

「おお、その姿。その構え。先ほどの哀れな亡霊の言葉はまことであったか」

言いながらネルソンが剣を構える。

もうその表情は、先ほど剣を振り回してアルマークを呼んだ無邪気なネルソンのものではない。

王への忠誠を決して曲げることのない騎士そのものだ。

「かつてはこの国随一の名をほしいままにした並ぶものなき剣士」

ネルソンはアルマークの目を見据えて言った。

「知らぬ者とていない誉れ高き剣士よ。言っても良いのか、その名を」

「言いたくば言うがいい。名など、とうに捨てた」

アルマークは答える。

二人は台詞を言いながら、呼吸の合った立ち回りを演じる。

ネルソンの太刀筋がなかなかにいいので、受ける方のアルマークも気が楽だ。

ひらりひらりと剣をかわして、台詞。

ネルソンが再び打ち込んで、台詞。

演じているとアルマークにも、ネルソンが自分の中に完全に騎士ネルソンというもう一人の人格を作っていることが分かる。

声を発するのはネルソンの口だが、その台詞自体はネルソンの身体に憑依した別の誰かが喋っているような。

ネルソンはずっと騎士に憧れていたと言っていた。

だから自分の中に、この劇で演じるべき確固たるイメージがあるのだろう。

「通らねばならぬ。いかに汝が強かろうが、我らが王のため。我らが王妃のために」

そう言ったネルソンの顔が、かつて南へと来る旅の途中で出会ったお人好しの騎士の顔とダブる。

本当の騎士を思い出すくらい、ネルソンの演技が真に迫っているということだろう。

それに比べて、自分はどうか。

アルマークは考える。

呪われた剣士。

どこか自分に似た部分があるせいか、素の自分を引きずっている。

今、ネルソンと対峙して喋っている台詞も、重々しい迫力を出そうと努めてはいるが、結局は台本をそのままなぞっているアルマーク自身の言葉だ。

もう一人作る必要があるのかもしれないな。

僕の中に、王国最強の呪われた剣士アルマークを。

アルマークはネルソンの剣を自分の剣で受け止める。

「あー!」

モーゲンが叫んだ。

「アルマーク、剣はぶつけないでって言ったでしょ!」

その言葉通り、二人の剣の塗料が剥げて木目が剥き出しになった。