軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

(閑話)雪の遺跡

レーネがその遺跡に足を踏み入れたのは、決して自らが望んだからではない。

彼女の後ろには、屈強な男が三人。

いずれも傭兵崩れの、人の命を奪うことなどなんとも思っていない冷血な男たちだ。

戦災で両親を亡くし、村で身を潜めるようにして暮らしてきたレーネの元を、彼らが訪ねてきたのは、今朝のことだ。

遺跡に案内しろ、とリーダー格の男が低い声で言った。

「断れば殺す」

無造作に言い放ったその言葉は、単純明快だがそれゆえに有無を言わせぬ酷薄さに満ちていた。

レーネの死んだ父が偶然その遺跡を見つけたのは十年も前、レーネがまだ年端も行かない子供だった頃のことだ。

その遺跡で宝石のかけらを見つけた父は、それから遺跡の探索に夢中になった。

毎日のように遺跡に通い、大抵は手ぶらで帰ってきたが、時々はきれいな指輪や小さな宝石を持ち帰ってきた。

街に持っていって売れば、それなりの金になった。

村人たちは皆、遺跡の場所を知りたがったが、父は母にすら遺跡の場所は教えなかった。

父と村人たちとの関係は悪化したが、それも村が戦に巻き込まれるまでの話だった。

騎士だか傭兵だか分からないが、とにかく剣や槍で武装したたくさんの男たちの戦いが村の近くで起きて、それに巻き込まれて父も母も死んだ。

それからレーネは、わずかに生き残った村人たちと今日まで細々と生活をしてきた。

レーネは、遺跡の場所を知っているらしい。

そんな噂が生き残った村人たちの間で広まり始めたのは、ごく最近のことだ。

それまでは皆、生きていくのに精一杯で、遺跡のことなどすっかり忘れていた。

今年の秋、思ったよりも作物がとれて、あの戦以来数年ぶりに安心して冬を越せそうだという安心感。

それがかえって村人たちの胸に余計な欲望を思い出させたのか。

だから、男たちが自分を訪ねてきた時、レーネにはすぐに分かった。

村人たちに、自分は売られたのだと。

村にやって来た野盗紛いの傭兵崩れどもに、おいしい金儲けの話を提供する代わりに、自分達の身の安全を図ったのだと。

別に腹も立たなかった。

逆の立場だったら、自分だってそうしただろう。

この地では、力を持たない者は、そうしていかなければ生きてはいけないのだから。

父は、レーネにだけは遺跡の場所を教えてくれていた。

珍しく宝石が高く売れた日の夜。

父は似合わない高い酒を買って帰ってきて、母をがっかりさせた。

それを手酌で飲みながら、父はレーネにだけ話して聞かせた。

遺跡の場所。その中の構造。

子供だから、話したところで覚えていまい、とでも思ったのだろう。

慣れない酒に、警戒心が緩んだのもあるだろう。

けれどレーネは覚えていた。

遺跡への道筋も。小部屋の仕掛けも。

全て鮮明に覚えていた。

だから、父が死んだ後、一度だけ行ってみたことがある。

そして、自分の記憶の確かさと父の言葉の正しさを実感した。

リーダー格の男の右に控えた痩せぎすの男が、腰の剣をかちゃりと鳴らした。

「こっちも悠長にゃ待ってられねえんだ。死ぬか急ぐかどっちかにしな」

安い脅しだったが、重要なのは脅し文句の気が利いているかどうかではなく、その脅しを実行できるかどうかだ。

そして、この男たちは躊躇わず実行するだろう。

良心の呵責など毫も感じはしないだろう。

そもそも感じるだけの良心があるのかも怪しかった。

レーネは男たちに促されるまま、外に出た。

北の冬は、身を切るほどに寒い。

レーネは、男たちの先頭に立って歩かされた。

途中の家々から、村人たちの視線を感じた。

彼らには良心はあるのだろうか。

この私の姿を見て、あるのならば少しでもそれを感じるがいい。

レーネはそう思いながら、胸を張って歩いた。

「元気がいいな、姉ちゃん」

痩せぎすの男が後ろでそう言って笑った。

森の奥、雪に半ば埋もれるようにして、その入り口はあった。

「これが遺跡だと」

リーダー格の男の顔が険しくなる。

「ただの洞穴じゃねえか」

「入ってみれば分かるわ」

レーネは気丈に言った。

「中で遺跡につながってる」

本当だろうな、と痩せぎすの男がレーネの顔を覗き込む。

「俺たちを騙そうったってそうはいかねえ。お前にも一緒に来てもらうぜ」

どうせ男たちは自分を殺すつもりなのだ。

だからレーネも最初から入るつもりだった。

男たちに松明を持たせ、自分が先頭で入る。

洞穴は二回ほどの分岐を経て、不意に石造りの通路に変わった。

それが偶然の産物なのか何なのか、レーネには知るよしもないが、いずれにせよ、洞穴は、地下に埋もれてしまった古代の遺跡と繋がっていた。

おう、と男たちが歓声を上げる。

「こりゃあ本物だ。本物の遺跡だ」

痩せぎすの男が叫ぶと、その声が通路の奥まで反響した。

レーネは、男たちを通路の先の小部屋へと案内する。

父が、指輪の部屋、と呼んでいた部屋。

父はこの部屋の床で小さな指輪を見付けたのだ。

それを聞いた男たちが松明を掲げて床を嘗めるように見回す。

「あった」

痩せぎすの男が歓声を上げて何かをつまみ上げた。

駆け寄ったリーダー格の男が、それを見て男の頭を叩く。

「バカ野郎。そりゃただの丸石だ」

その間にレーネは壁際に歩み寄っていた。

「おい」

今まで全く口を利かなかった隻眼の男が、初めて鋭い声を上げた。

「何をしている」

それに構わずレーネは、壁のくぼみを思いきり押した。

父が危うく命を落としかけた仕掛け。

父は言っていた。

天井から無数の槍が降ってくる、と。

その言葉通り、天井から鋭い金属音がした。

槍を無数に生やした仕掛け天井が降ってくる。

男たちが頭上を見上げて目を剥く。

が、きしんだ音とともに仕掛け天井は途中で止まった。

経年による劣化。冬の厳しい寒さによる誤作動。

理由は分からない。とにかくレーネは男たちを一網打尽にできる唯一の手段を失った。

てめえ、と男たちの誰かが叫んだ。

レーネは身を翻した。

どうせ、女の足では逃げ切れない。

けれどせめて、太陽の下で死のう。

そう思った。

果たして、レーネの望み通りになった。

ちょうど遺跡から出たところで、レーネの足は動かなくなり、怒り狂った男たちに追い付かれた。

雪の中に倒れ込み、レーネはもうどうにでもなれ、と思った。

犯すなら、犯せばいい。

殺すなら、殺せばいい。

しかし男たちはいつまでたってもレーネに殺到してこなかった。

「なんだ、てめえ」

リーダー格の男の声がした。

レーネが顔を上げると、男たちの前に一人の少年が立っていた。

レーネよりも遥かに年下の、まだ年端もいかない少年。

その背には、子供の身体にはあまりに不釣り合いな長剣を背負っていた。

「金が要る」

その少年はぼそりと言った。

「この辺に遺跡があるって聞いた。ここがその入り口か」

レーネは唖然として上体を起こした。

何を言っているんだろう、あの子供は。

案の定、男たちの間に残虐な笑いが広がる。

「だったらどうだってんだ、小僧」

痩せぎすの男が言う。

その腰の剣が、かちゃり、と鳴った。

「旅の金が要る」

少年はもう一度言った。

「ここが入り口なら、中に入る。そこをどけ」

「いかれたガキだ」

痩せぎすの男が笑った。

と、次の瞬間にはその凶悪な笑顔が残酷な歓びに歪んだ。

腰の剣を抜き放ちざま、少年に斬りつける。

少年の首が飛んだ、とレーネは思った。

が、実際には少年は身体を僅かに揺すっただけでその斬擊をかわしていた。

「おっ……」

男が驚きに目を見開いた時には、その首は胴体と離れていた。

「やるならやると最初から言え」

少年はそう言って長剣を一振りして、一歩踏み出した。

「手間が省ける」

その言葉に、隻眼の男が剣を抜く。

「小僧、俺たちが誰だか分かってるのか。俺たちは紫炎傭兵団の」

「知らない」

少年が男の言葉を遮った。

「そんな傭兵団は知らない」

言いざま、少年が剣を振るった。

隻眼の男は一刀も受けられずに雪の中に鮮血とともに転がった。

「嘘だろ。なんだ、てめえ。まだガキじゃねえか」

リーダー格の男の声が震えた。

「お前、傭兵か。その歳で。どこの傭兵団だ」

「黒狼騎兵団」

少年の答えに、男の顔が歪む。

「黒狼騎兵団の、ガキだと」

その表情は、驚愕か、恐怖か。

「聞いたことがある。黒狼騎兵団にまだガキなのに、やたら強えのがいるって……だが“陸の鮫”の槍で刺されて死んだって聞いたぜ」

「それは事実とは違う」

言いながら少年がさらに一歩踏み込んだ。

「があっ」

雄叫びを上げて男が斬りかかったが、少年はやはりほとんど身体も動かさずにそれをかわした。

と思った時には、長剣が目にも止まらぬ速さで一閃し、男は血飛沫を上げて倒れていた。

「おい」

雪の中に呆然と座り込んでいたレーネは、少年に声をかけられた。

大人の男を三人も斬り倒したのに、少年は息も乱していなかった。

「あんた、知ってるのか。あれは遺跡の入り口か。中に金目の物はあるのか」

そう言ってレーネの顔を見た少年の目が、意外なほどに澄んでいて、レーネは息を呑んだ。

レーネの話を聞いた少年は、にこりともせずに、

「うまくいったらあんたに半分やるよ」

と言い残して、遺跡の中に姿を消した。

レーネは、少年が消えた遺跡の入り口を見つめながら、ぼんやりと考えていた。

もしも本当に少年が宝を持ち帰ったら。

そしてその半分を本当に自分にくれたら。

それを持って街へ行こう。

この村を出よう。

そうすればきっと、今よりも多少はましな暮らしができる。

少年の言葉に一縷の望みをかけて、レーネは遺跡の入り口を見つめ続けた。