軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

夜の街

一張羅といっても、所詮アルマークには学院で支給された服しかないわけで、それでも身体を清め、何とか見苦しくない程度に格好を整えて部屋を出た。

モーゲンやネルソンの部屋も一応覗いてみたが、もうすでに出発していて不在だった。

夕日もすっかり落ちかけて、もう夜と言っていい時間になりつつある。

遅れないように行かないと。

頭の中でウェンディに教えてもらった道順を反芻しながら寮を出ようとすると、後ろから「おい」と声をかけられた。

振り返ると、正面の大扉の脇に腕組みをしたトルクが立っていた。

「やあ、トルク」

トルクはそれに応えず、アルマークの頭から爪先までじろりと一瞥する。

「演奏会か」

「うん。そういえば、君は行かないんだっけ」

「おとなしく座って音楽を聴くなんざ柄じゃねえからな」

トルクはそう言って鼻で笑った後で、アルマークの顔を探るように見てくる。

「なんだい」

「お前、今日森に行ったな」

「ああ」

アルマークは朝、森でトルクとすれ違ったことを思い出す。

「そういえば今朝すれ違ったね」

「ずいぶんえらい勢いで走ってたじゃねえか」

「急いでたんだ」

「朝っぱらから森に火急の用事か」

トルクはそう言って皮肉めいた笑いを浮かべる。

「夕方に、寮でレイラと会った」

トルクが言う。

「えらく顔色が悪かったから、一応心配で声をかけたんだがな。レイラの奴、何て言ったと思う」

「分からない」

アルマークは首を振った。

とりあえず、レイラがちゃんと寮に戻れたことが分かってほっとする。

「大丈夫、心配してくれてありがとう、だってよ。おまけに笑顔で、だ」

トルクは顔をしかめる。

「あいつとはもう三年近い付き合いだが、礼を言われたことなんて数えるほどだ。ましてや笑顔で言われたことなんて一度もねえ」

そう言って身震いする。

「気味が悪かったぜ」

「そうか」

アルマークは微笑んだ。

レイラも、トルクとちゃんと話ができるほど元気があったのならよかった。

「あんなレイラ、初めて見たぞ。お前、何かしたろう」

「僕? なんで僕が」

「レイラの格好から、あいつが森に行ってたことは分かった。それで朝のお前の姿と繋がった」

トルクはアルマークを睨んだ。

「お前がレイラに何かした。それでレイラが変わったんだ」

「まさか」

アルマークは笑う。

「レイラが変わったのなら、それはレイラ自身が変わろうと思ったからじゃないのかな」

そう言って、トルクの顔を笑顔で見返す。

「人は、自分が変わろうと思わなきゃ変わらない。それは君が一番分かってることだと思ってた」

「ふん」

アルマークの言葉にトルクはつまらなそうに鼻を鳴らす。

「俺は別に変わってねえ」

「そうかな」

アルマークは首をかしげる。

「僕は、君も初めて会ったときに比べてずいぶん変わったように思えるけど」

「やめろ」

トルクは首を振った。

「俺の話じゃねえ。レイラの話をしてるんだ」

そう言ってから、思い出したように顔をしかめる。

「いずれにせよ、あれはやばい」

「やばいって、何がだい」

「やばいだろ」

トルクはうんざりした顔でアルマークを見た。

「レイラの角が取れちまったら、今以上に強くなるぞ。そのうちロズフィリアだって追い越しかねないぜ」

「ははは」

アルマークは笑った。

「それはすごいことじゃないか。何がやばいんだ」

「レイラは教室の隅っこで難しい顔してりゃいいんだ。いずれ俺が抜かしてやろうと思ってたのに、余計なことしやがって」

「だから、僕じゃないってば」

「信じねえよ。お前の言うことは」

トルクは首を振った。

「何でもなさそうな顔して、いつも陰でとんでもねえことやってやがるんだ、お前ってやつは」

そう言って、身を翻す。

「じゃあな。演奏会、遅れずに行けよ」

「トルク、待ってくれ」

アルマークはトルクを呼び止めた。

「なんだよ」

トルクが面倒そうに振り向く。

「演奏会に行くのに、この服変じゃないかな」

「知るかよ」

トルクは呆れた声を出した。

「変も何も、どうせその服しか持ってねえんだろ」

「まあね」

「じゃあそれで行くしかねえだろ」

トルクはそれだけ言って立ち去ろうとしたが、最後にちらりと振り向いて付け加えた。

「まあ、その棒だけは置いていってもいいと思うがな」

そう言われて初めて、アルマークは自分がマルスの杖を握っていたことに気付いた。

アルマークは、街を足早に歩く。

入校以来、ほとんど夜に学院を出たことがないアルマークは、昼間とは違う顔を見せるノルクの街を新鮮な思いで歩いた。

へえ。夜はこの通りが賑やかなのか。

なるほど、この店はこの時間に開いているのか。

そんなことを考えながら歩く。

音楽堂はこの先だ。

よかった、時間には間に合うぞ。

「アルマーク!」

横合いから突然声をかけられて振り返ると、モーゲンが立っていた。

手に何かの汁物の器を抱えている。

「モーゲン。また何か食べてるね」

「うん。あそこの屋台」

モーゲンはスプーンで向かいの屋台を指差す。

「音楽を聴くとお腹が空くって断ったんだけど、ネルソンがしつこくて」

そう言って、汁物を一口飲む。

「だから、演奏会の前に腹ごしらえをね」

「そうか」

アルマークは、そういえば自分も朝からろくなものを口にしていないことを思い出した。

「それじゃ僕も一杯食べていこうかな」

「アルマークも音楽聴くとお腹が空くのかい? じゃあお薦めのメニューを教えてあげるよ」

アルマークはモーゲンに伴われて屋台に歩いていく。

「アルマーク」

料理を注文した後で、モーゲンが口をモグモグさせながら言う。

「今日も何かあったみたいだね」

「分かるかい」

アルマークは苦笑いしてモーゲンを見る。

「分かるさ」

モーゲンはそう答えてスプーンを器に突っ込む。

「あれ、具がもうないや。僕ももう一杯食べようかな」

そう言ってから、アルマークを見てにこりと笑う。

「君は分かりやすいからね」

アルマークも首を振って苦笑する。

「君に隠し事はできないな。後で話すよ」

アルマークがモーゲンと並んで、屋台の汁物を掻き込んでいると、

「お前ら、何でこんなところで飯食ってるんだよ」

と後ろから声をかけられた。

振り返ると呆れ顔のネルソンが立っていた。

その隣には、レイドーもいる。

「やあ、ネルソン、レイドー」

アルマークは二人に手を振ると、汁の残りを飲み干した。

「おいしいよ。君たちも食べるかい」

「いらねえよ」

ネルソンが首を振って、ため息をついた。

「お前らがまだ来ないって女子どもが心配してるから、探しに来たんだよ。どうせモーゲンはこの辺にいるだろうと思ってたけど、まさかアルマークまで捕まるとは思わなかったぜ」

「ちょっと食事の時間がずれてね」

アルマークは答える。

「まあ、簡単に見付かってよかったよ」

レイドーが微笑む。

「食べ終わったのなら行こう。もう始まるよ」

「そうだぜ。お前らがいねえと女子がうるせえんだよ」

「お前ら、じゃなくてアルマークがいないとでしょ」

モーゲンがそう言って、名残惜しそうに汁を飲み干す。

「お前ら二人ともだよ。ほら、行くぞ」

ネルソンに催促され、アルマークとモーゲンは支払いを済ませて屋台を出た。

「あー、演奏会かぁ」

モーゲンが伸びをする。

「最後まで起きてられるかな」

「いびきだけはかくんじゃねえぞ」

ネルソンが言う。

「僕は楽しみだ」

アルマークは微笑む。

「どんな音楽が聴けるんだろうね」

アルマークは、ネルソンたちと並んで夜の街を歩き出した。