軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

可能性

武術場でレイラがロズフィリアに敗北を喫していた、ちょうどその頃。

体調不良に苦しむウォリスを治癒術担当のセリアに預け、イルミスは寮へと舞い戻っていた。

その手には、アルマークから託された木の棒。それに、計三枚の銀貨と銅貨。

いずれの硬貨にも黒い塗料で禍々しい紋様が描かれている。

「闇の魔術……か」

そう独りごちて、イルミスはアルマークの部屋を検めるために寮の中に足を踏み入れようとした。

しかし、腰のひどく曲がった老婆がちょうど出てくるのに気付いて足を止める。

「マイア先生」

名前を呼ばれたマイアは、じろりと目だけ動かしてイルミスの姿を認めると、大儀そうに立ち止まった。

「イルミスかい。ちょうどよかった」

言いながら、握った右手を差し出す。

「ほら。受け取んな」

イルミスが駆け寄って手を差し出すと、マイアは握っていた銅貨二枚をイルミスの手の中に落とす。

「王様の相手なんかしてたら帰ってくるのが遅れちまったよ。つまんない連中が来てたみたいだね」

「や、まだありましたか」

イルミスがその銅貨に目を見張る。

「あったさ。外に一枚、中に一枚。しかし連中のあの臭いには閉口するね」

「えっ、奴らとやりあったのですか。お怪我はありませんでしたか」

驚いてイルミスがマイアの身体を気遣うと、マイアはつまらなそうに鼻を鳴らした。

「いくら歳とったってあの程度の模造品に後れをとりゃしないよ。こっちはあんたが生まれる前から魔術師やってるんだ」

「さすがです、マイア先生」

イルミスは安堵の笑顔を浮かべた。

「別にあんたに誉めてもらう義理はないけどね」

マイアは顔をしかめてイルミスを見る。

「そんなことよりも、これだけ強い魔力を帯びた品がこんなに校内に入ってくるってのはどういうことだい。正門の警備の連中は目を開けたまま夢でも見てたのかい」

「正門の警備には私も参加しました。私を含め誰であろうとも、これだけの品を見落とすことはあり得ません」

それを聞いて、マイアの顔がますます険しくなる。

「なら、もう可能性は二つに一つしかないじゃないか」

「はい。どちらもできれば考えたくはありませんでしたが」

イルミスも頷いて、手の中の五枚の硬貨を見る。

「でもそれしかないんだろ」

「……はい」

イルミスは頷いて、ゆっくりと可能性を挙げていく。

「一つは、これらが外部から持ち込まれた物ではなく、そもそもこの学院内で作られた可能性」

この学院内の教師か、もしくは学生か。内部の誰かが作ったのであれば正門を通って運び込まれる必要はない。

この学院内に、闇の魔術を操る者がいるのか。

「不愉快な話だね」

「はい」

イルミスは頷く。

「ただ、私はその可能性は低いかと」

「ほう。どうしてだい」

マイアが試すように尋ねるが、イルミスは淡々と答える。

「内部の者であれば、わざわざ今日を狙う必要がないからです。この特別に警戒の厳重な武術大会の日を選ばなくても、選択肢はいくらでもある」

マイアは口許に笑みを浮かべて頷く。

「同感だ」

そしてゆっくりと顔をあげてイルミスを見る。

「もう一つの可能性を聞こうじゃないか」

「はい。もう一つは……」

イルミスは少し言い淀んだが、意を決したように口を開く。

「外部から来た所持品検査を受けなかった者により、持ち込まれた可能性」

ふん、とマイアが笑う。

「ずいぶん遠回しに言うじゃないか」

「はっきりと申し上げてよければ」

イルミスがそう前置きして言おうとするのを、マイアが遮る。

「王族、か」

「……はい」

イルミスは頷く。

「正門で所持品を検められていないのは、警備の対象たる王族とそのお付きの方々のみ」

王族は、一般の入場者が入り終え、正門の検査が終了したあとに校内に入った。

だから、彼らであれば校内にこれらの品を持ち込むことが可能だ。

「いずれにしても面白くない話だね」

マイアは言って、イルミスの持つ棒に目をやる。

「奴らの狙いはそれかい」

「おそらく」

イルミスが頷くと、マイアは盛大にため息をつく。

「だから私はヨーログに、まだ早いと言ったんだ。あのアルマーク坊やはまだろくに魔法も使えないんだろ」

「はい。まだ彼に使えるのは一つだけ……」

「知ってるよ」

マイアはイルミスの言葉を遮る。

「霧の魔法だろ。あんたから教わったって、あたしにまで嬉しそうに報告してきたからね」

「そうですか」

「可哀想に。訳もわからずあんな連中に襲われて。あんたが助けたのかい」

「まあ、最後はそういう形になりましたが……」

イルミスは言い淀んだ。

「なんだい。はっきり言いな」

「最初の二人は、殴り倒したそうです。これで」

イルミスが手に持つ棒をマイアに示すと、マイアは目を見開いて絶句した。

しばらくして、ようやく言葉を取り戻したマイアが首を振って呟く。

「なんて使い方を」

「仕方ありません。彼はこれが何なのか知らないのですから。ただの頑丈な棒として扱ったのでしょう」

「……まあ、認められた所有者がそう扱ったんだ」

マイアは気を取り直したように言った。

「あたしたちがとやかく言うことじゃない」

「……はい」

「イルミス、そっちの報告は任せるよ。ヨーログはまだ王様の相手してるけどね。今日のうちに報告しとくんだよ」

「承知しました」

イルミスが頷く。

「頼んだよ。あたしはあたしで忙しいからね」

マイアは三階を見上げる。

アルマークの部屋の割れた窓が見える。

「カッシスを呼ばないと。大会が終わってあの子が帰ってくるまでには窓を直してあげなきゃいけないからね。試合はどうなんだい」

「さあ」

イルミスは首を捻る。

「私も警戒やら何やらで、見れておりません。けれど、あの子達にとっては大きな収穫のある大会となっていることでしょう」

「あんたも昔、武術大会では生き生きしてたっけね。なんだっけ、あのライバルの……」

ああ、と答えるイルミスの顔が曇る。

「ライヌルですか」

「そう、そんな名前だった。毎回勝ったり負けたりしてたね」

「ええ」

イルミスは頷く。

「魔法に頼らずにお互いの意地と誇りをぶつけ合う。ああいった経験は、未来の魔術師たる彼らに必要なものです。願わくば……」

イルミスは武術場の方角へと、目を向ける。

「今日の彼らに素晴らしい成功と素晴らしい挫折のあらんことを。それがきっと彼らをまたひとつ成長させるのでしょうから」