軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

勝者

ボーエンの、それまで、という声は、大歓声に紛れてほとんど聞き取れなかった。

アルマークは、数歩先の地面に仰向けに横たわるポロイスにゆっくりと歩み寄った。

「ポロイス。大丈夫か」

ポロイスは、何が起こったのか分からないという様子で目を見開いていた。

「立てるか」

「……君がやったのか」

ポロイスはアルマークに目だけを向けて尋ねた。

「君が、僕の身体をここまで飛ばしたのか」

「……ごめん、強く突きすぎたな」

アルマークの言葉に、ポロイスは首を振る。

「禁止されているはずだ」

「え?」

「試合で魔法を使うのは、禁止されているはずだ」

「……魔法は使っていないよ」

「嘘をつくな!」

ポロイスは地面に横たわったままで叫んだ。

「君は魔法を使った!」

「使ってないよ」

「よくもぬけぬけと。そうでもなければどうやってこんな……」

「彼の言うことは本当だ」

いつの間にか、アルマークの背後にボーエンが立っていた。

ボーエンはアルマークの肩に手を置いてポロイスを覗き込む。

「ポロイス、アルマークの武術の実力は俺が保証するよ。現に彼は君よりも大きなトルクも同じように吹き飛ばしてる。それに、アルマーク。確か君は……」

「……はい」

アルマークは頷いた。

「ポロイス、さっきは少し見栄を張った。正確には、使わないじゃなくて、使えない、だ。僕が使える魔法はイルミス先生に最近習った霧の魔法だけだ」

「そんな、ばかな……」

ポロイスの顔が歪む。

その両目から今にも涙がこぼれ落ちそうになっている。

「ポロイス」

ボーエンが優しく呼び掛ける。

「君は強かった。だが、相手が少し悪すぎた。今の君に必要なのは……」

そう言って、もう一度アルマークの肩を叩く。

「勝者を称えることだ。良き敗者になれない者は、良き勝者には決してなれない。そしてそれは君の姓スタウツの名を汚すことにもなるだろう」

ポロイスは答えず、腕で顔を隠した。

その隙間から涙がこぼれるのが見えた。

勝ち名乗りを受け、大歓声の中アルマークが固い表情で試合場を後にする。

幸い先ほどのポロイスとのやり取りは、この歓声でほとんどの人に聞こえていないようだ。

大半の人には、勝者が敗者に何か言葉をかけているようにしか見えなかっただろう。

「アルマーク!」

ウェンディが応援席からアルマークに声をかける。

アルマークは、そこでようやく笑顔を見せた。

「ありがとう、ウェンディ。君の応援、聞こえていたよ」

「うん。ちょっと心配したけど、最後はなんだかとても楽しそうだったね」

ウェンディはそう言ってアルマークに笑いかけた後で、また心配そうな顔になる。

「だけど、今は少し寂しそう」

「……ウェンディは何でもお見通しだ」

アルマークはウェンディを安心させるように、笑顔のままで言う。

「自分の出番が終わってしまったからね。それで少し」

「それだけ?」

「うん、それだけ」

ウェンディは納得していないだろうな、と思いながらもアルマークはそう言いきった。

一騎討ちがもうできないから。

傭兵にはもう決してなれないから。

そんなことはウェンディには言えない。

「ポロイスの奴に同情するぜ」

横からトルクが口を挟んでくる。

「やあ、トルク」

アルマークは答える。

「ありがとう。君の応援は全く聞こえなかったね」

「誰がお前の応援なんかするか」

トルクは鼻で笑った。

「しなくたって勝手に勝つだろうが」

「そうでもないよ。苦戦した」

「ほざけ」

トルクは言いながら自分の腹をさする。

「思い出したぜ。俺の時より強く突いてやがったな」

「みんなが見てるから、力が入った」

アルマークが苦笑いすると、トルクは顔をしかめて首を振った。

「ポロイスの奴、今日は飯がまともに食えねえな」

「アルマーク!!」

選手席の方からネルソンたちの声がする。

のんびりしていると次の試合が始まってしまう。

「もう行かないと」

アルマークは応援席の二人にそう言って手を振り、その場を離れようとした。

「アルマーク」

慌ててトルクの脇から顔を出してきたのは、デグだった。

「今度俺にもあのかっこいい名乗り、教えてくれよ」

「ああ、いいとも」

アルマークは笑顔で頷いた。

選手席でアルマークはまたネルソンとモーゲン、レイドーに大喜びで迎えられた。

「やっぱりすげえな、アルマークは!」

ネルソンがアルマークの肩を叩く。

「一撃だぜ。一撃」

「しかも相手の攻撃を完封してだよ」

とレイドー。

「先陣を切ったからね。みんなの勢いがつくように、派手にやらせてもらったよ」

「おう! 勢いがついたぜ!」

アルマークの言葉にネルソンが握り拳を作る。

「次は俺の番だ。俺もやってやるぜ」

興奮するネルソンの後ろから、モーゲンがそっとアルマークに声をかけてくる。

「……アルマーク、足かい?」

「え?」

「足を悪くしたのかい?」

「どうして?」

「だってそうでもなければ、アルマークはあんな戦い方を選ばないだろうと思って」

「……ありがとう。足は少し、ね。今はもうなんともないよ」

アルマークはモーゲンに笑って見せた。

モーゲンは、決まり悪そうに笑う。

僕は幸せだ。

アルマークは思う。

こんなにも自分のことが分かる友人たちに恵まれて。

「よし、そろそろ時間だ!」

ネルソンが叫んだ。

「行ってくるぜ。ぶっ飛ばしてくるぜ」

アルマークは興奮しているネルソンに、努めて冷静に話しかける。

「ネルソン、君の相手はエストンだ。見たところ、彼の実力はポロイスよりも少し上だ」

「少し上か。アルマークが一発だったから、俺なら三発くらいで勝てるかな」

「真面目に聞いてくれ、ネルソン」

アルマークは言った。

「エストンは体格を生かしてくるだろう。君もトルクとの練習を思い出して……」

「俺は大真面目だぜ、アルマーク」

ネルソンはアルマークの言葉を遮った。

「ことここに至ったら、もう言葉はいらねえ。お前の試合を見て 滾(たぎ) っちまったからな。わりぃけどもうアドバイスを聞ける冷静な頭じゃねえよ」

ネルソンの瞳に炎が宿っているのがアルマークにも分かった。

この大会に懸ける意気込みは、ネルソンが他の誰よりも上だった。

下手な理屈は彼の闘志に水を差すだけだ。

「分かった。ネルソン、頼むよ」

「おう。任せとけ」

そう言って、ネルソンは試合場に向けて歩き出す。

「じゃあ、行ってくらあ」

「ネルソン」

アルマークは最後にその背中に呼び掛けた。

「苦しくなったら思い出すんだ。あの……」

「分かってるよ」

ネルソンはまたアルマークの言葉を遮って振り向くと、笑って見せた。

「ボルーク卿の迷路だろ?」

「分かってるなら、いい」

「おう」

ネルソンは今度こそもう振り向くことなく、試合場の中央に向かって真っ直ぐに歩いていった。