作品タイトル不明
21話~良いじゃないか、それでも~
現場から相談を頂いた私は、早速黒川さんに電話する。コールが何度か続き、もしかしたら忙しいのかもと思い始めた時、プツリとコールが止む。
そして、
『遅くなりました、鈴木さん。黒川です』
黒川さんの声。
ああ、良かった。
「黒川さん。お忙しかったですか?」
『いえいえ。ちょっと支社長と話していて…』
あっ、やっぱり忙しかったんだ。
「でしたら、また時間を改めて…」
沈みそうになる心を持ち上げて、私は提案する。
すると、慌てた様子で黒川さんが否定した。
『良いです!良いです!支社長は良いから、鈴木さんのお話を聞かせて下さい!』
えっ?
良いのかな?支社長さんって、黒川さんの会社で一番偉い人よね?そんな人より、私を優先しちゃって良いの?
申し訳ないと思う反面、冷えていた心が暖かくなる。
ついつい、口が軽くなる。
「えっと、でしたらまた、ご相談したい案件がありまして…」
そうして話している内に、さっきまで感じていた孤独感が薄れていく。不安定に感じていた足元も、今は定まった気がした。
私はちゃんと、仕事をしているんだって思える。黒川さんと一緒に…。
『う〜ん。なるほど。そいつはちょっと、難しい話ですね』
黒川さんが唸る。電話だけでは難しいみたいだ。
「あっ、でしたらまたWEB会議を…」
WEB会議をする。そう思ったら心が浮いてしまい、つい声が大きくなってしまった。
いけない。仕事なんだから、真面目にやらなくちゃ。
焦る私。でも黒川さんは『それは、助かります』と快く受け入れてくれた。
よし。そうと決まれば、急いで準備しないと。
電話を切った私は早速、工場に連絡してデータを貰う。それを手元で加工して、見やすいようにトレンドを作成する。
「だよねぇ~」
「あはははっ!」
遠くで鮫島さん達の声が聞こえた気もするけど、今は気にならない。
忙しいんだから、私。早く準備して、黒川さんと会議しないと。他の人達を気にしている時間は無いわ。
私は集中して、資料作りに邁進した。そのお陰で、直ぐに資料は揃う。そして、黒川さんとの会議に臨んだ。
「こんにちは!黒川さん」
『こんにちは、鈴木さん。今日は一段とやる気に満ちてるね』
「はいっ。黒川さんとのお仕事がとても楽しくて。また、よろしくお願いします」
『こちらこそ、頑張って解決して行こう』
黒川さんが優しく微笑む。
なんだか、何時もより口調が優しい気がするけど…気のせいかな?最近、周りの当たりが強いから、余計にそう思えるのかも。
そんな事を考えながら始めた会議だったけど、黒川さんの手に掛かれば朝飯前で、直ぐに解決の糸口が見つかってしまう。
「流石ですね、黒川さん」
『いやいや。今回は完全に、鈴木さんのお手柄だよ』
「えっ?私…ですか?」
アイディアは全部、黒川さんが出してくれたのに?
お世辞かと思ったけど、彼は真剣な顔で頷く。
『ああ、そうだよ。鈴木さんがしっかりとデータを纏めてくれたから、すぐに分かったんだ。これならきっと、現場の人達も見ただけで分かったんじゃないかな?』
黒川さんに褒められて、また心が浮ついてしまう。なんなら、部長に褒められた時よりも嬉しい。
でもすぐに心が沈む。問題が解決したって事は、もう会議が終わってしまうから。
いいえ、それが普通よ。だってこれは、お仕事なんだから。
「ありがとうございました、黒川さん。また、よろしくお願いします」
私は笑みを貼り付けて、黒川さんにお辞儀する。そのまま、退出ボタンを押そうとした。
その時、
『あの〜、鈴木さん。もう少し時間を貰えないかな?』
黒川さんの声が、それを止めた。
「時間ですか?ええ、勿論。私の方は全然、時間ありますよっ」
ああ、また変に意気込んじゃった、私。気を付けないと。
でも、黒川さんから話を振られるなんて珍しい。何の話だろう?
『良かった。実は、鈴木さんに聞きたい事があってね。その…最近何かあった?』
「えっ?何かって…」
浮いていた心が、凍る。
笑顔も同時に、固まる。
『うん。その…今日の鈴木さん、何時もと違う気がしてね。何かちょっと暗いと言うか、時々不安そうな顔を見せるからさ』
「あっ、ごめんなさい。私、そんな顔してましたか?」
顔に出ちゃってたの?それで、黒川さんを不快にさせちゃったのかしら?
『ああ、いや。俺こそ済まない。こんなプライベートなことを聞くべきじゃないと思ったんだが…でも、もし俺で良ければ、相談に乗れないかと思ったんだ。俺じゃ、大した役には立てないだろうけどさ』
「そんなことないです!」
私は強く否定して、ゆっくりと首を振る。
「でも、本当にプライベートなことで、ご相談するのは申し訳ないです。仕事とは全く関係ない事ですから」
『良いじゃないか、それでも』
黒川さんが、力強く言い切る。
『仕事はプライベートの上に成り立っているんだ。そこが揺らいだら、仕事だって出来やしない。そうじゃないか?』
それは…確かに。私が揺らいでしまっているから、仕事も滞っている。本当だったらすぐ、工場に電話を掛けなくちゃいけなかったのに。
『だからさ。話せるだけ話してみてくれないか?幸いここは防音室で、会話は俺にしか聞こえないから』
黒川さんが少しお道化た風に言って、両手を広げる。
その姿に、また私の心が軽くなる。緩んだ心の隙間から、ポロポロと愚痴が漏れ出していく。
「……という事がありまして。なんだか私の周り全員が、敵になっちゃった様な気がして。疑心暗鬼だと言うのは分かっているんですけど…」
『出世した人への嫉妬か。辛いな、それは…』
共感してくれる黒川さん。太い腕を組んで、真剣に「う~ん…」と考え込んでくれる。
その姿を見て、私は涙が溢れそうになった。慌てて上を向いて、何とか零れないようにする。
『う~ん…ごめん。即効性のある解決策は思いつきそうにない。そいつらが…あっ、ごめん。その女性達が悪いのは一目瞭然で、鈴木さんに非がないのは分かっている。だけど…人の感情ってのは難しいからな。機器と違い、明確な正解がない。どうしたら現状を打破できるものか…』
「いえ。黒川さんに話せて、心が軽くなりました」
うんうん唸る彼の言葉を断ち切り、私は頭を下げる。
無理やり、笑顔を作る。
「ありがとうございました。また、相談させて下さい」
『ああ、良いよ。いつでも相談してくれ』
「はい。では、また」
私は急いで通話終了ボタンをクリックし、そのままトイレの個室へと駆け込む。鍵を掛けた途端、溜めていた涙が一気に溢れ出した。
危なかった。あとちょっと遅かったら、あの場で泣き出してしまったかも。黒川さんに話すことが出来て、それを彼が受け止めてくれて、一生懸命に考えてくれて…。
嬉しかった。周りが敵ばかりだと思っていたけれど、ちゃんとそこには味方が居た。ちゃんと理解してくれる人が居てくれるって分かって、それがとても嬉しかった。
不安で押しつぶされそうだったけど、今は安心感が膨らんでいる。
「よしっ。大丈夫。立て直せた」
私は個室を出て、洗面所に向かう。ちょっと目が赤いけど…大丈夫。これくらい、なんて事無いわ。
「あっ、鈴木さ〜ん」
デスクに戻ると、鮫島さんが待ち構えていた。随分と嬉しそうだけど…何かしら?
「鈴木さんがトイレに駆け込んでたから、心配したよぉ?お腹でも壊した?」
ああ、そう言う事?自分が仕掛けた策がハマったか、確認しに来たのね。
「何でも無いわ。心配してくれてありがとう」
お生憎様。あのコーヒーは捨てたから。
私が笑みを浮かべると、反対に鮫島さんの笑みは消えた。でもすぐに口を歪める。
「なら良かったよ。独りだけの室だから、鈴木さんが倒れたら大変だもんね」
そう言い残し、鮫島さんは去っていく。
その背中を見ても、私はあまり負の感情を抱かなかった。どちらかと言うと、呆れの方が大きい。
そんな事していないで、仕事をした方が良いんじゃない?折角、部長に褒められたんだから。
…いえ。それは私も一緒ね。早く黒川さんに教えてもらった事、みんなに伝えないと。
私は席に座ると、気合いを入れ直して電話する。
もう、指が止まることはなかった。周りの声も、あまり気にならない。
「こんにちは。ソリューションサービス室の鈴木です。先程頂いた件につきまして…」
私は次々と、電話を掛けるのだった。
〈◆〉
「う〜ん…」
「どうしました?先輩」
デスクで1人悩んでいると、向かい側の席から松本君の顔が覗く。
かなり大きな唸り声を上げていたみたいだ。済まん。
でも、事態は深刻なんだ。あの律儀な鈴木さんが、挨拶もそこそこに会議から退室してしまうレベルなのだから。
きっと彼女は、あの後泣いていただろう。俺が解決案も出せずにいたから、不甲斐ないと落ち込ませてしまったのかも。
どうしたものか…。
「何か、悩み事ですか?」
「うん?ああ、実はさ。ちょっと今、人間関係に悩んでいてな」
俺はつい、後輩である松本君に相談していた。俺ではダメでも、彼なら何か思い付かないかと、泣き付いたに等しい格好だ。
だが彼は、不思議そうな顔をした。
「おや。もしかしてまた、誰からか妬まれました?」
「また?」
それじゃあ俺が、以前にも妬まれた事あるみたいな言い方じゃないか。
首を振ると、松本君が何かを飲むジェスチャーをした。
なに?
「ほら。この前、岩本さん達と飲んだんでしょ?あれって、先輩が朝礼で表彰されたから妬まれたんじゃないです?」
「ああ、まぁ、確かにそうかもしれんが…」
それとこれとは話が別だ。彼のは純粋な向上心で、鈴木さんが陥っているのは厄介な女の嫉妬。難しさは段違いだ。
段違い…だが。
「そうだな。確かにあれも、一種の嫉妬だったか」
同じ嫉妬なら、何か分かるかもしれない。それを体験している人なら、何か解決策が…。
「岩本係長」
「おぅ。どうした?黒川」
「今日ちょっと、飲みに行きませんか?」
俺が飲むジェスチャーをすると、係長はニヤリとする。
「何か悩み事か?良いぞ。ただし」
ただし?
「奢れよ?」
ぐっ…。
この世界のあんたら、やけに大酒飲みなんだよなぁ。
後で金を下ろさないとと、俺は頷くように項垂れた。