作品タイトル不明
10話~なに?決起会?~
「部長。明日は僕、有休を使わせて貰いますので」
鈴木さんに電話番号を教えた日から、また数日が過ぎた。そろそろ月末。締め日が近付くに連れて、部署によっては忙しくなる時期である。
だが、俺達の部署には関係ない。突然忙しくなる時もあるし、今みたいに手が空く時も結構あるのがうちら製品管理部。今も俺の目の前で、松本君が有休申請書を星里部長に差し出しており、それを部長は快く受け取っていた。
「ああ、はいはい。慰問会ね。私は今回残るから、存分に楽しんできなさい」
「はい。ありがとうございます」
無事に有休を勝ち取った後輩は、デスクへ戻る際に俺を見る。そして、ちょっと不格好なウィンクをかましてきた。
分かってるよ、まっちゃん。
俺はそれに答え、彼に続いて部長の前に立つ。そして、彼と同じ用紙を差し出す。
「部長。私も明日、有休を頂きたく」
「…えっ?今、なんて?」
松本君と同じセリフの筈なのに、俺の時だけ聞き返してくる部長。恐ろしい者を見るように、俺の顔を覗き込んで来た。
「明日、有休?黒川君、君…何に使う気なんだい?」
「なにって…僕も松本君と一緒に、蘇芳様の慰問会に…」
「君が、慰問会!?」
部長が跳び上がった。
なんでなの?
「ど、どうしたんだ?黒川君。君、今まで全部の慰問会を蹴ってきたじゃないか。何があった?ノンケアピールか?」
「ホモじゃねぇ!」
つい、部長を相手にツッコんでしまった。
いやでも、あんたら俺をそんな風に見てたのか?だから最近、俺を遠巻きに見ていたのか?俺が忙しそうにしているから、怖くて近づけないだけかと思ったけど…なんてこった。
「俺は普通に女性が好きですよ、部長」
「そうなのかい?それにしては、朝もトイレに駆け込まんし、私はてっきり…」
そう言う意味じゃ、俺はこの世界の普通ではなかった。社長の声で興奮する境地まで、まだ至っていないから。
そこに関しては安心なんだけど、あまりみんなと違う事をアピールするのは要らん誤解を生みそうだ。
「それで、部長。俺の申請は受け取って頂けるんでしょうか?」
「勿論だよ、黒川君。若いんだから、存分に楽しんできなさい」
部長は大きな笑みを浮かべ、俺の両肩をバンバン叩く。
本当に嬉しそうだな。そして、本当に疑っていたみたいだ。慰問会にも、ちょいちょい顔を出した方がいいのかな?
そんな風に、昨日は変なことで頭を悩ませてしまったが、有休はしっかりと貰えた。そして、慰問会は夕方から。
と言う事で、それまでは自由時間。普段出来ない事を楽しまねば。
先ずは図書館にでも行こうかと考えていると、会社用スマホが鳴る。まさか!と思って見てみるも、表示されるのは〈まっちゃん〉の文字。
…何を残念がっている、俺。松本君に失礼じゃないか。
気分を切り替えて、なるべく明るい声で電話に出る。
「お疲れ、まっちゃん。どうしたの?」
『お疲れ様です、先輩。会社のみんなで慰問会の決起会をするんですけど、先輩もいかがです?』
「なに?決起会?」
それって、飲み会って事だよな?まだ昼前だぞ?
そうは思ったが、俺は彼らの誘いに乗る。ただでさえホモ疑惑が出ていたんだ。催し物には積極的に参加せねば。
そう思って参加してみたものの、集合場所はスーパー銭湯。集まった面々はいつも会社で顔を合わせる奴らばかりだが、全員の面構えが違う。目がキリリと鋭く、口元はきゅっと結ばれていた。明らかに、「今から飲み会だ!」みたいな軽いノリではない。
どういうことだ?と彼らと共に風呂場へ向かうと、彼らは掛け湯もせずにいきなり、水風呂を浴び始めた。
ふぁっ?
「ちょっ、みんなやめて下さい!心臓止まりますよ?」
俺は慌てて、岩本係長の手から桶を奪う。すると、
「俺の心臓は、そんな軟じゃねぇ!」
怒られてしまった。
「俺は止まらねぇからよ。お前が止めない限り、その先に俺は行くぞ!」
「いや、行くって、何処に…?」
全く訳が分からん。分からな過ぎて、いつの間にか桶を奪い返されてしまった。
係長はそのまま「止まるんじゃねぇぞ…止まるんじゃねぇぞ、俺の心臓…」と、怖すぎる言葉を吐きながら水を被り続ける。
余りにも異常な光景。こんな時は…頼んだぞ、まっちゃん!
「ひぃー!」
お前も浴びるんかい!
ピョンピョン飛び跳ねる松本君から桶を取り上げ、俺はこの異常事態の説明を求める。すると…。
「この後、オトハ様の慰問会じゃないですか。だからこうして、気合を入れてるんです」
つまり、慰問会で失敗したくないので、こうして水を被っているらしい。こうすると心臓が強くなって、質問の時に気絶することが減り、成功しやすくなるのだとか。
「実際にこれで、成功した人が結構いるんです。質問を当てられ易くなる効果もあるみたいで」
それって、ただ水を被って綺麗になったからじゃないの?普通に体洗おうぜ?
その後もみんなは、何度も水を浴びまくり、体を完全に冷やしてから風呂を上がった。
俺が折角サウナに誘ったのに「この方が心が引き締まるんだよ!」と、謎の根性理論をぶつけられてしまった。
昭和か。
「「「いただきます!!」」」
少し遅くなった昼食。俺は、やっとまともな決起会が始まるのかと安堵したが、机の上に並んだ料理を見てまた絶句してしまった。 そこにあったのは…納豆だ。納豆の小さなパックを前に、大の大人が両手を合わせて目を血走らせている。
いやいや…。
「せめて、ご飯も一緒に頼んだらどうです?」
「先輩。これが、慰問会の必勝方法なんです」
どういうこと?
そう思って松本君に聞いてみたら…なんでも、粘り強く耐えるという意味合いがあるらしい。
受験生のゲン担ぎか?
「しかし、なんでみんな急に、こんなことをしているんだ?」
俺だけチキンステーキを頬張りながら、みんなに質問をする。
前回オトハ様が慰問に来た時には、殆どの人が有給を取っていなかった。納豆も食べていなかったと思うし、水掛けは絶対にしていない。
なんで今回だけ?
「そりゃ、お前。前回のオトハ様が女神様対応だったからだよ」
納豆を高速でかき混ぜながら、岩本係長が答える。
すると、周りのみんなも頷く。
「あんなにお声を掛けて下さるなんてな」
「ホント、それな」
「今回は絶対、質問させてもらうんだ」
「そうだ。その為にも、納豆をもっと粘らせねば!」
なるほど。
他の慰問会に参加した事なかったが、前回のオトハ様は良く喋りかけてくれた方らしい。そして、それを見たみんなはすっかり、オトハ様のファンになってしまったとのこと。
単純だな。
俺は、未だに納豆をかき混ぜ続ける男達を見て、呆れながらも羨ましく思った。何かに夢中になれるのは、素晴らしい事だから。
ただ…もうその納豆、原型留めてないですよ?
泡になった納豆を食べた後も、俺達の決起会は続いた。どんなふうに会場入りするかとか、何処のポジションに陣取るとか、質問時には連携が大事だとか、まるで試合前のミーティングみたいな熱さだった。
そして、各々がどんな質問をするかを話し合う事となった。
「オトハ様は学生時代、テニスをされていたって情報があるんだが、俺はテニスが好きかを聞こうと思う」
「数年前までモデルをしていたって話もあるぞ?そこを攻めるのはどうだ?」
「やめとけ。それを聞いて、慰問会を強制終了されたって噂もある。地雷っぽいぞ」
かなり真面目に話し合っている。内容を聞かなければ、真剣に仕事の話でもしている様に見える。
しかし…。
「何でみんな、そんなピンポイントな質問ばかりなんです?オトハ様のご趣味は?とかじゃ駄目なんでしょうか?」
前回も「コロッケ好き?」で、「別に」って返されている人が居たし。好きか嫌いかだと話が盛り上がらないだろう。
そう思って聞いてみたが、岩本係長が「こいつ分かってねえな」って顔で首を振った。
「それじゃダメだ、黒川。女性の皆様は、煩わしい質問を好まれない傾向にある。なるべく簡潔に聞かないと、”うざい”の一言で終わっちまうぞ?」
えっ!そんな感じなのか?
まぁ、でも確かに、オトハ様はそんな感じがする。お嬢様というか、気に入らない者は虫けら扱いしそうな感じ。
彼女だけがそう言うタイプなのか。それとも、特区の女性はそう言う人が多いのか。まだ分からないが…。
もしも全員がそうなら…鈴木さんはとても希少な天使様だな。
「良いか?みんな」
つい彼女の声を思い出していると、係長の声がそれを押し留める。握りこぶしを振り上げ、みんなに宣言する。
「もし質問権を得たら、俺はこう質問するつもりだ。オトハ様は犬を飼っているらしいが、その子の名前は何かとな。身内の事を聞いたらアウトだが、犬なら大丈夫だろ?」
「「おおぉ~」」
「流石は岩本。同期の中で最速出世する奴は違うな」
「やめろよぉ。褒め過ぎだ」
褒められて、デレデレする岩本係長。
でも、直ぐに真面目な顔になる。
「もしも俺が 動けなくなって(死んで) も、この質問はお前達に託したい。必ず、女神様に一歩近付く会にするんだ!」
「「おうっ!」」
そんな感じで、決起会は熱く幕を閉じる。そして、その熱意を持ったまま、俺達は会場入りを果たした。
しかし、入れたのは入り口までだった。
「なっ!なんだ、これは…」
岩本係長が、入り口で立ち止まる。彼が見ている光景を見て、俺達も立ち止まってしまった。
これは…。