作品タイトル不明
第88話 北方社会の常識に沿った穏便な解決 6歳 冬
「困ったなあ…どうしてくれよう…」
知らず知らずのうちに腕組みをして悩んでしまう。
父ちゃんの不審な態度で発覚した規格樽の横流し。
たかが樽の注文の順番を勝手に入れ替えただけ、という問題ではないのだよね。
問題なのは、あの職人が契約に違反して、木製品製造業の管理者の僕の面子を思い切り潰してること。
困ったなあ…ほんとうに困った。
「舐められたらぶち殺すのが正義」の暴力社会《北方》では、社会慣習的に、ぶち殺すか、最低でも腕を切り落とすとかして、けじめ取らないといけない案件なのよ。
何か他の解決方法無いかなあ…血なまぐさい解決はしたくないなあ…。
体格や年齢が離れすぎていて、僕とクナトルレイクで勝負だ!というわけにもいかないし。
「あの樽の職人を締め上げますよね?郎党を何人貸しましょうか?」
ことを荒立てないよう内々で相談に行った村長婦人の、最初の発言がこうだもの。
もう僕よりもね、村長婦人の方が怒ってる。
北方社会、みんな血の気が多いよ!
「…もう少しだけ泳がせましょうか」
いずれ締め上げることは確定しているにしても、もっと証拠が欲しい
下手な言い逃れが出来ないぐらいには、傍証を固めておきたいね。
「…わかりました。こちらでも少し探りを入れてみましょう」
と、村長婦人も受け合ってくれたのだけれど。
そうしたら隠す気がないんじゃないの?というぐらいゴロゴロと証拠というか酒飲みに横流しされた規格樽の数々が報告されたわけで。
家庭内の食料庫を預かるご婦人方に内定を頼んだみたいでね。
隠した酒樽なんて、それはもう一発ですよ。
男衆は隠し方が杜撰ですからね、ですって。
それにしても、村の奥様ネットワーク凄い。
そして証拠をきっちり固めたところで、主犯のお宅訪問となる。
あんまり礼儀正しく場面でもないからね。
バタン!と蹴破る勢いで作業場のドアを開けたんだ。
「こんにちわー!」
「あーん?げっ!!」
「用件はおわかりですよねー?」
僕が武装した郎党と村長婦人を連れてきたことで、言い逃れば無理、とわかったのだろう。
権力と暴力を一緒に連れてきた時点で、自力救済も辞さない構えだものね。
職人は立ちすくんで、顔色は真っ青になった。
「契約違反の件です。なにか言い訳はありますか?」
子供一人ぐらい、脅すとか、しらを切るとかで誤魔化せる、言いくるめられると思ってたんだろう。
銀貨と酒に目がくらんで事態を甘く見ていたのかなあ…。
だけどね、北方の村社会で舐められちゃうと将来に渡って社会的活動に支障を来すのよ。
威張り腐ってた貴族子弟達が、弱いと見なされた瞬間に社会階層を転がり落ちていたでしょう?ああいう目に遭いかねない。
だから、気の進まないことだけれど、悪評は小さい芽のうちに摘んでおかないといけないのだ。
「だいぶ商売繁盛しているようですね?」
「は…その…はい…」
これは京言葉的な嫌味ではなくて、実際に作業場を見回したときの感想。
手伝いの人が明らかに増えているし、作業の仕掛かかり部材もかなり多い。
「いやいや咎めに来たわけじゃありません。おっと、許してるわけじゃないですよ。それで?酒樽は、どのぐらい横流ししたんですか?二十ですか?三十ですか?」
本当は数をきっちり調べ上げてあるけれど、職人が嘘をつくかどうか確かめたい。
「さんじゅう…」
「三十?」
「三十四、です…」
僕と村長婦人は目を合わせて頷いた。
僕達が把握している数よりも2つ多いけれど、事実を述べている気はする。
たぶん、調査が終わってから出荷した差分だろう。
1樽1戸で計算すると、かなりの割合で酒樽は行き渡っていることになる。
「それで…あのう…」
大人しいように見えた子供が北方社会の流儀に訴えてきたことで、職人は完全に怯えているようだ。いや僕だって好きでそんな目で見られたいわけじゃないんだけど。
僕は自身の中の気弱な部分を振り払うように頭を振って、毅然として言い渡した。
「真っ先に、交易用規格樽の納品は優先してもらうことは大前提として。
酒樽の注文をねじ込みに来た人達には、こう言って下さい。
『樽は今は交易用の規格品しか作れない。けれど、あなただけには特別に融通してもいい』と。規格樽だけを売るのです。特別注文は受けないこと。
いいですね?それと誰にどれだけの数を売ったのか、ちゃんと控えておいて、我々に教えるように!
繰り返しますが、鱈の漁期が終わるまで、冷燻に必要十分な数は作り続けてもらいますからね!」
甘いかもしれないけれど、これが僕の妥協できる範囲の解決策。
職人はあからさまにホッと胸を撫で下ろしているし、村長婦人は沙汰が甘い、と眉をしかめている。
だけれども、これが結局は村のためになると思うんだ。
フリードリヒ大王とジャガイモ普及の話は、エル定規と巻尺のときにもしたと思うのだけれど。
要するに、人は禁止されるとやりたくなる性質があるんだよね。
酒飲み達の性質を逆用し、今回の横流しを奇貨として村の酒樽を規格化されたものに一斉入替えしてしまおう、という計画だ。
「ところで、樽を作っていてどう感じますか?規格化されたものを作るほうが楽だ、と思っているんじゃないですか?」
「…ああ。そうだ…そうですね、最初は窮屈にも感じたが、同じものをつくればいい、というのは分担が出来て楽です。あそこでやってる弟子は天板と底板だけを作っているし、あちらの弟子は側板だけを作っています。同じ部品だけを作るから作業も速いし、正確で品質も上がります」
それで思ったよりも早く作れるから色気を出して、樽の横流しに及んだ、というわけだね。
「いいですか?今後もずっと、この規格の樽を作るんですよ?別サイズの酒樽を作ってくれ、という依頼があっても交易樽なら、と断るようにね。契約違反を見つけたら、今度こそ本当に腕を切り落としますよ?
別にあなたでなくとも、弟子に政策を任せればいいわけですから」
最後に厳命すると、職人は壊れた玩具のように、繰り返し繰り返し頭を上下させて頷いていた。
ここまで念押ししたのだから、契約は守られるもの、と思いたい。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
契約違反のお説教に同行してくれた村長婦人にお礼を言いがてら、少しお話をした。
「トールは、意外と穏便な手を好むのですね」
「僕を何だと思っているんですか!」
あれで穏便な人物、と評判が上がるんだ。
そして僕はもっと過激な手に出ると思われていたという。
北方社会の常識《野蛮さ》と来たら!
「僕はもともと穏便な性格なんです。それに酒樽も交易用の樽と同じ規格になっていれば、交易品として輸出するときにも便利じゃないですか」
正直に答えたら、なぜか村長婦人が『トール…恐ろしい子!』という目をした。
いやいや。実際にはそんなことはしませんったら。
だいたい、さっきまで郎党に腕ぶった切らせようとしていた人に、なぜそんな眼で見られないといけないのか。
現実的に考えれば、樽入りの大麦酒は大して競争力のある商品じゃないし、重い液体だから村用のものを輸出に回す機会はない、と合理的には思うのだけれど。
「もしも高く売れるなら?」
「売ります」
それから、父ちゃんの酒樽の件は母ちゃんには黙っていてあげることにした。
どうせそのうち見つかっちゃうだろうしね。
その際には、父ちゃんの側に立って弁明することにしよう。