作品タイトル不明
第83話 昼は鍛えて 夜は学ぼう 休みはなし 6歳 冬
さて。例のアホボン…じゃなかった。
学校に通わず|、働きもせず、職業訓練も受けていなかった《Not in Education, Employment, or Training》貴い身分の御子息様方についてなのだけれど。
彼らには、村へやって来た時は穀潰しであったかもしれないが、、出ていく時は立派なクナトルレイク伝道師としてなってもらわなければ困るんだ。
「もうちょっと優秀な戦士が来ると思ってたんだけどなあ…」
「そうだな。だがまあ、何とかなるだろう」
「何とかしないとね…」
アホボン(ニート) を アホボン(ニート) のまま返してしまったら、僕等の村の評判に関わるし。
思えば、一冬預かるだけの金額にしては、派遣元からの銀貨の代金をだいぶ弾んでもらった気もする。
当初は酒や女で贅沢するための代金かとも思っていたのだけれど、後から考えれば迷惑料というやつが入っていたのかも知れない。
もっと言えば、村の穀潰しだから始末しておいてくれ、という含意があったのかも。怖い怖い。
だけどね。僕も父ちゃんも、いったん人を預かったからには責任があるから、途中で放り出すようなことはしないよ。
とことんまで、資源は効率的に活用しないと勿体ないじゃないか。
僕は泥炭の熱の最後の1キロカロリーだって無駄にしない北方の男なんだから。
そういわけで、昼は父ちゃんが扱いて死ぬほどに体を追い込み、夜は僕が頭の方を追い込む、という分担ができた。
冬の夜は長いからね。いっぱい学べるよ!
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「と、いうわけで皆さんにはクナトルレイクについて学んでもらいます」
僕が黒板と 貝殻棒(チョーク) と羊皮紙を抱えて宿泊所に現れると、当然のように貴族子弟達からは不満の声がぶつけられた。
「うええ…マジかよ…夜は酒を飲むものだろう?」
「勘弁してくれ…眠い…」
「だいたい何でガキが教えるんだ…?女はなしか…?」
けれども、そうした不満の声は僕の背後に立つ人物の顔を見た瞬間に消える。
「うちの息子に、何か問題が?」
ギロリ、と背後で腕組みをしている父ちゃんが周囲を睨むと、彼らはたちまち借りてきた猫のように大人しくなる。
誰にも文句はないようなので、大変結構。
食後の宿泊所はセミナー室へと変貌する。
疲れたから早く寝れると思った?
お酒や女の用意があるとでも?
残念でした。
今夜からは鯨の蝋燭で明かりをとって勉強の時間だ。
「はい。燭台はいき渡ってますね。倒して燃やさないように気をつけて」
植物油の蝋燭と比較すれば鯨油の匂いはきついけど、宿泊所の高い天井と広い室内のおかげで思ったよりも気にならない。
夜の照明は高くつくといっても、今冬のうちの村では、鯨油の蝋燭はすごく安く作れるからね。
蜂蜜酒を毎夜のように飲ませるのと比べたらタダみたいなものだよ。
大きな黒板を立てて貝殻棒を持ったらセミナーの開始だ。
「では、これからクナトルレイクの講義を始めます」
いろいろボロクソに 貶(けな) してきたけれど、貴い身分の 御子息達(アホボンズ) にも、見るべき能力がある。
一つは、政治的地位。やっぱり腐っても貴族だからね。
貴族同士の狭い世界では顔が知られているし、繋がりがあるのは大きい。
本人の能力の低さで信用が低くても、誰々の息子、と知られているだけで争いを避けられたり商売に繋がったりはする。
要するに実家が太くてコネが強い。
これは悪口じゃないよ。立派な資産だ。
「では、今日はクナトルレイク総則の読み合わせを始めます。手持ちの羊皮紙を見てね。総則1:クナトルレイクにおいてはフォルセティ神に恥じぬよう、戦士として正々堂々と戦うべし…」
僕が読み上げるのに続いて、貴族子弟達が続けた。
「「総則1:クナトルレイクにおいてはフォルセティ神に恥じぬよう、戦士として正々堂々と戦うべし…」」
そう!なんと!彼らはルーン文字が読めるのである!
一応は宮廷詩人や交易商人を志しただけのことはあって、闘争でなく知識階級として生きる貴族教育を受けた恩恵で、ルーン文字が読めるのである!
さすが貴族!と、僕は彼らを見直したのだけれど、読めるだけで、ほとんど書けないと知って尊崇の念は消え失せた。なんで貴族教育を受けてるのに書けないんだよ。
それと計算もあんまり得意じゃない。真面目にやれ。
その上、ここに来るまで村へ送ったはずの羊皮紙のクナトルレイク競技総則を読み込んできていなかったことも判明した。
本当に、何をするつもりで来たんだろう?
幸いなことに送り出した方はちゃんと準備をしたようで、視察団の村々に配ったクナトルレイク総則の写しが、持ち込み荷物の中に突っ込まれていた。
今は、それをテキストとして使っている。
「さて。では少しだけ室内でも出来る実践をしましょうか。この道具を知っていますか?視察団の村々には総則と一緒に配ったはずです」
「縄か…?」
「と、棒だな…なにやら刻み模様があるが…」
こいつら…。よくこの鈍さで交易商人やろうと思ったな…。
新しいものには好奇心を持たなくちゃ商人失格だろうに。
「縄の方はエル巻尺、棒の方はエル定規、といいます。長さを正確に測るための道具です。どちらも総則と一緒に配布されていたはずですが」
僕が指摘すると、そう言えば持たされていたような…と、何人かは荷物の奥からエル定規とエル巻尺を引っ張り出してきた。
「これから、一緒にクナトルレイクのコートの距離を測る練習をします。クナトルレイクは規則にありますように、クナトルレイクの試合は同じ長さ、幅の競技場で行わなければなりません。また、試合が始まる前に審判は競技場の長さを測り規則通りの長さと幅であることを確認しなければなりませんし、対戦チームの参加者が試合前に競技場の長さと幅を測る行為を止めてはなりません」
彼らにはクナトルレイク伝道者として、審判の基本心得と技能も叩き込んでいかないとならないのだ。
だというのに、肝心要の彼らの反応ときたら。
「そういえば村の連中が何か測っていたな」
「それは貴族がすることか?奴隷にやらせればいいのでは?」
という調子なのだ。
うーん…前途多難!
僕の後ろで腕組みをしている父ちゃんから、怒りのオーラが立ち昇っているのを感じる。
やりたくはないけど試験を課して、罰走とか腕立て伏せとかする…?
体で叩き込まないと学ばないタイプ?
ちょっと教え方を変えないといけないかなあ…。