軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第78話 冬のサウナと父ちゃんのメモ

北方の厳しく長い冬にも楽しみはある。

その一つは、サウナに入ること。

この村のサウナは日本で通常イメージされる湿式のサウナとは異なって、煙サウナと呼ばれる方式で香りの良い枝を石と一緒に薪で焚き、煙をサウナ室に数時間充満させて部屋を熱して、後から煙だけを小窓から抜く方式をとっている。

僕の家にも何代か前に建てられた小さなサウナ小屋がある。

父ちゃんは準備が大変かもしれないけど、サウナ室内の香りが凄くいいんだ。

「エリン、トール、服を脱いでおけよー」

「はーい」

「うーさむさむ!」

僕とエリン姉は、裸になって家の石炉の焚き火にあたり、父ちゃんは服と寝具、毛皮を丸めてサウナ室へ干しに行った。

サウナ室に充満した煙は、服、寝具、床の毛皮からダニ、蚤、虱を追い出して燻すことにも利用される。

北方の厳しい自然環境では、薪の熱も煙も無駄にできないからね。

夜のうちに服を外の雪にさらしておいて虫ごと凍らせる、という方式もある。

サウナがない日は、そうやって洗濯するんだ。

「よーしいいぞー!白樺の枝を忘れるなよ―」

「はーい!」

衣類や寝具の燻蒸も終わり、煙が十分に抜けると待ちに待ったサウナだ。

僕とエリン姉はそれぞれ葉のついた白樺の枝を持ってサウナに駆け込む。

「うーん暖かい…芯から暖まる」

「香りもいいのよね」

僕とエリン姉は、白樺の小枝でぺちぺちと体を叩きながら父ちゃんと母ちゃんを待つ。

「おう、先に入ってるかあ」

「トール、少し席を詰めて」

「母さん、寒いから早く扉を閉めて!」

うーん狭い。家庭用のサウナだから、4人も入ると席を移動するのも一苦労。

だけど、サウナが狭いのも会話が弾んでいいと思うんだよね。

もう少し体が大きくなったら、また別の意見を持つようになるかもしれないけど。

「どうだ?トールも水をかけてみるか?」

「いいの?」

去年までは、子供だから腕力が足りないのと、水を一気にかけると危ないのでやらせてもらえなかったのだ。

「ああ。少しずつだぞ。一気にかけるなよ」

薪で熱されたサウナ石に、ほんの少しだけ柄杓をかたむけ水をかけると、じゅわっと湯気が上がり、石の上に置かれた白樺の皮の香りが室内に広がった。

「うまいぞ、トール」

「うん!」

また一歩、少しだけ大人になった気がする。

湿度が上がったせいか、室内の温度が上昇してきた。

「あっつーい!」

熱さに我慢ができなくなると、裸で外に駆け出して雪に犬猫のように髪と体を擦り付けて汗と垢を落とすんだ。

サウナで解放された体と心を大自然に受け止めてもらえるのが、とてつもなく気持ちがいい。まるで人間と動物の間の生き物になった心地がする。

「さむぅーい!」

そんな熱狂と錯覚はすぐに去って、冷えた体でサウナに駆け込むんだけどね。

「なあに、もう戻ってきたの?」

「まだまだトールは子供だなあ」

家族は、サウナ室に駆け戻ってきた僕を笑って迎え入れてくれる。

やっぱり、冬のサウナは最高なんだ。

◯ ◯ ◯ ◯ ◯

サウナから上がると、家族で髪を梳いて編む時間。

父ちゃんは母ちゃんの髪を。エリン姉は僕の髪を交代で梳いて編む。

「だいぶ伸びてきたわね。髭ももう少し生やしたほうがいいんじゃないかしら」

「そうだなあ」

父ちゃんも母ちゃんも村での立場が偉くなってきたからか、わりと髪を伸ばしてる。

僕は短髪の方が好きなんだけど、世間体ってやつのせいで出来ないんだよね。

なぜなら髪の短い坊主頭は奴隷の印だから。

長い髪や髭は手入れに手間がかかるよね。それは手間がかかる身だしなみを維持できる財産や社会的地位も示しているんだ。

「エリン姉、そんなに細かく編まなくてもいいから…!」

「えー!せっかくの綺麗な金髪なんだから編まないと勿体ないじゃない」

ちょっと油断していると、エリン姉は僕の髪を細い三つ編が幾つ結べるかチャレンジを始めてしまうんだから。

「はい交代!」

「あ、まだ途中なのに…トール、ちゃんと梳いてね」

「わかってる」

エリン姉の髪も、綺麗な金髪だ。父ちゃんも母ちゃんも金髪だから不思議はないんだけど、自然に波打って焚き火の明かりでキラキラと光っている。

僕は髪を傷めないよう慎重に、光沢と艶がでるよう櫛で梳いていく。

横を見れば、父ちゃんも同じ用に母ちゃんの髪を梳いていた。

「ねえ父ちゃん、最近のクナトルレイクのこと教えてほしいんだけど」

「ほう?どうしたんだトール。やはり気になるか?」

「だって、今年か来年から僕もチームに入らないといけないでしょ?だけど、この間の試合を見たら自信がなくなって…」

父ちゃんが鍛えた村の子供クナトルレイクのチームレベルは、めちゃくちゃ高くなっていると思う。

監督の息子として贔屓されるのも嫌だけど、今のままだとチームのレベルについていける気がしない。

「そうだなあ…トールはまず基礎を鍛えることから始めないといけないかもなあ。盾と棒を持って村の周囲を走るところからか…」

「うん」

「いいか、トール。クナトルレイクとは、神に捧げる戦士の競技なんだ。死後、ヴァルハラに迎え入れられるために戦士は勇敢に戦わないといけない。

戦士が勇敢に戦うためには、強い身体と心を育てると同時に、戦いの術を学ぶ必要がある。そして戦いとは1人で行うものじゃない。

戦場で自分の右半身を預けられる友誼、左隣の仲間を守れるだけの信頼を得なければならない。だが、友誼と信頼は一朝一夕では得られないものだ。

クナトルレイクを通じて、あいつは信頼できる、戦いで半身を預けられる。そうした戦士の尊敬と評価を…」

「あなた。手が止まっているわよ」

母ちゃんの注意で、父ちゃんのクナトルレイク談義はそこまでになった。

後日、僕は父ちゃんが開発したクナトルレイクの練習方法や戦術を聞き取り、僕に理解できる言葉に直して整理してからルーン文字で羊皮紙に書き記したのだけれど。

その父ちゃんの名前で記した「クナトルレイク戦術メモ」がめちゃくちゃに広まって、クナトルレイク狂いの北方男性の識字水準を劇的に引き上げることに貢献したり、最初のスポーツ教本の一つとして歴史に残ってしまったり、はては遠い未来にわたり軍事学の戦術分野や経営書の格言に引用されるようになってしまうなんて、想像もしていなかったんだ…。